デリバティブ取引

2010年5月24日 (月)

SECのゴールドマンサックスの訴追は事後的ルール変更?

黒沼先生がブログで、SECのゴールドマンサックス(GS)に対する開示ルール違反を理由とする訴追を取り上げられておられます。私も最近、あるところから本件に対するコメントを求められましたので、若干、私の考えを述べさせていただくことにします。

結論的にいえば、今回のSECの訴訟提起は大変ハードルが高い無理筋の争いで、実質的には事後的なルール変更ではないかという印象をもっております。

問題になったのは、GSさんがアレンジしたシンセティックCDOについて、その参照資産としてACAという専門会社が選択した住宅用モーゲージを証券化した商品RMBS百数十本について、参照資産のプロテクションバイヤーであるヘッジファンドのポールソンがその選択に関与していたことを投資家に開示しないままシンセティックCDOを適格機関投資家に販売したのが、開示ルール違反であるかどうか、という点です。【5月24日訂正:参照資産を構成するRMBSは90本でした。】

こう書いても金融専門家以外にはわからないところなので、金融についてあまり知識がない方のために、できるかぎりわかりやすくお話したいと思います。

まず証券化の概略を解説します。住宅用モーゲージは住宅を担保とする住宅ローン債権と考えていただければいいと思います。これを証券化してRMBSという資産担保証券を発行するには、まず何百本ものローン債権を特別目的会社ないし団体(SPV)の保有資産として集めます。

この保有資産を担保としてSPVが債券を発行して投資家に売却するのですが、発行される債券は保有資産であるローン債権の支払いが不履行となっても確実に利払いと満期償還ができるようなものでないと売れません。

そこで、保有資産のキャッシュフローが割り当てられる区分(トランシェ)をつくり、その区分のうち最優先にキャッシュが分配される部分を引当とする優先債券、次に割り当てられるメザニン部分を引当とする劣後債券、そしてもっとも劣後する区分を引当とする最劣後債券を発行します。「劣後」というのは、キャッシュフローがうまくいかなくなったときには最優先債券の償還に劣後するという意味です。「うまくいかなかったら最初にクーポンの支払いをうけられなくなりますし、損もかぶりますよ」という意味です。

優先債券の利払いはマーケットで受け入れられるレベルの利率を実現し、また格付け会社からAAAの最上格付けをとります。メザニンはBB以上、そして最劣後債券(当該区分をエクイティと呼びます)はBBB以下を取得します。【6月3日訂正;メザニンがBBB以上、最劣後はBBB以下の間違いです。正確にいえば優先債券の最上格付けをとり、高い利率を実現するためには、入ってくるキャッシュが当該債券の利払いや償還金にまわるように手厚くするので、メザニン、最劣後部分のリスクは高くなるという関係にあるので、メザニンの格付けは各証券化のスキームによってちがいます。】

エクイティ部分はリスクの塊であり、したがって利払いも最高率となります。メザニンはその次に高率となり、優先部分は一番利率がひくいという構成になります。メザニン部分やエクイティ部分を買う投資家は、担保資産の中身をみて、デフォルトしても債券は最後まで利払いが続き償還されるという可能性にかけて債券を購入するのです。これがRMBSのきわめて大まかな構造です。

以上のことからおわかりかと思いますが、RMBSという債券のパーフォーマンスはどのようなローン債権が集められているのかということ、すなわちその質次第で決まります。そこで担保となるローン債権の歴史的なデフォルト率、ローン債権の債務者の構成、地域、特定の地域に集中することによるリスクをさけるための分散などなど、きわめて複雑な分析をして、うまく債券がパーフォームするようにローン債権を選んでくることが重要です。

これには非常に専門的な知識と経験が必要とされます。そして投資家にとっては、誰がこの選択を行い、かつ、その資産の上記のようなパーフォーマンスはどのようなものだったのか、その質に関する開示が重要です。このために、業界でも開示の質を高めるべきであるという投資家の強い声におされ、米国証券取引規制上も開示ルールの改善がはかられてきました。

CDOは、このRMBSをSPVにいっぱい集めてキャッシュフローに加工を加えて、SPVが優先債券、劣後債券、最劣後債券を発行して売却するというもので、リパッケージ債とも呼ばれています。RMBSを集めるのですから、リパッケージ債がうまくパーフォームするためには、RMBS及びそれが担保とするローン資産を分析したうえで、質のいいと思われるRMBSを選択する作業がきわめて重要です。

これを専門としている会社をポートフォリオマネージャーとよんでおり、名声も実績もあるところにお願いしないと、CDOは売れません。基本的にCDOに投資するのは機関投資家というプロですから、CDOはルール144という適格機関投資家向け私募ルールのもとに、プロを前提とした開示ルールのもとで資産の質を中心とした開示が行われてきました。【5月24日訂正:「ルール144」は「ルール144A」の間違いでした。】

シンセティックCDOはさらに複雑です。通常のCDOに比較すると大きな違いがあります。まず、RMBSの束を参照資産としてつくり、この参照資産がうまくパーフォームしないときはSPVが一定の金額を払いますという取引をします。この取引の反対サイドにいるのがヘッジファンドで、今回の場合はポールソンがそれでした。

ポールソンは、いってみれば、参照資産がうまくパーフォームしないほうに賭けてSPVに大きな金額のプレミアムを払います(これをプロテクション・バイヤーといいます)。SPVが参照資産がうまくいかないときの保険金を支払うと思っていただければいいと思います(SPVをプロテクションセラーといいます)。これがクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の非常に大まかな構造です。【5月24日補足:正確にはSPVとCDOの取引に入ったのはGSさんで、GSさんがさらにポールソンにプロテクションを売っていました。しかし、GSさんを介してポールソンが投資家とは反対サイドに賭けていたという点は変りません。】

SPVは投資家からお金を集めて、AAA以上の優良な証券(米国債や優良会社の社債)を買ってきます。また、CDSのプロテクションバイヤーが払った高額のプレミアムを利払いのために使います。もし参照資産がデフォルトを起こせば、SPVは保険金をプロテクション・バイヤーに払わなければなりません。そのためにこれら優良な証券を市場で売って支払いをします。そうすると債券の利払いや償還ができなくなるので、やはり区分をおこない、優先的に償還される優先債券、それに劣後するメザニン債券、そして最劣後債券を作って、投資家に売ることになります。高額のプレミアムにより優先債券はさらに高い利率で支払うことが可能となりますが、リスクは高まります。

SPVは、この参照資産がどんなポートフォリオマネージャーによって選択されどのような質をもっているのかをルール144の適格機関投資家向け私募ルールにしたがって開示します。これだけ複雑な商品でハイリスクですから、プロにしか売れませんし、プロしか買わないものなのです。そしてプロたちは、ポートフォリオマネージャーが専門的な経験と知識を有しているのか、その者の判断で選択したのかをもっとも気にします。本件ではACAという非常に名前がとおっている機関がその選択をしたわけで、それでSPVが発行した優先債券を購入しているのです。【5月24日訂正:「ルール144」は「ルール144A」の間違いでした。】

つまり、この商品は適格機関投資家はポートフォリオがつつがなくパーフォームすることに賭け、CDSのプロテクション・バイヤーはその逆に賭けているという投機性の高い商品なのです。もしプロテクション・バイヤーがそのリスクをヘッジするため、さらにプロテクションを売ってポジションをニュートラルにすれば、そのリスクをとったものがこの賭けの参加者ということになります。機関投資家は、このように、この商品について反対の賭けをしている者がいることは十分わかっているし、わかっていなければ適格機関投資家とはいえません。

また、アレンジする投資銀行も自己勘定部門があるので、情報隔離した自己勘定部門が証券を買う適格機関投資家とは反対サイドにまわるかもしれません。この可能性も開示されることになります。GSさんはこれをちゃんと開示しています。

ところで、このようなシンセティックCDOはだれが言い出して組成されるものなのでしょうか。この商品がハイリスクであって適格機関投資家向けにしか売ることができないことを考えれば、これはプロ向けの商品であって、その組成は適格機関投資家の意見をきいてアレンジャーである投資銀行が発案することもあれば、適格機関投資家とは反対のほうにかけるヘッジファンドが発案してくることもあります。

今回のケースではポールソンが話を持ちかけてきていますが、彼らは彼らの相場観、つまり住宅ローン資産の市場はまもなく価格下落がはじまるという見方に賭けているわけです。もし彼らがその可能性を高めるために参照資産となるRMBSの選択を行ったら、誰も買いません。ですから、ACAのような専門的業者が選択する独占的な決定権をもっていなければなりません。

ただ、実務ではCDSのプロテクションバイヤーがいなければこの商品は成立しません。そこで参照資産の構成についてはプロテクション・バイヤーの意見も聞きつつ、参照資産を専門機関が選択し決定します。証券を買ってくれる可能性のある適格機関投資家の参照資産に関する意見も, アレンジャーである投資銀行が聞く場合もあり、その場合は常に専門機関から意見を求められるアレンジャーの意見に適格機関投資家の意見が反映することにます。。【5月24日補足:さらに、SPVが発行する証券に格付けを行う格付会社も参照ポートフォリオについて意見を述べます。格付取得のため格付会社の意見は軽視できません。今回の件では、優先的債券にはAAAの格付が付けられています。】

いずれにしても、参照資産の決定権は専門機関がもっているのです。もしその決定が恣意的であれば、もし証券が早期償還されるようになったら、その専門機関が適格機関投資家から訴えられてしまいます。

以上、ハイリスク・ハイリターンのこの商品に関与する適格機関投資家、投資銀行、ヘッジファンド、さらにはマーケットプレーヤーというプロにとっては、誰かが一方に賭け、誰が反対側に賭けていることは明らかであって、重要なのは、誰がどのような基準で参照資産を決定しているのかであり、具体的に誰が反対に賭けているかは重要ではなく、過去の開示で問題とされたこともないのです。

したがって、SECが、いままでの市場でも規制当局でも一度たりとも問題とされていなかったヘッジファンドが参照資産の選択について関与したことを開示していないことをもって「証券詐欺」として訴えたことに対して、GSさんが非常に強く反発し、徹底抗戦の姿勢をみせているのはまったく不思議ではないと思います。SECの訴訟はSECがルール変更を事後的に行っているという疑問があります。

では、なぜそれを行ったのか?これについては、長くなりましたので、また別の機会に書きたいと思います。

2009年5月12日 (火)

SEC、CDS取引について初のインサイダー取引を摘発

SECが、ヘッジファンドのマネージャーと投資銀行に勤務する債券・CDSセールス担当者を、CDS取引に関してインサイダー取引として摘発、利益の吐き出しと民事制裁金の支払を求めて、連邦地裁ニューヨーク南部地区裁判所に起訴したというリリースが発表されました。

http://www.sec.gov/news/press/2009/2009-102.htm

これによると、投資銀行のセールスマンは、当該投資銀行がリードアンダーライターであるニールセンメディア等のホールディングカンパニーVNU N.V.が発行予定のボンドのストラクチャーに変更があることを知り、ボンド・ストラクチャーの変更(それはVNUのCDSのプライスを上昇させるようなものであった)をヘッジファンドのファンドマネージャーに告げ、ファンドマネージャーはVNUを参照企業とするCDSを当該投資銀行から購入したという事実であり、このような行為はインサイダー規制違反であると主張するものです。変更されたボンド発行の予定公表後、VNUを参照企業とするCDSのプライスは大幅に上昇し、ファンドマネージャーは上昇後にCDSを売却して120万ドルの利益をあげたとされています。

日本でも証取法が改正され金商法になったときに、デリバティブ取引にまでインサイダー規制が適用されることになり、それは具体的にはCDS取引が対象であるといわれています。理論的には、参照企業の未公開の重要情報を取得してCDSを購入する行為がインサイダー取引になることは考えられることでありますが、現実にCDS取引について不公正取引があるのかどうかについては、日本の証券取引等監視委員会もヒヤリングを重ねて、現実的に発生しているリスクは懸念するほど大きくないものの、理論的にはありうるものという考えであることをISDAを通じてマーケット関係者に最近発表し、意見交換をしたばかりでした。

監視委員会でより関心が高かったのは、CDSスプレッドの操作による参照企業の株価の操作、特にスプレッドをワイドニング(大幅上昇)させて株価を下落させるという株価操縦という点であったようです。レファレンス・エンティティについての風説の流布、相場操縦、仮装売買等によるCDSスプレッドの操作、さらに参照企業の重要情報を利用したインサイダー取引についてもありうるとしていましたが、ヒアリングの結果、市場参加者では不公正取引は困難であるという意見が多かったので、当初の懸念はかなり後退していたようです。米国で第1号の摘発が監視委員会の姿勢にどのような変化をもたらすか、はたまた市場参加者の内部管理体制として足らざるところはないのか、あらためて点検の必要性がでてくる可能性がありますね。

2009年2月 5日 (木)

dbsbさんの池尾論文に対するコメント

デリバティブの専門家であるdbsbさんが、私のリクエストに応えて池尾論文について解説してくれました。こちらをご覧ください。↓
池尾教授の論考を読んで

いつもながらデータに裏付けられた分析はほんとに見事であり、クレジット・デリバティブとその市場について理解したいという方にはぜひ読んでいただきたいと思います。

dbsbさん、どうもありがとうございました。

ところでこの中で最後に触れられているデリバティブというと会計が胡散臭いと思っている人が多そうだ、という話ですが、私にとっては証券化や転売のために保有する不動産の評価に関する会計のほうがもっと胡散臭いような気がしております。なにせ、棚卸資産たる不動産は時価評価になじまないという常識があるようです。しかし、これは結構怪しいのではないかと思えます。

というのも私の親しい友人が勤める株式会社東京カンテイという会社は、物件価格や賃料の推移をかなりの頻度でアップデートし供給する不動産情報システムをもっているからです。会員にならないと利用できないのですが、これだけのデータベースを構築しているのには目を見張ります。これならば、不動産の時価評価も近い将来できるのではないか、と感じている次第です。

2009年1月 9日 (金)

文科省全国の大学に資産運用で通知

皆様、遅まきながら新年明けましておめでとうございます。今年も当ブログをよろしくお願いします。

さて、本年最初のブログは、以前取り上げた大学の投資行動に関する内部統制の問題です。

『文部科学省の学校法人運営調査委員会は6日、「(学校法人は)資産運用の規定を整備し、意思決定と執行管理の適正化を図ることが重要」などとする意見書をまとめた。文科省は同日、私立の大学と短大、高等専門学校を運営する全学校法人に意見書の内容を通知し、現状の点検を求めた』、と報道されました。以下のリンクをご覧下さい。

http://www3.nhk.or.jp/news/k10013401081000.html

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090106-00000097-mai-soci

文科省のホームページでは、当該意見書を発見することができなかったのですが、報道によれば、同委員会はどうも聞き取り調査をしたようですね。『意思決定などに問題のある法人が散見されたとして、▽安全性の重視など資産運用の基本方針▽理事会や理事らの権限と責任▽保有できる有価証券や可能な取引の内容▽運用限度額--などを明確にするよう促した。』(毎日新聞)とされています。意見書の指摘はイロハのイのようなもので、これができていなかったところが多いというほうが驚きです。学生はおこりますよ。学生の親も、大学に寄付しているOBも怒りますよ。全国の私立大学の理事会は、しっかりと受け止めてほしいですね。

とかくデリバティブ取引というと、リスクを明確にしない投資銀行が詐欺まがいだと非難されます。もちろんリスクをちゃんと説明しないで販売しているならば、それ自体が違法で場合によっては犯罪行為になりかねず、問題であることは明白です。しかし、買う側もそれなりの能力も調査もなく取引をしてしまうことに対しては、マスコミも含めてずいぶん社会的な評価が甘いとずっと感じております。裁判をやれば損害額の5割から9割近くまで過失相殺が認められることもしばしば。個人についてはちょっとおくとしても(この点、書きすぎるとブログが炎上するおそれがあります(笑))、法人については、取引をする側の問題、すなわちリスク管理体制をもっとちゃんと議論すべきでしょう。その意味で、きわめて適切な意見書の通知であると思いますし、事業法人でもちゃんと自社の投資方針とリスク管理について見直すべきです。一部の上場企業の有価証券投資損が数百億単位という話を聞くと、ほんとに足元固めようよ、といいたくなります。

この点、格付けに依拠して、仕組み債であろうが普通の社債であろうがトリプルAならばそのリスクを十分検討することなく投資するという行動が、あまりにも目につくように思います。オンバランス商品であるクレジットリンク債やシンセシックCDOを購入することによって、どのようなリスクをとっているのかさえ答えられないレベルの投資家(しかもその多くが適格機関投資家であったり特定投資家であったりする)が、格付けのみで購入を決めている事態が多くみられます。この状態は、金融イレタラシーと言ってよく、困りものです。

この点に関連して、金融審議会金融分科会第一部会は、格付機関の規制について相当回数の議論を行い、その規制の概要をまとめようとしています。また、プロアマ移行制度についても、移行後の取扱いについて検討すべき課題としての論点出しがされています。↓

http://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/dai1/gijiroku/20081211.html

ここで議論されていることはいずれも興味深いことばかりで、別立てで論じたいと思いますが、私は長い間議論されているのに明確に国の方策がうちだされない金融教育の重要性を再度認識して、いいかげんに政策として打ち出してもらいたいと思っています。じいさま、ばあさまが被害にあっているのにきれいごとをいうんじゃないと、消費者サイドにたって活躍しておられるS先生になじられたことがありますが、じいさま、ばあさまも昔は若かったはず、若いうちに金融商品のリスクを理解するような教育をうければ、今の被害の7割が将来防止できるとすれば、そちらのほうが健全でバランスがとれているでしょう。今の状態は、業者側に重い負担を課し、コストアップするだけでなく、実務が混乱したり、規制が厳しいという評価を外国からされて敬遠され、他方、投資家、特に個人投資家あるいは個人投資家予備軍には何の統一した教育もせず、といういびつな方向に向かっている気がしてなりません。

2008年12月22日 (月)

私立大学はまじめにデリバティブ取引の損失の原因に向き合う気はあるのか?

全国の主な私大18大学が今年3月の決算時に有価証券の含み損を抱えており、その合計額は計688億円に上るということが、読売新聞で報道されております。下記のリンクをご覧ください。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20081221-OYT1T00041.htm

約225億円の含み損でダントツ1位になった慶応義塾大学について、この報道が伝えるところによると、収入を安定させる目的で株や投資信託、仕組み債などに分散投資しているといい、有価証券の取得額も1250億円と、23大学中で最も多いとのことです。慶応の広報室は「市場環境の変化で含み損が膨らんだ。長期保有が原則なので、現実の損失にはなっていない」と説明したというのですが、いったいこのコメントは何なのでしょうか。

私が思いますに、このコメントは、①保有有価証券やデリバティブ取引の時価会計の意味を否定しているに等しく、②信用リスクをとっているということの理解がなく、③適切なヘッジを行っていないことの言い訳にしかずぎず、④有価証券に多額の投資をするについてどのようなポートフォリオ構成を選択したのかの説明になっていない、という点において、無責任かつ認識の低さをあらわすものでしかありません。

このような発言がでれば、民間企業の株主は怒り出しますが、大学ならばそれも許されるというわけでしょうか。この発言が、慶応義塾大学の理事会の真意を表すものでないことを心から祈るものであります。

今回多額の損失を出してしまった私立大学の管理体制と理事会の認識については、文部省は徹底的に洗い出すべきでしょう。もっとも文部省にリスク管理がわかる人間がいるかどうかが問題ですが、その道の専門家を招集してでも行うべきです。

今回の金融危機では、専門家のファンドマネージャーを雇って運用していたハーバード大学は多額損失を出した責任をとらせてファンドマネージャーを解雇しているといいます。日本の大学は、専門家を雇うことさえしておらず、そもそも論としてそんな体制で多額の投資を行っていいのかということからして考え方を改めないと、本当に民事再生申立の悲劇を招くことになりかねません。大学当局者は真摯に今回の事態を招いた原因に向きあうべきです。

2008年11月26日 (水)

私立大学のリスク管理体制はなし?

ここ1ヶ月、破産事件の最後配当手続や、ISDAのConferenceや経営法友会での講演、弁護士会の仕事、現在進行中の金融商品取引法の本の執筆・編集に加え、シドニーでの対日投資セミナーのスピーカーとしての準備、スーパーGT最終戦(関係あるか?)が雨あられのごとく降りかかり、ブログにまったくご無沙汰してしまいました。誠に申し訳ありません。この間、世の中にはTOSHI先生のブログで評論されたようないくつかの興味深くかつ重大な事象がおきており、これを無視してはブログやっている意味もないと深く反省している次第です。

いくつも気になる出来事については、また後日あらためてコメントさせていただくとして、他のブログで取り上げられていない表記のトピックについて若干コメントいたします。

週刊文春11月27日号が、駒澤大学が、2008年3月決算で金利スワップで2700万円、通貨スワップで52億円の評価損を計上していると報道しています。決算書は、「決算日現在の評価損は満期日には解消する」という唖然とするような脚注がかいてあるとのことです。さらに有価証券の評価損は約82億円であるとか。

その記事に引用されている東洋経済刊「金融ビジネス」2008年秋季号は有価証券評価損ランキングを乗せています。それによると、1位は慶応義塾大学でダントツの225億円、2位が立正大学96億円、以下、3位駒澤大学82億円、4位千葉工業大学69億円、5位福岡大学36億円、7位東京経済大学21億円、8位関西学院大学20億円、9位大阪工業大学20億円、10位國學院大學20億円、11位創価大学18億円、12位東京理科大学16億円、13位流通経済大学16億円、14位九州経済大学14億円、15位関西大学13億円となっています。ちなみに我が母校早稲田大学は、25位5億4700万円です。

いったい、どうしてこんなにも大学が地銀・信用金庫なみの有価証券評価損をだしているのでしょうか。これらの大学、特に10億単位の評価損を出している大学のデリバティブ取引の含み損はいったいいくらあるのでしょうか。さらに、なんでこんな事態が2008年3月期に報告されているのに、大して報道されていないのでしょうか。

どう考えても大学のリスク管理体制はなっていないレベルでしょう。デリバティブ取引の時価評価損は駒澤大学だけで53億円です。ほかの大学がこれだけ有価証券損をだしているとすると、原因はただひとつ、レバレッジの高い投資に手をだしていた、つまり仕組債やヘッジファンド商品、長期の通貨オプション取引など、ハイリスクの商品にかなりの割合で投資をしていたとしか思えません。

いったい、誰が大きなリスクのある賭けに大学の資産の何分の一をかけていたのでしょうか。いったい誰がそれを承認したのでしょう。また、理事会はそれを適切に管理していたのでしょうか。そもそも評価損がここまで大きく報告された後、理事会はどんなアクションをとったのでしょう。いや、それ以前に、理事会は投資行動についてどんなガイドラインを策定していたのでしょうか。理事会が自分のところの運用体制について知らないではすまされません。

週刊文春によれば、駒澤大学の年間予算は400億円、デリバティブ取引の評価損は現在推定で100億円と報道されていますが、大学の歳入の実に4分の1がデリバティブ取引だけでふっとんだわけです。市場が予測できない、担当者が勝手にやった、投資銀行にだまされた、などという言い訳ができないレベルであきらかに異常な投資行動です。

大学は理事会、評議委員会というガバナンスの仕組をもっているはず。しかも理事者には功成し遂げた大学OB、しかも学者、経営者、政治家、弁護士、会計士、税理士がずらっとならんでいるのが通常です。それなのにこのような事態が発生しているのは、大学がまったくリスク管理能力に欠けているということを象徴している事態です。すくなくとも法学部のある大学はヤクルト事件くらいはわかっていなければ話になりません。経営学部のるところ、会計学を教えているところは内部統制がわかっていなければ、お話にもなりません。

有価証券含み損だけでなく、デリバティブ取引で大きな損失を抱えた大学の中には、存立の危機に瀕するところもでてくるでしょう。しかし、多数の学生を抱えており、倒産はあまりにも社会的影響が大きすぎます。学生になんら非難されるべき点はなlく、大学が適切なリスク管理体制をととのえないことにより被害をうけるとすれば、憤りを覚えます。大学の理事者たちは自分たちの理事としての責任を果たしたのか、厳しく己に問いただすべきであります。内部統制がはたらいているのかどうなのか、しっかりチェックすべきでしょう。

ところで八田進二先生、町田詳弘先生が教鞭をとる青山学院大学は2008年3月期では有価証券の含み益が49億円もあります。脱帽ですが、デリバティブ取引での損失は今日まであるのでしょうか。

2008年9月21日 (日)

米政府の不良債権買取案に対する疑問点覚書

政府の総合的金融安定化対策原案が報道されています。報道によると、原案の骨子は以下のとおりということです。

  • 公的資金による不良資産の買取は最大7,000億ドル(約75兆ドル)
  • 2年間の時限立法
  • 米国内に本店を置く金融機関(銀行等と証券会社)
  • 買取の対象とするのは住宅ローン、商業用ローンのほか住宅ローンに関連する証券化商品で、本年9月17日以前に組成されたローンおよび商品に限定。
  • ヘッジファンドの保有する商品は対象から除外。外国金融機関も対象外。
  • 買取原始の調達は国債発行などによる連邦政府の資金。このため、連邦政府の法定借り入れ限度の上限を約10兆6,000億ドルから約11兆3,000億ドルまで拡大する。
  • 買取の権限はポールソン財務省長官に与える。

まだまだ、詳細がわからず、評価できる状態ではないですが、さしあたり検討すべきと思われる項目を備忘のために挙げておきます。

① 7,000億ドル(約75兆円)は十分な規模なのか

  • ファニーメイとフレディマックが保有または保証している住宅ローン債権の合計は約5兆ドル(約540兆円)。デフォルト率が近時は6%まで上昇しており、破綻懸念先までいれて全体の10%と仮定すると、住宅公社だけで不良債権の総合計は約5,000億ドル(約54兆円)。
  • ファニーメイとフレディマックが証券化してオフバラした住宅ローンがあるはずだが、それの残高はどれくらいか。デフォルト率と破綻懸念先までいれて全体の10%とすると、証券化された債券を保有する米国金融機関からすべて買ったと仮定したときき、予想される金額はいくらになるか。
  • このほかの米国の民間金融機関が保有する住宅ローンおよび商業用ローン(不動産関連)の総額と、そのうちの破綻懸念先債権・破綻先債権の総額はいくらになるのか(住宅公社以上なのではないか?)
  • それプラス民間の金融機関が証券化してオフバラにした債権の総額はいくらで、証券化商品のデフォルト率はどれくらいか。
  • また、民間の金融機関が保有している証券化商品のメザニン部分、劣後部分を表象する債券の額面総額はいくらか。

チェックポイントをあげていくだけで、この規模で十分かという点について不安が出てまいります。。。。。

② 買取の際の査定方法はどうするのか

  • 優先部分証券化商品について、取引ができず時価がいくらかわからくなっている状況で、証券化商品の買取価格をどうやって決めるのか。
  • メザニン部分、劣後部分についてはどうやって買取価格を決めるのか。はじめからゼロ評価か。
  • いつの時点で、価格決定をするのか。
  • 誰が具体的な時価評価にあたるのか。
  • ヒストリック・データが現実に起こっていることと乖離しているとき、なにが公正な価格の決定方法か。

③ 金融機関がオフバランスで実質保有している証券化商品は、本当に対象にしなくてもいいのか

  • ストラクチャード・インベストメント・ビークル(SIV)を利用して投資をしている場合は、SIVに対する融資や投資が、どの程度の金額にのぼり、またSIVが保有している証券化商品はどの程度の金額にのぼるのか。
  • SIVへの融資や保証は買取対象外なのか(追記:SIVに対するエクイティ投資は対象外と思われるが、融資・保証はSIVが不動産証券化商品への投資を目的としているときは、やはり対象外なのか)

④ 金融機関がレファレンス・エンティテイとなっているクレジット・デリバティブ取引はどれくらいあるのか。

  • レファレンス・エンティティである金融機関はすべて生き残るわけではないとすると(地銀やリーマンのような証券会社)、クレジットイベントが発生しそうなCDS取引の支払想定額はどれくらいにのぼるのか。
  • そのうち、破綻懸念の金融機関がヘッジによって他の金融機関にリスクを移転しているものの総額はいくら位あるのか。

⑤ 将来の回収方法はどうするのか。

  • RTCは破綻したS&Lの資産を全部接収し、優良資産の証券化を行うことにより、市場から投入した公的資金を回収したが、今回のスキームは不良債権の買取のみである。キャッシュ・フローのない資産を買い取っても、証券化はできないが、どうやって回収していくのか。
  • 将来の回収方法についての見込みがないと、財務省証券=米国債の格付けの低下に結びつきかねないが、その点について今、懸念すべき事項はないか。

書いていると、確かに「市場が疑心暗鬼」になってくる気持ちがわかりますね。米政府のプランの詳細が月曜日に明らかにされるでしょうから、じっくり見たいです。

月曜日の米国市場の動きを注目しましょう。

2008年9月19日 (金)

クレジット・デフォルト・スワップ取引の損失は様子見だって??

今日は調子いいのでもう1本書いちゃお~っと。

本日付の金融ファクシミリ新聞によると、リーマンをカウンターパティとするクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)取引について、取引で生じた利益をリーマンに請求しても焦げ付く可能性があることが問題となりはじめているようです。

CDS取引は、一種の保険で、レファレンス・エンティティの信用不安をクレジット・イベントといい、クレジット・イベントが発生したときは、プロテクション・バイヤーはプロテクション・セラーから予め定められたフォーミュラで計算される金額や定額の金額を受け取るというものです。

金融ファクシミリ新聞は、リーマンは消費者金融業者を相手に取り引きをしている金融機関などに、消費者金融業者を相手にするプロテクションを売っており、最近の信用リスクに対する不安からスプレッドがワイド化して、プロテクションを買った投資家は大きな含み益を得たとみられるが、リーマンが請求額を支払えなければ見込んでいた実現益を計上できないという不安があるので、「当面は様子見の投資家が多いと予測されている」と報じていますが、「えっ、どういうこと?」と思ってしまいます。

リーマンは一種の保険を引き受けているので、例えば、リーマンから不動産会社と取引している投資家が当該不動産会社をレファレンス・エンティティとするプロテクションを買って、その不動産会社が倒産したら、リーマンからお金を受け取れるわけですが、この将来発生するかもしれない請求権の履行の可能性は、リーマンの倒産により、限りなく低いわけです。また、現在のポジションが投資家のイン・ザ・マネーとしても、ISDAマスター・アグリーメントでカバーされているならばターミネーションが起こるのではないでしょうか。それであればその投資家の利益の支払いを求めても、リーマンには支払い能力がありません。

また、リーマンは、プロテクションを売っていたら、そのポジションのリスクヘッジのために他の金融機関からプロテクションを買っている可能性があります。この金融機関は、リーマンが倒産したことを理由にAETをトリガーしているでしょう。そうすると、この取引でイン・ザ・マネーになっているリーマンは金を受け取ることができます。

こう考えてくると、なんで多数の投資家が様子見をしているのか、よく理解できないのでありますが、どなたか、私の疑問に答えていただけるとありがたいと思います。なんか、誤解しているのかな~。

米国政府の不良債権買取構想はターニング・ポイントになるか?

新聞の論調はすべて、私の書いた方向へと流れていったようです。むろん、自分の意見の影響はゼロですが、すべての人の目に、米当局の失敗は明らかなのですね。

今朝の日経4面に、大和総研の武藤敏郎氏が公的資金注入の枠組みが必要と発言されています。基本的に同意ですが、米国では国法銀行の破綻の場合は、デリバティブ取引は政府が介入して他の金融機関にそっくりそのまま移す仕組みはあり、ただ、証券会社である投資銀行についてはこのような仕組みが整っていないのであると理解しております。作るのであるならば、このような仕組みとの組み合わせも考えるべきかと思います。

また、日経社説によれば、RTCのような仕組みをつくり不良債権処理を買い取るべきだというボルガー元FRB議長の提案が紹介されていました。

ここまで朝に下書きして、仕事をしてから仕上げようと思っていたら、米国政府が不良債権買取処理の枠組みの検討に入ったというニュースが入ってきました。しかし、その中身を読んでみるとまだ海のものとも山のものともわかりません。仮にRTCのような機構を構想するなら、資金の出し手は誰なのでしょうか?ポールソン財務長官もバーナンキFRB議長も、一言も公的資金を導入するとは言っておりません。また、その規模は?これもわかりません。

ポールソンとバーナンキは民主党、共和党の議会有力者にたたき台を示し、議会は超党派での政府との協力を約束し、ペロシ下院議長は「急いで動く、時間が重要(Time is essence)」と発言したと伝えられていますが、公的資金の導入については、伝統的に議会は反対の空気が強く、この間の状況の悪化でも、議会の空気は即簡単にOKの方向へはいかないと思われますので、この雰囲気には非常に違和感を感じます。

この手のプランの大枠も示すことなく、記者たちとインタビューして期待感を持たせる記事を書かせるのは老獪な政治家の常であります。当局者は、この手のニュースがトレーディング・ルームのTVに届いたとたんにどんなことがおきるか、お見通しなのです。投資銀行に勤務されたことのない方々にはわかりにくいかもしれませんが、ニュースのヘッドラインが流れたとたん、狩猟犬のようなトレーダーたちは一斉に買いに走ります。ほんの数秒でそのアクションはおこり、マーケットを巻き込んでいきます。トレーディング・ルームの「買いだ、買いだ!」と言う声、「いいか、マーケット・クローズのときは今日のポジションはクローズしろ」と利益の確定・鞘抜きを指示するトレーディング・ヘッドの声が聞こえるようです。

このような動きからダウは急騰したわけで、もちろんクロージング直前は値をすこし下げました。トレーダーたちには、構想の中身でもっとも重要な誰が資金を出すのか、どの程度の規模の買取資金が用意されるのかという点は全くわからない程度の情報を示して、マーケットを再びスペキュレーションの渦に巻き込んだのです。恐るべき、かつ見事な相場操縦ともいえます。

他方において、SECがマーケットに嘘の情報を流して空売りをかけた者がいるという疑いで捜査に乗り出したという報道がなされました。あたかも、数日間の相場の暴落は、リーマン救済をしなかったからではない、嘘のうわさを流した連中がやったんだ、といいたいばかりのようです。これは、情報操作をしているのではないかと私は疑いたくなります(ひねくれ者でしょうか)。

しかし、もし構想の中身が、公的資金が投入されず、例えば日本が最初やったような奉加帳方式であったりしたら、どうなるのでしょうか。また、不良債権の見積もりが不十分で、そんな規模の買取では、まったく効果として不十分とされたらどうなるでしょうか。マーケットは大変な失望売りとなるでしょう。それは現在、合併交渉を行っていると伝えられるワコビア、モーガン・スタンレーの株価にさらに悪影響を与えかねませんし、弱っているそのほかの金融機関の株価を直撃します。

私は彼らが議論している構想のもっとも重要な部分が、市場の期待を裏切らないことを心底祈りたいと思います。もし、公的資金の導入がなく、規模も不十分だったりしたら、市場のリアクションはこれまで以上になる可能性が大きいと思っております。そうなったときは、米政府首脳は万死に値するといえるでしょう。

<追記>

午後11時過ぎにCNNで中継された記者会見で、ポールソン財務長官は、プランは問題になっている不良債権を除去するだけの非常に大きい規模でなければならず、また、たとえタックス・ペイヤーの金を使ってもシステムの根本的原因の除去をおこなわなければならないと言明しました。これは公的資金導入により、相当規模の大きさの不良債権買取の仕組みを作らなければならないという宣言と受けとれました。疑ぐり深い私も、すこしほっとしました。他方、ポールソンは現在のレギュラトリー・システムは時代遅れで改革する必要があるといいました。財務省が用意する法案のパッケージはどのようなものなのか、また、議会は本当にOKするのか、が非常に注目されます。NYはがんがん上がり始めているようです。

<追記2>

今、ブッシュ大統領が、バーナンキ、ポールソン、コックスを引き連れて演説を終わりました。いままで聞いたブッシュの演説でもっともよかった、感心しましたね~。内容はポールソンの演説を全面的に支持するものでした。

2008年9月18日 (木)

AIGとリーマンはなんで取り扱いがちがうのか?-米当局の迷走ー

AIGに対する850億ドル(9兆円)の公的資金を使った融資による救済(政府がその約80%の株を取得できるオプション付き)が決まりました。AIG破綻のリスクがあまりにも大きいというのが、その理由であると報道されています。たしかに世界120カ国で事業を展開するAIGの破綻は、すさまじい影響があるでしょう。ですからこの決断は正しいと思いますが、なんでリーマンとちがうのでしょうか。

米国のアナリストの中にはAIGのこのような救済が節操がないと批判し、バーナンキFRB議長は何がシステミック・リスクなのか、明確に説明する必要があるとしています。例えば下記の記事をご覧ください。

http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPJAPAN-33801120080917

確かにポイントはそこにありますが、私はAIGを救済したのが問題ではなく、リーマン救済に公的資金を使わない決断をしたことが大問題であったと思います。ここにはシステミック・リスクについて、認識が不足していると思えるからです。リーマン・ショックによる市場の混乱があまりにも大きかったので、AIGについては公的資金を導入しなければ、米国発世界恐慌が現実化すると考えざるをえなかった.....それが今回のAIG救済劇の実体ではないでしょうか。

昨日、ブログにかいたリーマンのデリバティブ取引のエクスポージャーは、インターバンク間取引については、デリバティブ取引の有担保化が進んだためと、多くのデリバティブ取引がリーマンのインザマネー(つまりリーマンの勝ち)であるために、心配したほど大きくはないようです。市場関係者と話しましたが、デリバティブ市場の動きには、大きな影響がないようです。この点、CNNMoney.comによりますと、ベアー・スターンズの場合にはデリバティブのエクスポージャーが9兆ドルもあったのに対して、リーマンはその10分の1であったとしています。それが正しいとしても9000億ドル、100兆円です。1997年11月の日本の金融危機の際には、日本の金融機関のバブルの負債が100兆円とも150兆円ともいわれていましたが、それに匹敵する規模です。

http://money.cnn.com/2008/09/15/news/companies/why_bear_not_lehman/index.htm

もしリーマンがアウト・オブ・ザ・マネーであったら、公的資金導入なしでチャプター11に追い込むことなど不可能だったでしょう。リーマンのエクスポージャーはイン・ザ・マネーであったから、公的資金導入なしでも市場は耐えられると、米当局は読んだのではないでしょうか。

しかし、この読みはすでにサブ・プライム危機が市場に与えている心理的影響を、まったく軽視したものであったと思います。リーマンのチャプター11申請が発表されて以来、全世界の市場は暴落しました。ポールソン財務長官の楽観的なコメントとは逆に、市場は大変な混乱に陥ったわけです。日米欧の中央銀行が市場に供給した短期資金は1日で36兆円にものぼります。日銀は、本日も短期金融市場に3兆円の緊急流動性供与を行っています。ロシア証券取引所MICEXとロシア第2位の取引所RTSは、ついに取引停止に追い込まれています。米当局は、リーマンのような国際的投資銀行の破綻の影響をアンダーエスティメートしていたのではないでしょうか。

http://www.worldtimes.co.jp/news/bus/kiji/2008-09-17T191035Z_01_NOOTR_RTRMDNC_0_JAPAN-338043-1.html

日本市場を例にとって、リーマンのチャプター11が市場に与えた影響について見てみましょう。

本日の金融ファクシミリ新聞によると、短期金融市場ではリーマンによる無担保コールとCPの残高はなかったとされています。また、先にのべたとおり、日本のデリバティブ市場において、リーマンを相手とするデリバティブ取引の一括清算による金融機関の連鎖倒産の恐れは語られていません。

しかし、日銀が3兆円も流動性供給をしても、無担保コール市場は日銀の誘導目標の0.5%を上回る0.55%から0.70%程度で推移したといいます。20bps高い金利で調達しなければならないという事態は、金融機関同士が相手方のクレジットの状態に相当の疑心暗鬼になっている証拠でしょう(かつてのジャパン・プレミアムが想起されます)。

また、ブルームバーグは、日本の金融機関のリーマン向け融資及びリーマン発行の社債で回収不可能になる可能性があるものが約2500億円と報じています。この内訳は大手8行で1367億円、地銀32行で673億円、生保6社で993億円、損害保険会社5社が約150億円(ただし1社は未公表)ということです。地銀の中には、71億円も引っかかっているところがあります。

http://www.bloomberg.com/apps/news?pid=90003017&sid=aRq7Rbv7jqGA&refer=jp_japan

これに加えて、16日に民事再生の申立がでた系列企業サンライズファイナンスとリーマン・ブラザーズ・コマーシャル・モーゲージの負債総額は7484億円であると報道されています。内訳は負債はサンライズが3640億円、コマーシャル・モーゲージは3845億円で、両者のビジネス上、資金調達は日本の金融機関によるローンと思われます。この負債総額はほとんど証券化される前の不動産物件やSPCに対するローンであるとすると、どの程度担保物件がとられているか疑問ですが、債権譲渡登記や不動産登記がなされていなければ担保権は対抗できませんから、これらの手続きが終了していなければ全額が再生債権ということになります。

http://www.bloomberg.com/apps/news?pid=90003017&sid=adCh.UIFv32Y&refer=jp_japan

以上に報道された日本の金融機関のすべての債権が回収不能としても、1兆円にみたないので、この程度なら日本の金融機関全体としてはリスクを飲み込めそうですが(地銀についてはあぶないと思われるところがでてくるとしても)、それでも市場は先にのべたとおりの反応をおこしているわけです。それは、相手方の信用リスクに対する懸念が引き起こしている信用収縮にほかなりません。ここでは、リーマン・ショックにより、大きな規模での信用収縮がはじまっているのです。

このような信用収縮が全世界の市場でおこり、米当局の「想定の範囲内」にまったくおさまらなかったために、AIGについては当初公的資金による救済を拒否していたFRBも、公的資金による救済に踏み込まなければならなくなったのではないでしょうか。

バブル崩壊のときに日本が手本とすべきとされたのは、S&Lの破綻のときの米国の手法でした。その時に、レッスンとして学んだことは、破綻状態の金融機関を長く生かしておくと後の処理が高くつくということ(日本はバブル崩壊後7年も当局がほっておいた)、また、早期処理については、思い切った公的資金の導入を含んだ措置が必要、という2点でした。今回の米当局は、日本に示した2つのレッスンを十分に生かしているとはいえず、また、さらに、その後のITの進歩や金融工学の発達によってリスクの所在が不明になった事態に、市場がいかに不安を抱え急速な信用収縮をおこすのかという点についても、認識が不足していることを示してしまったと思います。

これから、みんな覚悟して生活する必要がありそうですね、よほど大胆な勝負ができる人以外は。

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