司法試験と法曹養成

2010年9月12日 (日)

新司法試験と法科大学院の教育-講師としての体験談

本年度の新司法試験の結果が発表されました。私が企業法ゼミを教えている一橋大学法科大学院は受験者138名で最終合格者が69名、合格率は50%でした。本年度の新司法試験の平均合格率が25.4%です。慶応義塾とならんで合格率1位を常に争っているレベルにいることは、講師としては誠に喜ばしいことです。他方、私の母校、早稲田大学は397名の受験者に対して合格者は130名、合格率が32.7%でした。この合格率の差は、早稲田が未習者を中心とした法科大学院であるのに対して、一橋や慶応は、未習者の割合が圧倒的に少ないことからくるのであろうと想像しております。

私の企業法ゼミの学生は、昨年度受験したゼミ第1期生で不合格となった1名が本年めでたく合格したことにより100%合格をはたし、本年受験した第2期生は75%が合格しました。残念な結果となった学生諸君には、気を落とすことなく、来年を目指して再チャレンジしてもらえば、必ずやリベンジを果たしてくれるものと思っております。その実力は十分あります。

なぜ、私のゼミの学生の合格率は高いのか?しかも、少数含まれている未習者がすべて合格しているのはなぜなのか。別に司法試験対策をするゼミではないし、私の教え方がうまいからというわけではありません。私のゼミは、10名~12名の学生しか登録しませんが、各業種で活躍する現役の社内弁護士をゲストにお招きし、現場ででてくる現代的な問題を事例方式でみんなで検討していく実践性の極めて高いゼミです。取り扱う法律も、民法のような基本法にとどまらず、金融商品取引法、会社法、金融商品販売法、銀行法、保険業法、プロバイダー責任法、電気通信法、放送法、下請法、労働基準法、薬事法等、きわめて多様です。司法試験の受験には、ただちに役にたちませんから、意欲ある学生のみが選択してきます。

しかし、多種多様な法律がでてくるとはいえ、私が学生達に強調しているのは、民法の学習を絶対に怠らないことであります。法律家として30年も40年もやっていくうえで大切な法的基礎は、民法の体系的理解がどれくらい身についているかにあると考えているからです。実際、授業で取り扱う多様な法律の解釈や適用にも、民法的な概念や思考方法があちらこちらに首をだします。

民法の学習は、講義を聞いて基本書と条文と判例を丹念に読み込むこと、そして事例を取り上げ解釈適用する訓練を、討論と書いてまとめることで繰り返すことに尽きると思っています。私は早稲田の学生時代に、下森定先生(元法政大学総長)の民法ゼミで鍛えられて実践してきました。下森ゼミからは、旧司法試験時代でもかなりの合格者がでていたのも、このことが実践されていたからだと思います。

私のゼミ生は、かなり民法の基礎が身についている人が既習者・未習者とも多いです。学生に対する質問をしてみると、どれくらい条文と理論の理解ができているかはすぐわかります。授業のなかでは、すべての学生を数回あてて質問をするやり方により、学生の考え方の筋道をただしていくので、学生は息がぬけません。ですから、授業自体でも、相当、身につくと思うのですが、その中でも、民法がでてきたら、あるいは民法的な考えがでてくれば理解が十分かチェックしています。

授業では期末のレポートまでは、ほとんど書き物の提出を要求しません。私のみるところ、論文を書くということになると、ずいぶんと個人差があるといえます。これは、論点の指摘をすること、法律の解釈を示すこと、要件の適用を事実にするにあたって事実を選択して指摘すること、結論を示すことということ、といった各作業を紙に書くとなるとけっこう難しく、慣れも必要であるということであろうと思います。

企業法ゼミでは試験のかわりに、事例を出してそれに対する法的分析のレポートの提出を求めます。忙しい中、20日未満という期間で長い事例に含まれる論点に関する文献、判例を調査し、指定された枚数のレポートを仕上げるのは、けっこうしんどい作業であるにちがいありません。しかも、レポートの形式を、たとえば、「法務部が経営企画部の人間にわかるように、結論を先に示して、その理由をあとからのべる形式にしてA4で3枚でまとめろ」、というような限定をつけていますから、その条件をクリアできるよう書くのに必要な事項を選ぶということもしなければなりません。なお、期末レポートには詳細な解説をあとから配布しています。今年度の解説も、A4で30ページちかいものを配布しました(準備は大変ですが)。今のところ、レポートのできのいい学生ほど合格の確率は高いといえます。

民法の体系的知識の習得は、法律家としての「伸びしろ」を決めます。そしてこれが身に付いてくると憲法、刑法、会社法、民訴、刑訴、行政法の学習もずいぶんと楽になってくるはずです。これをいかに学校としてアシストできるかが、学生の新司法試験突破につながりますし、将来の法律家としての伸びにつながると考えます。

基礎的な理解こそが司法試験でチェックされる項目であるならば、基礎的なことを身につけることにこそ教育の目標を置くことが必要でしょう。さまざまな法領域を取り扱うことを法科大学院は競っていますが、その大学院の質を決めるのは、やはり基礎をしっかりと身につけさせるような工夫を3年間(既習者は2年間)貫いているか、ということではないかと思います。

なお、基本法の理解には時間がかかるので、未習者の方はやはり学習が大変であると思います。今の法科大学院のカリキュラムは、基礎の習得に十分な時間をさいているかどうか、また、未習者に対しての教え方に問題はないかは、もっと検討されなければならない課題であると思います。今の未習者の低い合格率は、やはり法科大学院教育に大きな改善の課題があることを突き付けていると思います。