会社法

2009年11月 3日 (火)

上村教授が語る公開会社法(1)

中央経済社が出版している雑誌「企業会計」12月号から、上村達男早稲田大学教授と中村直人弁護士の「公開会社法とは何か」という対談の掲載が、始まっております。

上村先生というと、日本取締役協会で上村先生がまとめられた「公開会社法要綱案」が民主党の公開会社法のベースになっているとして、しばしば引き合いに出されますが、この対談では上村先生が目指したところを対談を通じで語るという構成になっており、大変興味深いものとなっております。そこで、備忘として要約してみたいと思います。なお民主党公開会社法についての私の批判は、この記事をご覧下さい。

なぜ、公開会社法というアイデアが出てきたのか、上村先生が語るところによると

-実際の企業法制は、有価証券報告書という金商法の開示法制、計算は財務諸表等規則、監査も監査基準という旧証券取引法、金融商品取引法中心の世界で回ってきている。

-しかし会社法との概念の乖離がすごくあったので、商法特例法といった特別の法律をつくり会計監査人という制度を作って証取法との橋渡しをしたが、それでもギャップがある。

-金商法と会社法との概念の差を飛び越え、会社法レベルで理論的に整理してしまってはどうか。

-他方、新会社法は「ベンチャー用法制」になっており、従来の原則をひっくり返し、例えば、株主総会は万能、有利発行は原則株主総会の特別決議とする、自己株式取得も相対取引が原則で市場取引は例外、というように有限会社法になってしまった。

ということで始まったと解説されています。

上村先生は中村先生の、「民主党案と上村公開会社法は全く別物と考えて宜しいですね」という質問に、こう答えて別物であることを認められています。

「ほかの国で当たり前な公開会社の話にもう一回戻ろうという話なのですね。この、有限会社的な株式会社法から、どの国でも普通に扱っている本当の意味での公開会社法に戻そうという一般的な流れと、この民主党の公開会社法要綱案が何か一緒に議論されていますね。狭義の公開会社法というのは、あくまでも金融商品取引法のルールを会社法のルールとして認知することで経験の不足を乗り越えようとするところが中核で、それに伴って、やはり開示・会計・監査が連結ならば、ガバナンスも投資家とかそういうものを意識した会社法にしようではないかということです。ガバナンスや企業結合法制も市場を特に意識するという面が強調されていますが、実はこれも普通の株式会社法の話なのですね。日本の会社法が市場から離れすぎたのですね。」

現行会社法は有限会社法で市場から乖離している-この認識から公開会社法案が出たということは、よく記憶されるべきです。それは不祥事等の話が中心ではなく、資本市場と有機的に一体的に構成される会社法が日本には存在していないという、本質的な批判であって、会社法立法担当者にとってはまことに耳の痛い指摘ですね。

中村先生は、こういう答えを踏まえて、会社法は会社法、金商法は金商法で穴の空いたところをふさいでいけばいい、何も新しい公開会社法というものをつくらなくていいという考えがあることを指摘し(おおすぎ先生も論文かかれていますね)、それでも公開会社法というものに立て直そうというのはどこがポイントなのかと、質問を投げかけます(さすがですね)。

この質問に対して、上村先生はこう答えています。

-会社法と金商法の調整が必要だという認識には、両者に調整できる性格があるという認識があるはず、また調整しなけばならないというときの理念がなければ調整はできないはず、「その辺を意識的にほじくり返して、基礎理論そのものを見直していかなければ、調整の結果として何が生まれてくるかがわかりません。」

-また両者の空白の部分は、会社法が有限会社法になってしまい市場を意識しなかったことによって生まれている。

要するに、市場を大前提として、有限会社法というベンチャー法制の基礎理論がベースになっているものを、市場法制の基礎理論で会社法レベルで組みなおす-これが上村公開会社法案の本質と、私は理解しました。 

中村先生は以上の回答を前提として、従来の会社法の考え方と違ってくる部分があることを指摘し、その一つとして「株主が会社の所有者でその利益を守る」という考え方から「株主ではなく投資家を守る。しかも投資家はいくつかのステークホルダーの一つである。」という上村説の考え方について質問します。

上村先生はこう答えます。

-今まで会社法は、株主になった後のことを中心に組み立てている。株主は会社の所有者で、経営者は株主の代理人、会社を作るのは一種の契約という民法を前提とした個人商人が番頭さんを使って商売をするという伝統的世界。

-しかし、証券市場と向き合う時代では、開示も会計も監査も投資家のためにやっている。会社所有者としての株主はいない。つまり株主は会社と投資契約、すなわち「私はこれだけ払うからこれこれの事業をして、利益があったら配当するという契約」の一方当事者である。株主総会は所有者の集まりではない。これは証券市場が未成熟だった時代に、商法学者であった故松田二郎先生や故田中耕太郎先生が実は指摘していたことである。

-株主総会は投資者集会であり、(しかも市場流通している株式を前提にすれば)投資家は不特定多数である。仮に欧米のように個人株主を投資家として想定すれば、それは市民社会に開かれた公開会社ということになる。だから会社法も株主になってからだけではなくて、(投資をしようとしている)投資家の段階から意識した理論を構築する必要がある。

面白いですね。(つづく)

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2009年9月13日 (日)

公開買付けの強圧性とMBO

サンスターMBOで元株主が勝訴したことが話題になっております。そこで、この機会を捉えて、先日ご紹介した商事法務2009年8月25日号の論文のうち、「TOB(公開買付け)と少数株主権」(井上光太郎慶應義塾大学准教授著)をご紹介し、MBOとの関連についてややラフになりますが若干考えてみたいと思います。

井上論文の要旨は、以下のとおりです。

①日本の公開買付制度では、買付け後の株券等所有割合が3分の2以下となるTOBについては全部買取義務がないことから、そのようなTOBと企業再編手続を組み合わせる二段階買収(以下、「二段階買収という」)を可能にしている。また、少数株主の保護については金商法上何ら規制がなく会社法上の少数株主保護しかないこと等から、十分な少数株主利益の保護策が整備されていない状況下にある。その結果として、TOB後に買い手が少数株主利益を収奪することにより、または株式市場がそれを懸念することにより、TOBに応募しなかった少数株主の利益は、TOBに応募した場合に比較して悪化することが予測される。

②実証分析では、その予測どおり、日本のTOBではターゲット企業の株価は平均して下落している。このことから、買い手は機会主義的行動をとる余地があり、他方、少数株主に対しては、TOBに応じるほうが応じないときより獲得利益が大きくなるのでTOBに応じざるをえないという誘引が強く働いている。

③これは日本の公開買付け制度が全体として強圧性をもつことを示し、日本のTOBにおいて、敵対的買収を除き、ほとんどのケースでTOBが成立した理由は強圧性にあると解釈可能である。

詳細は井上論文を読んでいただきたいのですが、要するに、現行の公開買付け制度と組織再編手続を組み合わせた二段階買収は、強圧的効果を現実に発生させているということを実証したということです。

井上論文はこのことにより、三つの問題が生じているとしています。

第一に、一般投資家による日本株への投資意欲を阻害し、結果的に日本企業の資本コストを上昇させるという問題。

第二に、企業の支配権は、M&A市場における競争を通じてターゲット企業の企業価値を最大化できる最適な買い手に委ねられるとは限らず、M&A市場が経営資源の効率的配分を実現するという役割を十分に果たしていないという問題。

第三に、買い手が相対的に高いプレミアムの支払が必要となる全部買付けより、買収コストが低く且つTOB後に残存少数株主の利益を収奪可能な部分買付けを好むことになり、大株主と少数株主の間の利害対立を激化させ、M&Aを通じた効率性の改善を制約するという問題。

井上論文は、今後、二段階買収の強圧性について、少数株主に有利な展開を可能にするという点でも、公開買付け制度に全部買付義務を導入すべきであるという方向性に弾みをつける意味でも、重要であると思います。

MBOとの関連ですが、この報告の出現によって、MBOにおける二段階買収の際の企業再編手続における対価の公正性が非常に厳しくみられることになると思われます。もう少し詳しくいうと次のとおりになります。

MBOにおいて、第二段階の取引とは少数株主をスクイーズ・アウトする取引です。スクイーズ・アウトの方法には2種類あります。

第一は、SPCを完全親会社として、対象会社を完全子会社とする株式交換を一般株主に端株を生じさせるような交換比率で行い、端株について現金交付を行う方法です。

第二は、対象会社の定款を変更して種類株式発行会社として、その普通株式に全部取得条項を付し、一般株主には端株が生じるような割合で種類株式を対価に当該株式の全部を取得して、一般株主には端株代金を交付する方法です。

スクイーズ・アウトをされる少数株主が対価が低すぎるといって対抗する方法は、実行性にはいろいろ問題があるものの、いくつか考えられるのですが、その一つとして、第一の株式交換が利用される場合には株式買取請求権の行使(会社法785条1項)及び買取が不調になった場合の裁判所に対する取得対価の価格の決定の申立て(会社法786条)をすることを考えることができます。また、第二の全部取得条項付種類株式が利用される場合には、株式買取請求権の行使(会社法116条1項2号)及び買取について協議が不調になった場合の裁判所に対する取得対価の価格の決定の申立て(会社法117条)を行うことが考えられます。

株式交換による合併の場合、反対株主は「公正な価格」での買取請求ができることが保証されているのですが、公開買付けが行われたあとに行われるときには、ここにいう「公正な価格」は公開買付価格を下回ることはないと考えられています。どうしてかというと、公開買付価格は組織再編後のシナジーを織り込んだ価格と考えられるからです。経済産業省のMBO指針でも、特段の事情がない限り公開買付価格と同一の価格を基準とすべきであるとされています。MBO指針では、公開買付価格を基準とすることを強圧性を排除するための一つの方策として位置づけています。

全部取得条項付種類株式を利用する場合、定款変更に対して反対する株主は会社法116条1項2号により「公正な価格」で買取を求めることになりますが、ここでいう「公正な価格」は定款変更決議に際してのそれをさすので、組織再編後のシナジーを含む価格と考えることができないと考えられていました。このため、反対株主側がシナジーによる企業価値増加分を含めた価格を求めるのに対して、会社側は折れることがなく、協議が整うことは困難であって、会社法117条2項によって裁判所に価格の決定を申し立てるということに大方なると思われます。

ところが、そもそも現行の公開買付制度のもとでの二段階買収が強圧性を本来的に有しているということであるならば、二段階めの買取価格あるいは買取請求権行使時の買取価格について自己の算定価格が正当であることを主張する買収側には、これまで以上に重い立証責任が課せられてしかるべきではないか、と考えるべきことにならないでしょうか。少数株主の利益が十分保護されていないという事実上の推定が働くからです。

そうだとすると会社法116条の「公正な価格」についても、理論的にシナジーを含められないなど考えないで、裁判所が具体的買収の実態に応じて柔軟に解釈すればいいのではないかと思います。レックス事件最高裁決定の正当性がよく理解できます。

そして、公開買付けを行うことを発表する前に業績の下方修正を行った結果、株価が下落し、その後に公開買付けを行うことを発表して下落後の株価をもとに公開買付価格を定めたような場合には、株式買取請求における「公正な価格」を定めるについて、公開買付価格を一応の基準として考えることは、もはやできないという主張も、そうとう説得力を増すでしょう。

こういうわけで、MBOの場合の公開買付価格の公正性や株式買取請求における「公正な価格」に対する精査は、井上論文の出現でますます必要になったといえるのではないでしょうか。

また、MBO指針に示された経営陣と株主の情報の非対称性解消のための適切な開示のレベル感もあがってくるでしょう。

さらに、第二段階の買取が不公正なものとして取締役等に対して損害賠償請求(会社法429条)を株主が主張する場合の悪意または重過失の認定にも、影響を及ぼすのではないでしょうか。

以上、つらつら考えるに、井上論文の影響は大きいものとなると思います。

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2009年9月 8日 (火)

社外調査委員会が必要とされる場合とは

前回までのエントリーで議論の材料がいろいろでてきた社外調査委員会について、若干の考察をしておきたいと思います。今回はカブドットコム証券さんの事件をまったくはなれて、一般的に議論させていただきます。

今回は「いかなる場合に社外調査委員会を設置すべきか」という点と「調査委員会メンバー選任にあたっての若干の考慮すべき点」について、検討してみたいと思います。

まず、企業不祥事が発生した場合に、企業は社内に調査委員会を置くことを優先して考えると思います。企業がPDCAを働かせる一環としてむしろ事実関係の把握を行う上で当然でもあり、また、社内事情に詳しい者がメンバーのほうが調査が早く進むというメリットもあります。外部から専門家をいれるなり、補助者やアドバイザーとなってもらえば、見落としも少なくなります。したがって、社内調査委員会設置をまず考えるという思考は、必ずしもまずいことではないように思います。

また、一言に企業不祥事とはいっても、それにはいろいろなものがあり、従業員個人の犯罪で会社の統制環境や体制を問題にする必要がないものから、会社の企業風土までさかのぼる必要のあるものまでさまざまです。その不祥事に応じた調査のやり方というものがあると思われます。

社外調査委員会が必要とされるのは、企業風土までさかのぼって考えなければならないようなケースでしょう。なぜそれが必要かといえば、不祥事発生により強い社会的非難を受けている企業は、徹底した事実調査と原因究明を行い、不祥事発生の責任の所在を明確にした上で、実効性ある具体的な再発防止策を実施しなければ危機を脱出できないからです。なぜ危機を脱出できないかといえば、従来、社内調査では事実調査をおざなりにしたり、原因の追究や責任の所在の明確化を行わなかったり、あるいは具体的な対策を採らない傾向があることを、すでに世間が認識しており、一度、当該企業もそうではないのかという批判がでると、それから容易に逃れられないし、また、現にそのようななおざりな調査がされるリスクがあるからでしょう。

したがって、発生した企業不祥事に対して強い社会的非難が起こっているような状況になっている場合やそのような状況になる可能性が高い場合ならば、最初から社外調査委員会に独立した立場で徹底的な原因究明をおこなってもらったほうがいいと考えられます。

また、当該企業にとって信用を失墜させる可能性が非常に高いような法令違反や不祥事である場合は、社会的非難が起こっているいないに関わらず、社外調査委員会を設置する必要性が高いといえると思います。

そういう状態ではないと経営陣が判断して、いちど社内調査委員会を立ち上げて調査してみたところ、その後の調査の進展あるいは状況の変化で、上記のような可能性がでてきたというような場合も、社外調査委員会に調査を行わせたほうがいいと思われます。

以上をまとめると、社外調査委員会を設置すべき場合としては、以下のようなものが考えれます。

①経営陣が企業の信用を失墜させる可能性のある重大な法令違反または不適切行為等の不祥事に直接関与していることが明らかであるか、その可能性がある場合(経営陣が不祥事の実行行為に関与するだけでなく、不祥事発生の原因の可能性となっている統制上の問題に関与している場合をも含む)

②当初は不祥事について社内調査を始めたが、①のような可能性が高い場合

②は、調査をしていくうちに①が疑われるという場合を想定していますが、どの時点で誰が独立した外部調査委員会設置を判断すべきかという問題があろうと思います。

ひとつの考え方として、監査役設置会社の場合には、社内調査委員会に監査役を必ずメンバーとして入れておき、事実調査が進んで、代表取締役や取締役の関与が疑われるとか、これらの者を含む統制環境について深堀が必要であると考えられるときには、監査役の発案で独立性の高い社外調査委員会を設置するという仕組みをつくるというやり方があります。

ただ、監査役までその調査や評価の対象たらざるをえない場合もあります。例えば、ダスキン事件などはそのような事例といえるでしょう。こういう場合は、社内調査委員会の調査完了をまたず、社外調査委員会をすぐに設置すべきことになります。

ただ、それ上記のような仕組みができるかどうかは相当程度、社長の決断にかかる部分が多いと思います。

次に、社内・社外調査委員会のメンバー選任の留意点については、若干悩んでいる論点があります。どういうことかというと......

経営陣が組織した社内・社外調査委員会のメンバーである弁護士や公認会計士又はそこから委託をうけ補助している弁護士や会計士と会社の間に、業務の請負や顧問関係、継続的な事件・プロジェクトなどを受任するといった関係などが存在することによって、独立性や調査の中立性、信用性について疑問が生じる可能性があるという指摘が、特にマスコミ関係者から多く見られます。

この点については、一律にノーといえるか疑問に思っております。普段から相談にのって会社の内情や問題を良く分かっている者のほうが調査が効率的にすすむ可能性がありますし、弁護士や会計士は企業、さらにその裏の株主が実質的依頼者であると理解し独立性もかなり期待できるからです。

いろいろな社内調査報告書をみていると確かにそういえるかどうか、自信がなくなるものが少数ではあるが存在することも否定できません。しかし、一般的にいって上記のような編成だと調査側が手心を加えるおそれがあるというのは、感覚として考えにくく、むしろ経営陣の調査への協力にあるのではないかと以前のエントリーでも申し上げております。

社外取締役又は社外監査役である弁護士が調査委員に就任している場合は、その者が所属する法律事務所の別の弁護士に入ってもらうことも、選択肢として排除すべきではないでしょう。

ただし、当該社外取締役又は社外監査役が、調査対象に含まれ、または当該事件に直接関係ある管理体制構築や運用に関係している場合、もしくは当該事件の背景となる統制の体制に欠陥があることが疑われ、これらの者の監督・監視責任が問題となる場合には、同じ事務所に所属する弁護士が当該社外取締役又は社外監査役に厳しい指摘をすることは、現実問題として難しいと思います。これは調査の信頼性につながる問題ですので、同じ事務所の弁護士を入れるべきではないと思います。

また、所属事務所の他の弁護士が当該不祥事件について会社を代理して当局に対する連絡や対策に従事している場合には、その弁護士がメンバー又は補実務担当者として入っている調査委員会は公正性・独立性を疑われるおそれがあるといっていいと思います。社内調査委員会であろうと社外調査委員会であろうと、会社側を対当局の関係で代理している弁護士が調査委員会のメンバーになること又は調査の一環を担うことは、さけるべきであると思います。

なお、ここで論じているのは危機管理の方法として、国民から見て公正さを損なわない調査方法であり、弁護士職務基本規定の弁護士倫理の問題とは異なります。職務基本規定の上での整理も必要だと思われますが、時間も尽きたので今日はこの辺で筆をおきます。

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2009年9月 7日 (月)

磯崎氏のご意見をよんで

磯崎哲也氏から「池永朝昭弁護士のブログでのご意見について:その2」で、私の前回および前々回のエントリーでのべた疑問に対して、ご説明をいただいております。このご説明を読んで、いろいろな疑問が解消し、あるいは起こっていた事態が想像できるようになりました。困難な状況下でここまでご説明いただいた磯崎さんには、改めて敬意を表するとともに深く感謝申し上げたいと思います。

このブログでは、磯崎氏のご意見(「反論」という言い方はかなり抵抗感がおありのようなので、こういう言い方に代えさせていただきます)と特別調査委員会の認定した事実とその根拠について、検討するつもりでした。これを行うについて、私には磯崎氏がいうような「第三者として公正な判断をする「裁判官」役」として判定するという気持ちは、さらさらありませんでした。

そもそも報告書とご意見を読んだだけの第三者が、事実認定についてどちらが正しいと判定することは、およそ困難です。第三者がいえるのは、せいぜいどちらが説得的かという印象ないし意見にすぎませんし、そういうことを述べることが、私の目的ではありませんでした。むしろそういう論評は、法務担当記者のようなマスコミに任せて置くのが、多くの場合、適当であると思っております。

私が意図していた検討ないし論評は、私の知識・経験から見て、どういう根拠でそういう認定になったのか、論点についての見方の違いはどこからきたのか、あるいは証券会社一般のコンプライアンスのスタンダードからみてどう考えられるか、あるいはComply or explainという原則からみて説得的な説明がされたのか、というような観点から行うつもりでした。また、特別調査委員会の事実の認定方法についてもコメントするつもりでした。その分析は、こういうところが知りたいだとか、こういう点についての検討はどうだったのか、という疑問提起のスタイルとなるであろうと考えておりましたし、それが私が前々回のブログでのべていた公正かつ慎重に論評したいと述べていた意図でした。

しかし、磯崎氏のご意見は、守秘義務の壁のもとで目いっぱいかつ慎重な表現で、その見方なり立場の説明をされており、それを読んで、あえて私があれやこれやの検討をし、それについて意見を付することは、今の時点では適当ではないと思うようになりました。

磯崎氏のご意見や、また特別調査委員会の報告書は、第三者がそれぞれの感想なり意見なり、あるいは判断をするに十分なものをかなり与えていると思います。また、これ以上の疑問点の提出は、磯崎氏の立場では説明が困難なものとなるでしょうし、外部調査委員会についても同様でしょう。相手が回答ができないような立場にあることを承知で、次々と疑問や意見をぶつけることはフェアとはいえないと私は思います。また、事件が起こってから間もない今は時期的にも適切ではないように思われますし、また、ブログという方法で行うのもどうかと思います。

したがって、本件については、若干の論点整理をして終わりとしたいと考えていますが、こうやって書いている間も、せっかくの磯崎氏のご意見によって示された論点をどうまとめようか、正直いって迷っております。したがって、うまくまとめる自信があまりありません。不完全な整理ではありますが、以下の点がさしあたり重要論点であると今は思っております。

第一は、磯崎氏もいくつかの論点を提起された社外調査委員会の調査の方法です。すでに磯崎氏が十分そのブログ記事で指摘されているので繰り返しませんが、事実認定にせよ意見にせよ、認定の根拠やその事実の分析が前提となるものですから、どのような方法で、誰から、どのようにして、どのくらいの時間をかけて事実関係を聞き出すべきなのか、という点が論点であろうと思います。とりわけ、本件のように社内調査委員会の調査が先行していて、それと社外調査委員会の認定が、とりわけ社内調査委員会の主要メンバーである社外取締役を含めた経営陣全体の統制環境の評価の点で食い違うことが予想される場合、限られた時間の中で調査方法をどのように取捨選択すべきかという点です。磯崎氏のご意見では、社外調査委員会からの同氏に対する事情聴取は1時間程度のみだったようですが、そういう点を含めて調査方法についてどのような留意をすべきかが今後の検討課題であろうと思います。

第二に、社外調査委員会の調査報告書における事実認定の説明方法であります。磯崎氏のご意見では、社外特別調査委員会は社内調査委員会の調査報告書を検証し、社外調査委員会の報告書の前半に承継されているとのことですが、社外調査委員会報告書にあるとおり、社内調査委員会のインサイダー取引についての評価は全面的には採用されていないとされています。おそらくはS社長のメールと社長を牽制する仕組みの評価がまったくちがっていたと思われますが、このような場合に、社内調査委員会の報告書が公表されていれば、どうしてちがうのか比較ができますが、公表されない場合にどのように説明すべきかという問題です。

第三に、第二の点にも関連しますが、社外調査委員会の調査報告書についての公表のルールあるいは指針です。一般に、社外調査委員会の報告は全部でも一部でも必ず公表すべきであり、これを怠れば信頼回復への道のりは遠いものとなるとされており、それはまさにそのとおりなのですが、役員や経営陣の経営責任を問うものとなっている場合、あるいは、さらにすすんで法的責任を問うものとなっている場合に、単純な公表でいいのか、それとも非難の対象となった役員や経営陣で納得できないものの意見をどの程度公表と同時に付するのか、それは誰が判断しどのような方法をとるべきなのか、という論点です。

第四は、-これがすごくまとめるのが難しい点なのですが-、統制環境の評価、牽制機能の評価の在り方です。不祥事がおこったときの直接の原因が社長にあるときに、その社長の牽制ができる仕組みになっていたかどうかは当然検討されてしかるべきですが、比較的長い期間、牽制する側にいた人間の行動をどのタイムスパンを取り上げて評価するのか、管理態勢について十分な検討がされていなかったという場合、場面場面では大きな牽制をしてきたと思われる取締役に対してどういう評価を下すのか、取締役の善管注意義務と経営判断の原則は取締役の責任を免除し経営の自由度を確保する仕組みであるとされている点からみて、「適切性」という要素がはいってくる金融規制の適用がある会社の経営陣の評価というものは、普通の事業会社とちがうと割り切るべきといっていいのかどうか、といった諸論点です。

最後に、さまざまなリスクを覚悟して、あえて意見を公表された磯崎氏にあたらめて敬意を表したいと思います。非難の対象とされた社外取締役がきわめて慎重に、かつ公正さにも相当の留意を払い、ここまでの意見を公表された事例はまったくなかったものであり、その問題提起はしっかりと受け止める必要があると思います。本件についてはTOSHI先生のブログの書き込みでも述べたとおり、最初は建設的な議論ができるのか相当不安がありましたが、磯崎氏が冷静なる対応をされたことにより、将来にむかって発展的な議論を行う貴重な土台が提示されたと思います。

また、カブドットコム証券、社外調査委員会委員各位、証券取引等監視員会その他関係各位におかれましては、このような形でブログにとりあげること自体についてのご異論もおありかと思いますが、磯崎氏と私のブログでかわされた意見は、本件の社外調査のみならず、さまざまな論点について検討がなされるきっかけを与えたものとしてコーポレート・ガバナンスの議論の発展にかならずや寄与するものであるという点で、ご勘弁ねがえればと思います。

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2009年9月 4日 (金)

カブドットコム証券特別調査委員会報告V前社外取締役の反論(その2)

当ブログでは、磯崎氏の「親銀行の事件発覚後の管理・監督が強まる過程で経営の透明性が失われ、少数株主の利害を考慮すべき社外取締役の職責を果たすことが難しい状況になった」という点について簡単に触れるつもりでした。

本日はそれについて補足的説明を書いて、本論の特別調査委員会報告書と磯崎氏の反論について検討し、さらにそれに続いて調査委員会の調査方法と結論について意見を書くつもりでしたが、思いがけず、磯崎氏が私のブログに対するご意見をアップされていることに気づきました。

磯崎氏がご指摘のとおり、磯崎氏自身も守秘義務があり、その範囲でご自身の意見を書かれることは大変難しい側面があり、私としてもそれを認識しております。

そのような困難な状況で磯崎氏が再度ご意見を発表されたことについては大きな敬意を表するとともに、私としても守秘義務からくる意見表明の限界を考慮し、論評するにあたっても、前回のエントリーでも書いたとおり、慎重な配慮と公正さに努めるものであります。

また、磯崎氏が「一般的な調査対象からのフィードバック・プロセスについて」、「不祥事調査の場合の会社側意見のフィードバック・プロセスについて」、「調査委員会調査と会計監査等との対比」、「現在の調査委員会調査一般について」、「今回の特別調査委員会調査のポジショニングの特殊性」において指摘された論点は、まことに傾聴すべき問題提起と意見を含んでおり、これらの点については、後の論評の中で検討していきたいと思います。

ただ、一点指摘しておきたいのは、磯崎氏の意図が「特別調査委員会の調査報告書に「反論」することが目的ではなく、辞任の経緯をご説明し、投資家のみなさま等のご理解を深めるための情報を提供することが目的になる」と言う点にあるとはいっても、特別調査委員会の認定事実に対して、「この調査報告書には、上述のような誤解を招きかねない面が多数あると言わざるを得ません。」という言い方になる(あるいはならざるを得ない)以上は、その実質が反論であることは否定しようがないということです。

私は、調査対象になった社外取締役が特別調査委員会報告に公けの場で反論することは、別にかまわないと思っております。一部のブログには今回の事態について弁明すべきでないというものもあるようですが、特別調査委員会報告書は調査対象になった者の行為についての価値判断を表明するものであり、特に今回は磯崎氏が社外監査役としてS社長に対する牽制機能を果たしていなかったという大変厳しいものとなっているわけで、磯崎氏ら個人の社会的評価につながるものでありますから、むしろ反論すること自体を責めるのは酷にすぎると思っております。

ただ、その反論は、その内容において事実関係が良く認識できるものでなければ、さらに混乱や会社に対する誤った評価を引き出すおそれがあることに非常な留意がいります(もちろん反論のやり方や中身は、反論者個人の評価にまたつながってしまうので、相当リスクのあることで、その点について磯崎氏がリスクをしょいながら慎重に且つ誠実に対応されていることに対して、私は敬意を表するものです)。

すでに、いろいろなブログで、カブドットコム証券のガバナンスは少数株主に留意しないものとなったとか、特別調査委員会の調査報告が親銀行の意向を受けたものとなっているという論調がでております。このような影響が出る以上、投資家の判断に供することが目的であるとしても、反論も事実に即してそれを十分説明したものであるべきであることは、反論の影響度も考えれば当然でしょう。事実の明確な、かつ十分な説明をしない抽象的な表現は、逆にミスリードしてしまう危険があります。

この点について、磯崎氏は慎重に筆をはこびながらも、「親銀行の事件発覚後の管理・監督が強まる過程で経営の透明性が失われ、少数株主の利害を考慮すべき社外取締役の職責をはたすことことが難しい状況になった」という説明をされており、私はこの説明が不明確で不十分ではないかと考えております。

いそざきブログを精読すると、①独立社外取締役であった磯崎氏と佐藤弁護士が社外の危機対応専門の弁護士チームの支援をうけながら調査を進めていた、②それにもかかわらず親銀行の意向によって別の特別調査委員会設置が求められた、③特別調査委員会報告書の磯崎氏や佐藤弁護士の評価につながる事実認定には疑問があるし評価にも異論がある、④特別委員会調査報告書は他の社外取締役には一切触れていない、と説明されております。

ここで投資家が知りたいのは、社外取締役を中心とする社内調査委員会が調査を行っているにもかかわらず、なぜ特別調査委員会が必要とされたか、なのではないでしょうか。

私の経験では、臨店検査中やその後の検査講評でSESCの事件の実態の認識や原因及び事件に関わった役職員の評価が会社側に伝えられますが、その場合に会社側の認識とSESCの認識が相当ずれている場合には、会社側の認識不足として当局の処分が大変重くなる傾向があります。特に、本件のように社長自らが関与している場合、あるいは情報管理態勢が問題とされているケースにおいては、経営陣の当該事件に対する認識は、検査当局との認識と食い違う可能性があり、それが調整ができないまま最後まで行くと、行政処分が厳格化するリスクをとらなければならなくなります。

とりわけ取締役の牽制機能についての認識に隔たりがあった場合には、検査当局との臨店検査・オフサイト検査の対話の中でその差を埋める必要がありますが、その時間は限られており、いちど固まった検査官の見方を覆すことは大変難しいものがあります。

また行政処分は当該対象会社だけでなく、関係するグループ会社にも多大の影響を与えます。機関投資家の中には、子会社・兄弟会社が金融庁から処分を受けた場合でも業務改善命令が解除されるまで取引を中止するというところが多数あり、行政処分をいかに軽くするか、業務改善命令を早く解除してもらうかがビジネス遂行上の重要課題になります。

そのためには、会社側が客観的に事態を認識しているという証憑を示さなければなりません。普通は社内調査委員会の報告となるのですが、本件ではそれではなく、わざわざ特別調査委員会と判断された事情がどこにあったのかが不明です。

もし社外取締役を中心とした社内調査委員会の認識が、SESCの認識と相当ずれていたという事情があり、あるいは社内調査委員会の構成や調査方法について特に意見があった場合などは、会社が特に独立調査委員会の設置をする必要があると判断することは、むしろ納得のいくことです。

つまり、当局と会社とのコーポレートガバナンスや情報管理態勢の状況に関する評価のちがいや社内調査委員会では足りないとされる事情があり、評価のずれを解決するため、独立性の強い社外の特別調査委員会をあえて発足させて社内調査をさせ、その調査方法が公正・客観的なもので、その結果が当局側の認識に近いものがでたということがここでおきたことであるならば、会社としては特別調査委員会の意見に従って改善を行うことが、会社のリスクを低めることにつながります。このような行動を取締役会が決定することは、合理的な行動でしょう。磯崎氏のご説明とはまったく違う話となるわけで、はたしてどうなのかが投資家としてはもっとも理解したいところなのではないでしょうか。

以上のとおり、特別調査委員会が設置された事情があきらかになるかどうかは、投資家の会社のガバナンスの状況についての理解に大きな影響を与えるでしょう。

本日の時間も尽きてしまいましたので、明日以後またアップさせていただきます。(17時5分 慎重を期してアップしたつもりですが、磯崎氏の辞任の意図について不正確な表示をしておりましたので修正しました。)

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2009年9月 3日 (木)

カブドットコム証券特別調査委員会報告V前社外取締役の反論(その1)

カブドットコム証券取締役であった磯崎哲也氏のブログに掲載されている同社の特別調査委員会に対する反論がすでにTOSHI先生のブログを初めとして、ネット論壇で話題になっています。

TOSHI先生のブログに私は少し書き込みをしましたが、この前社外取締役の特別調査委員会への反論への公正な評価は、5月22日にカブ・ドットコム証券に提出され、課徴金納付命令が発出されたあとである7月28日に一般に公開された特別調査委員会報告書に対する公正な評価につながるであろうこと、ネット論壇の特別調査委員会報告書に対する疑問ともとれるトーンには異議があることから、このトピックを取り上げることにしました。

もう少し補足すると、磯崎氏の反論に対して、特別調査委員会は依頼者に対する守秘義務の観点から再反論を加えられないポジションにあります。磯崎氏の反論は、非常に慎重に書かれていますが、ボトムラインは特別調査委員会報告書は数々の誤解を招きかねないものであるというものであって、その反論内容に照らせば、特別委調査委員会の事実認定及び評価が誤っているものと論難するものであります。

このブログでも「社外調査委員会の調査のあり方」を取り上げておりますし、マスコミのトーンも社外調査委員会の調査に疑問符をつけるようなトーンもあって、あたかもカブドットコム証券特別調査委員会調査報告書がそのようなもののひとつであるかのようないくつかのブログの表現をみまして、はたしてそのような印象をあたえることは公正なことであろうか、という疑問がおこりました。

磯崎氏の反論は大変勇気あるものであって、反論をしたことによるリスクも考えて相当慎重に書かれていると思いますが、会社の内部にいた前社外取締役が特別調査委員会の調査結果の認定結果に異議を申し立てたわけですから、双方の主張がどの程度筋の通ったものかが検討されることは、当然予想されてしかるべきですし、そう覚悟されていると思います。

私は、特別調査委員会報告書と磯崎氏の反論内容について、金融商品取引業者・銀行・保険業のコンプライアンス・内部統制を長年にわたって取り扱ってきた私の知識・経験に照らして、第三者としての立場から公正に評価し論評したいと思います。また、社外調査委員会の報告書の信憑性には一般的に疑問ありとするような根拠のない風潮が広まることがないように、冷静に評価すべきことを、この時期であるので特に申し述べるために、このエントリーを書きます。かなり長くなりそうですので、数日にわたりエントリーがつづくことになると思います。

1.磯崎氏の第1点「親会社と少数株主の利益の考慮」について

磯崎氏は社外取締役辞任の理由を、「親会社と少数株主の利益の考慮」であるとしています。その内容は、不祥事発覚後の親銀行の管理・監督が強まるなかで「個々の取締役や執行役が、本当に個人で納得してそう考えているのか、それとも親銀行の意向を代弁してそう発言しているのか」を判断しかねることが多くなってきたし、最終的には多数決で決議が行われてしまうので辞任するというものです。

磯崎氏の主張は、少数株主の利益を代弁する社外取締役の意見を聞くような環境がなくなったという言い方であって、もしそうであるとすると、金融庁としては統制環境が別の意味で悪くなったという評価になり、業務改善命令下の改善計画の評価の上で考慮されることになります。つまり、そのようなことを社外取締役であった者が主張することは、会社に一定のリスクを生じさせるおそれがあります。

しかし、それがどのような事態をさしているのか、ブログには説明が十分なされているとはいえず、これだけでは良くわかりません。

ただ、SESCの特別検査が開始されたのが平成21年3月17日、金融庁へ課徴金納付命令の勧告がなされたのが平成21年6月5日で、特別調査委員会が平成21年7月28日ですから、その間はわずか4ヶ月です。取締役会の回数にすれば、5回くらいがせいぜいでしょうか。

そもそも、SESCの特別調査は無予告で突然着手されます。本件でもおそらくそうであったと思います。また、調査期間中はそれに対する協力と対応がめいっぱいであって、親銀行といえども手をとてもだせる状況にはないと思われます。SESCの特別検査でしかもインサイダー取引疑惑であるならば、もしそれが真実であったら大変なことになるわけですから、他のすべての業務を差し置いて、事実調査に全面協力するしかなく、従業員の規模が100名を切っているカブドットコム証券の特に管理職にはたいへんな時間がかかったものと思われます。親銀行がつべこべ指示をだしてもそれを聞いているような時間などありませんし、へんな指示をだして実行すれば検査忌避につながるリスクがあり、とてもそんなことをできる状況ではないと思われます。

また、特別調査委員会の調査は、平成21年5月22日から開始されていますが、これはSESCの臨店検査が終了した後であると思われます。ここからまた全従業員が調査対応をしなければならず、調査完了まで親銀行がつべこべ口を突っ込むような環境にあったとはとても想像しにくいです。

これ等の事情からすれば、磯崎氏が主張するような個々の取締役の変化がおこったとすれば、6月以降のわずか2回くらいの取締役会ではなかったかと想像されます。このうちの1回は、磯崎氏が社外取締役として十分な牽制機能を果たせていたかどうかという調査報告書の公表を決議したものと思われます。

こういう事情及び想定に照らすと、磯崎氏のこの第一の反論は、「インサイダー取引防止態勢、株取引管理態勢、内部監査態勢、社内研修態勢について脆弱」、「統制環境が問題」、またそういう問題を背景としながら「インサイダー取引のきっかけとなるメールを出してしまったS社長を牽制すべき社外取締役として牽制機能をはたしていなかった」と断定した特別調査委員会報告書を、外部に発表するとした取締役会の決議に向けられているように思えます。

つまり端的にいえば、発表するという決議が親銀行の意向であって、それに対する不満から辞任したという印象をぬぐえません。

しかし、特別調査委員会報告書の公表が、少数株主の利益に反するものであるということも論じられているわけでもなく、ことさらに少数株主の利益を代表する社外取締役の意見が封じられたかのような印象を残す書き振りはいかがなものかと思います。しかも、磯崎氏の反論が反響を呼んでいるのは、少数株主の利益を代弁する社外取締役の意見が封じられるような環境になったということを暗示する氏の主張なのですから、磯崎氏は、この点についてもう少しはっきりと説明すべきではないでしょうか。すくなくとも、ここまで主張した以上は説明責任があると思います。

もっとも、特別調査委員会の事実誤認があって、そのような報告書が発表されれば少数株主の利益の保護の観点から問題であるということであれば、磯崎反論の第1点はもう少し説得性がますことになります。これは、特別調査委員会の認定事実と磯崎氏の調査報告書の反論の評価にかかることになります。  (続く)

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2009年9月 1日 (火)

社外取締役の割合は企業価値に寄与しているか

「どこから読んでも中京大中京(ちがう)」のおかげでアクセスが増えていることを発見しました。おおすぎ先生ありがとうございます。そして明日の研究会、よろしくお願いします!

ところで、日本内部統制学会が終了した翌日、私用で九州・大分に飛び、日豊本線に揺られてとある小都市に行きましたが、その道すがら、旬刊商事法務2009年8月25日号を読みました。ここに掲載されている論文を読まず、10月12日の日本私法学会シンポジウムに行かなかったとすると、コーポレート・ガバナンスを語れなくなるかもしれません。

今回の論文は、上記シンポの資料ですが、そのトピックは、ずばり会社法の実証研究です。たとえば、「社外取締役を設置することは企業価値を高めるというのは本当か」、「買収防衛策とはまがいもので実は株式持ち合いの復活ではないか」、というトピックに興味があったら、絶対読まれることをお勧めします。

田中亘先生が、会社法における実証研究の意義について、例によってわかりやすくかつ隙のない解説をされています。田中先生とは、とある研究会でご一緒させていただいたことがありますが、やや甲高い声で理路整然とご意見を述べられた姿に「鋭い方だなあ」と思っておりましたが、この論文も、会社法学における実証的研究の重要性をすきなく説かれております。

田中論文は、たとえば①上場会社における社外取締役の選任は経営監視機能強化に有益である、②それにもかかわらず、上場会社は社外取締役を選任していない場合がある、③その結果、社外取締役を選任していない会社の中には、有益であるにもかかわらず、選任していない会社が多いと予想される、④そのため、法が社外取締役設置を強制した場合には、そのことによる便益の総和のほうがそれによって生じる費用の総和を上回る可能性が高い、という主張について、①~④すべてに事実の認識ないし予測が含まれており、社外取締役強制設置ルールが経営監視機能の強化という目的に資するという価値実現に本当に役立つのかについては、実証研究が不可欠と説かれています。それだけでなく、実証と推論の関係、推測統計の会社法学にとっての重要性と留意点についてもしっかりと解説されています。

こうした問題意識から、異例なことに、私法学会のシンポの研究報告は、田中先生のほかに実証研究系の4人の経済学者が報告をすることになっており、その報告の資料がこの商事法務の号に満載されているわけです。

私はまだ、全部読み切れていませんが、内田交謹九大准教授の「取締役会構成変化の決定要因と企業パフォーマンスへの影響」をゆれる電車の中でけっこう興奮しながら読みました。この論文のテーマは、近年の取締役会規模縮小や社外取締役導入が株主価値に好ましい影響を与えたのかを明らかにすることです。

その分析結果は読んでからのお楽しみとさせていただくとして、先行する海外の研究では取締役に占める社外(独立)取締役の割合が企業価値に正の影響を与えるという結果は得られていないという驚きの報告がなされています。また海外の最近の研究では、社外取締役は外部者であるために情報の非対称性の問題に直面しており、企業は企業規模によって最適な社外(独立)取締役割合を選択している(多くの専門的アドバイスを必要とする複雑な企業は社外(独立)取締役を多くする)が、成長機会の豊富な企業では情報の非対称性が深刻であるため社外(独立)取締役は限定的な機能しか果たせない、あるいは、成長機会と社外取締役の間に負の関係がある、としていると報告されています。

どうですか。これだけ頭出しするだけで、読みたくて読みたくてうずうずしませんか。

その他の3人の経済学者のテーマも、「増資決議時の株主市場の反応とMSCB発行動機に関する実証研究」、「TOB(公開買付け)と少数株主利益」、「買収防衛策イン・ザ・シャドー・オブ株式持合い」とずらっとならんでおり、シンポで発表される実証研究の成果は、今後の実務に影響を及ぼしそうな予感が強くします。

10月12日月曜日は連休の最終日ですが、これはシンポに行く価値が大いにありそうです。

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2009年8月21日 (金)

監査役と監査人との連携

日本監査役協会と日本公認会計士協会が「監査役若しくは監査役会又は監査委員会と監査人との連携に関する共同研究報告」を発表しています。この報告は、監査役と監査法人の連携の方法、時期及び情報・意見交換事項をとてもよくまとめており、実務上参考になるのでご紹介します。

まず報告書は、監査役と監査人との連携に関する実定法上の条文を指摘しています。読んでみると、なるほどこんなにしっかり規定されているんだなと感心します。

ます、会社法397条1項2項では、会計監査人が取締役の職務執行に関し不正の行為又は法令もしくは定款に違反する重大な事実を発見したときは、遅滞なく監査役に報告する義務と、監査役がその職務執行に必要なときに会計監査人に監査に関する報告を求めることができると規定しています。

金商法193条の3、財務諸表等の監査証明に関する内閣府令7条では、公認会計士又は監査法人が特定発行者における法令違反その他の財務計算に関する書類の適正性の確保に影響を及ぼすおそれがある事実を発見したときは、当該事実の内容及び当該事実に係る法令違反の是正その他の適切な措置をとるべき旨を、監査役に書面で通知しなければならないとされています。

こうして報告された取締役の不正行為や法令・定款違反の事実は監査役が取締役に報告する義務があるので(会社法382条)、監査役から取締役会に報告されることになります。

内部統制報告制度においても、財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準で、監査人が発見した重要な欠陥の内容及び是正欠陥を監査役等に報告すること、監査人が内部統制監査の実施において不正又は法令違反を発見したときは、監査役等に報告して適切な対応を求めること、監査人は効果的・効率的監査を実施するため監査役等との提携の範囲を決定すべきこととされています。

なお報告書の冒頭では、平成17年の開示府令の改正で、有報の「コーポレート・ガバナンスの状況」の記載の一部として監査役等と監査人との相互連携の記載が義務付けられたとしています。確かに、開示府令第三号様式・第二号様式の「コーポレート・ガバナンスの状況」の記載上の注意には、「内部監査及び監査役監査及び会計監査の相互連携について具体的に、かつ、分かりやすく記載すること」とされています。この規定も重要です。

ただし、こうした規定を見ると、監査法人から監査役に何かするという方向で書かれているばかりで、監査役からは監査人に何を情報として提供するかが明確でありません。監査役が機能を十分発揮していない会社では、監査役が不正行為の可能性・兆候や法令違反等の可能性・兆候に気づいても監査人にいわないということが不祥事事例からみるとありうるし、現実にもそういうことが発生しているのではないかと思われるのですが、実はその背景には、監査役から監査人に何か求める、あるいは監査人が監査役に義務を負うという一方通行の規定しかないこともあるように感じます。

そういう観点から、この報告書が監査人に対して監査役が何をすべきかという項目を整理している点に重要性があると思います。具体的には、以下の諸点です。

まず、監査人から監査役に法令違反等の事実、重要な欠陥の内容及びその是正結果、不正行為が報告されたときの監査役の対応を、情報・意見交換すべき事項として例示しました。この基準はベスト・プラクティスとして監査役及び監査法人にぜひ使ってほしいところです。

さらに、監査役が監査人の監査に影響を及ぼすと判断した以下の6項目の事項を情報交換すべきとしている点です。

① 経営環境の変化、業務執行方針・組織の変更、その他監査役が監査の過程で把握した情報

② 監査役が発見した不正、誤謬若しくは違法行為またはそれらの兆候

③ 監査役が監査の過程で改善が必要と判断した事項

④ 監査人からの照会に対する取締役会での議論の内容や、代表取締役などの経営トップと監査役等の意見交換の内容

⑤ 監査役の往査結果等

⑥ 監査役等が注視している、監査人が必要な監査情報を入手できる監査環境の整備状況

監査役が把握している経営陣にとって不利な情報を会計監査人に意図的に話さないということは想定外というトーンですね。当たり前なのですが、とかく監査役でもこれを会計監査人に話すといろいろ面倒になるかも、と気にして話さないことはありうる話でしょう。重要でないような小さい問題を話して監査法人が気にしてことが不必要に大きくなるということも、効率性の点からみて問題であると思いますが、監査役にはどの事項をどのタイミングで話すかどうかも含めて健全な判断が求められているというべきでしょうね。

また、⑥は監査事務局の整備に関わる事項や、監査に必要な情報が届かないような状況をさしています。監査役が経営陣に対して法廷闘争に踏み切る場合には、結構重要なのではないでしょうか。そういう場合には、監査役に対する会社の協力が一切止まってしまうのが通例のようなので、監査情報の遮断がおこります。そういう場合には、情報遮断されているという事態が、監査法人において全社統制の観点から問題があると判断されることにつながりうるということになるのではないでしょうか。つまり、内部統制報告監査や財務諸表監査の前提となる内部統制評価に関係することとなるでしょう。うまく考えられているなと感心します。

≪2009年8月23日追記≫

⑥の文言を読み直してみますと、「監査役等が注視している」と「監査人が必要な監査情報を入手できる監査環境の整備状況」の間に句読点が打たれているので、監査人の監査について必要な情報を入手するのに障害となっているような環境があって、そのことを監査役等が気づいており、それを監査人に話すということを想定しているように読めます。平成17年に共同研究報告が発表されて以来この部分は改定されていないようなので、特に経営陣と対立している監査役がその状況を監査人に話すということを想定している規定ではないようです。本文に「うまく考えられているな」といったのは、的外れだと考えを改めました。この規定は、素直に読むと、監査人が情報が十分入ってきていないのに気づいていないことを前提に書かれているように思いますが、たしかに当然監査人にも話されてしかるべきことが話されていないということがあって、それを話すように執行側に確認することもありますし、監査人が知っているかどうかチェックすることもありうるでしょう。

そうすると、監査役と経営陣が完全対立してしまっているような状況の場合に、監査役がそのことを監査人に話して、監査人が会計監査、内部統制報告監査に反映させるということはどのように考えるべきなのでしょうか。この点は、別のエントリーで考えてみたいと思います。

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2009年8月18日 (火)

民主党「公開会社法」案に落胆する

本日の日経新聞朝刊のコラム「一目均衡」に編集委員の三宅伸吾さんが、民主党の政策「公開会社法の制定」を取り上げられています。

それによると、民主党は経団連が反対している社外取締役設置義務には加担せず、従業員代表制度の実現を全面に押し出したとあります。民主党の政策集は、公開会社法制の中身まで書いておらず、単に「株式を公開している会社等は、投資家、取引先や労働者、地域など様々なステークホルダー(利害関係者)への責任を果たすことが求められます。公開会社に適用される特別法として、情報開示や会計監査などを強化し、健全なガバナンス(企業統治)を担保する公開会社法の制定を検討します。」とあるだけなので、この記事ではじめてそこでいっている中身がわかったわけです。

この民主党の政策の評価ですが、直言しますと、財界と労働組合の両方に媚びるバラマキのような案で、バラマキ政策が多い民主党らしいと思いますが、ガバナンス強化にはまったくつながらない案だと思います。

上記コラムによると、背景は連合がまとめた「政策・制度 要求と提言」で、金融危機や格差問題の背景に株主主権主義のまん延があるとして、従業員代表制の実現を求めたと解説されています。

しかし、上記の連合の提言を読むと、産業政策のところの<考え方と背景>には、内需主導の必要性、雇用政策と一体となった産業構造の転換、企業の国際競争力強化と地域経済の発展の必要性、労働者ものづくりのための人材育成の必要性等の認識が示され、株主主権主義という言葉さえでてきません。

さらに、<考え方と背景>を読んでいきますと、(9)として企業の会計不祥事・コンプライアンス欠如にふれ、「企業は労使協議等を通じ、引き続き内部統制を強化する必要がある」という記述がでてきます(29頁)。しかし、金融危機や格差問題の背景に株主主権主義があるという認識は最後まで示されていないので、これは取材の過程で誰かが三宅さんにそういったと想像しています(民主党の人間でしょうね)。

そして<要求の項目>5の「労働者の意見反映システム等の確立を進め、健全な産業・企業体質を構築する。」の(2)として、「多様なステークホルダーの利益への配慮も含む企業統治や企業再編時の労働者保護を実現するための会社法制を整備する。また、企業の不祥事や法令違反を抑止するために、監査役・監査委員会の構成員に労働組合代表あるいは従業員代表を含める等、監査の機能および権限の強化をはかる。」という記述が、かなり唐突な感じででてきます。

唐突というのは、前段の要求はどの<考え方と背景>から出てくるのか不明であり、後段の要求は<考え方と背景>の(9)に関連するが、なぜ従業員代表が加わることにより内部統制が強化されるのかについては一切の論述がないからです。

実は連合の本当にほしかったものは、企業再編時の労働者保護なのでしょう。そのついでに、企業不祥事をネタとして労働者の意見反映システムとして従業員代表制に言及したと思えます。監査役制度やコーポレート・ガバナンスの現状を十分考慮したうえでの提言とは、どうも思えません。

連合が本当にほしい企業再編時の労働者の保護は(おそらく経団連が強く反対しているので)無視して、むしろ傍論であった監査役の労働組合代表制ないし従業員代表制を政策に取り入れたのではないかという印象をぬぐえません。そうであるとすると、民主党はあまりにも思慮不足であって、選挙目当てのバラマキ政策だ、といわれても反論できないのではないかと思います。

それはともかく、従業員代表制がガバナンス強化につながるか、という点について考えて見ましょう。結論を先に言えば、私にはそうは思えません。

まず、労働組合がない企業については、従業員代表といっても、結局は経営者の意向・指名により従業員代表が決まるのです。三六協定や就業規則改定について実態がそうですし、三六協定無視も横行している企業が多い中、従業員代表とはいっても経営者の意向に沿うものが監査役として送り込まれる可能性が大きく、それでは監査役の機能弱体化ないし現状の問題ある監査役会のレベルの維持でしょう。企業にとっては取締役になれなかった人に対する監査役のポストを一つ減らさなければならないし、従業員代表として送り込まれる人もおそらくは無報酬で重い責任をしょわされるということになりかねません。こういうのは改善といいません。

次に労働組合がある企業については、御用組合化しているところは上述の批判がそのままあてはまります。

ではそうでないところはどうでしょうか。私が疑問に思うのは、組合との利益相反がおこるような場面で、従業員代表(=労組代表)の監査役ははたして機能できるのかどうかという点です。

例えば派遣社員・パート従業員と正規社員の区別をむしろ肯定してきた労働組合代表たる監査役が、偽装請負を積極的に指摘できるのかというと、それが派遣・パートをきって正規従業員がその仕事をしなければならなくなるような事態につながる場合には、指摘することが難しくなのではないでしょうか。特に組合員の場合は、出身母体の利益に反するようなことをするとは私の経験から見て思えません。

取締役に対する牽制を強くしなければならないような事態がおこったとき、例えば経営陣への相当厳しい勧告や違法行為差止請求を行わなければならなくなった場合には、出身母体たる労働組合と経営陣との軋轢にまで発展することも予想されますが、組合出身の監査役がそんなことができるのかどうか、大いに疑問です。なお、経営陣への勧告・助言は、日本監査役協会の内部統制監査では想定されているところです。

また、労働組合の構成員が違法行為に加担しているような場合に、ひも付きの監査役がそれを指摘できるのかどうか。企業の不祥事には現場で働いている従業員(=組合員)はだいたい関与しているものです。時には、監査役はそういう者について厳しい対応をとるよう会社に勧告しなければならないのに、それができるのでしょうか。

以上、独立性・利益相反防止の観点から疑問だらけです。独立性のある常勤社外監査役をおいたほうが、従業員代表よりガバナンスには効果的です。また、それよりもずっと強力な権限を監査役に与えるような法改正を、例えば監査役に取締役選任についての投票権を与えるような制度構築をするほうが、ずっと効果があるように思います。

さらに、先の記事では従業員代表の考え方は労働分配率の引き上げや従業員の地位向上が目的だということです。まさに自分の属する集団の利益をはかるために監査役を送り込こもうということであって、もしそのとおりであるならば監査役制度の破壊です。監査役の独立性とは完全に相反するものであり、受け入れがたいと思います。

民主党の公開会社法制が報道どおりだとすると、コーポレート・ガバナンスの方向性とはまったく逆の利益誘導型改悪です。どうみても現状の議論を踏まえて出てきた政策ではありません。財界と組合の両方の顔をみながら政策を決めているとしたらなんとも情けない話であり、万一政権をとったとしても、ちゃんとした議論をしないと大きな間違いを犯すことになります。三宅さんが記事の最後に海外機関投資家が対日投資を手控える懸念に言及しておられますが、私はこのような安易な政策決定を行うとするならば、それ自体に不信感がもたれることになるであろうと思います。

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2009年8月17日 (月)

金融審議会スタディグループ報告書は重要だ-その2

ちょっと前に、「金融審議会スタディグループ報告書は重要だ-その1」という題で、その中身の前半を備忘的に書きましたが、今回は後半の「ガバナンス機構をめぐる問題」と「上場会社等のコーポレート・ガバナンスに係る規律付けの手法」について、備忘録的に書きたいと思います。

● ガバナンス機構をめぐる問題

ガバナンス機構のあり方については、取締役会のあり方について大きく意見が分かれました。投資者側からは取締役会の3分の1ないし2分の1以上を(独立)社外取締役とすべきであるという意見がだされ、その役割としては①平時における経営者の説明責任の確保、②有事における社外の視点を入れた判断の担保、③経営者の暴走等の防止・安全弁といった役割が期待されているとされました。

①の説明責任の確保とは経営判断にいたるすべてのリスクの検討過程、すなわち当該行為の合法性・適法性の検討から、経営判断として合理的なものなのかどうかというビジネスジャッジメントを含んでいます。これを期待するならば、社外取締役にはそういった過程すべてについて知見を兼ね備えた者が選ばれることを期待しなければならず、経営の専門家としてのみの社外取締役を入れてもリスクの評価については素人ならば大した役にはたたないということになります。ひとりの社外取締役に期待することが難しいならば、それぞれの素養をもった人間を複数いれないと期待された機能には届かないということになりますね。

②は買収防衛という場面を想定していると思いますが、買収防衛策の議論は高度に法的なものを含み、「法律が弱いんで、その点は経営企画が弁護士としっかり調べて取締役会にあげてこい」、とだけいっている社外取締役は不適任ですね。

③は経営者の暴走等の防止のみを社外取締役に期待するほうがおかしいですね。そもそも取締役会がそれを防止するよう機能していなければならないわけですから、そんな役割を大きく期待されるような取締役会設置会社はすでに大きな問題を抱えているので、社外取締役は仮に選任されたとしたら現状の上命・下達のカルチャーをかえるためにすぐに付議事項の過去にさかのぼった検討と取締役会規則等による付議事項の明確化、リスク情報の報告体制等、相当がんばった改革をしなければなりません。しかし、1名の、情報もあまり集まらない社外取締役にそんなことを期待しても無理ですから、社外取締役が動ける体制を作らなければなりません。ここでも情報が集まってくる監査役と共同して改革に取り組めるような環境がないと、しょせん絵に描いた餅です。

どうも社外取締役が必要だといっている方々にも、社外取締役が何をするかについてのリアリティーが不足している感じがします。

社外取締役設置義務化論に対して経団連は反対し(経団連の「より良いコーポレートガバナンスをめざして【主要論点の中間整理】」参照)、今回の報告書では見送られたわけですが、報告書は経団連の監査役会有効論に対して、監査役が取締役会において取締役選任などを含めた議決権を有しないこと、監査役監査の限界の指摘があったこと、事務局体制の不足等による監査役監査の不足の指摘を行っています。

そして、「我が国のいくつかの上場会社等においては、独立性の高い社外取締役を1名ないし複数選任した上で、監査役会や内部監査・内部統制担当役員等との連携を図っていく形で、ガバナンス機構の面で先進的な取組みを実践している例が見られる。」と指摘しています。しかしそれがどの会社を指し、どのようにうまく機能しているのかは、意見書を見ても分からないし、スタディグループの資料をみてもどの資料をつかっていっているのかよくわかりません。

ただ、いえるのは、社外取締役が、まず監査役会や内部監査部門等から情報をあげてもらって、法的なリスクや業務にまつわるリスクを正確に認識してそれに対応する活動をこれらと協力したうえで取締役会レベルで行うとすれば、それは有効であろうということです。それには社外取締役自身がリスクに対する感応度が高くないとだめですし、情報を自らとりにいくような姿勢が前提となっているということです。つまり、社外取締役個人の資質に左右される話であり、制度としてガバナンスが有効になる仕組みを考えるには出発点にすぎないように思います。

ところで日本コーポレート・ガバナンス・フォーラムが経団連意見書を批判する意見書を発表しています(「より良いコーポレート・ガバナンスをめざして」に対する当フォーラムの意見)。これを読むと、批判の大綱は問題点の認識不足、ベンチマークの欠如、現行監査役制度の機能的限界の3点なのですが、それではなぜ社外取締役が必要なのかという点については、たいした論述がなく、有効な批判になっていないように思われます。なんで社外取締役なのか、がみんなが知りたいところでしょう。

しかし、米国のエンロン、ベア・スターンズ、リーマン、GM、クライスラーという事例を前にしたときに、社外取締役が、企業行動にまつわるリスク・コントロールに対する有効な手段であると論証できるのでしょうか。これら企業は著名経営者、有名大学教授、有名チャリティ団体理事者等を社外取締役に抱えていましたが、見事にフェールしたわけです。今は、それらを乗り越え、それでも社外取締役は有効なのだという論拠を示さないといけないのではないでしょうか。OECDの原則だけかざしていても説得力はまさないと思うのですが。

なお、意見書は、上場会社の監査役機能強化の観点から、取引所を通じて、①監査役監査を支える人材・体制の確保(このための内部監査・内部統制部門との連携)、②独立性の高い社外監査役の選任、③財務・会計に関する知見を有する監査役の選任等の措置を促進し、開示の枠組み等を整備するということになっています。また、社外取締役・監査役の独立性確保のため、親会社等、大株主企業、主要取引先などの出身者についての開示と独立性に関する会社の考え方の開示を求めること、役員報酬の開示、監査人の選任議案・報酬の決定権の検討の促進を掲げています。いずれも金商法の関連政令の改正で対応可能でしょう。

● 上場会社等のコーポレート・ガバナンスに係る規律付けの手法

ここでは、「公開会社法制」に踏み込む方向性を評価する一方で、会社法と市場法のずれからくる検討課題が残されておりこれを克服すべき課題と位置づけています。また、取引所ルールによる規律付けについては「取引所がそのルールによって、会社法制との整合性を保ちつつ、適切な規律付けを行うことにより、機動的できめ細かなルールの整備と、日常の上場管理等を通じた実効的なルールの執行が可能」であるとして、積極的にこれをもちいる方向性を明確に出しているので、今後、上場会社については取引所ルールがますます重要になってくることになります。

さて、ロースクールでとの程度教えますかね?悩ましいところです。会社法を教える先生方、どうされますか?

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2009年8月15日 (土)

おおすぎblog「監査役の2つの役割」をきっかけに

大杉先生が、おおすぎblogで「監査役の2つの役割」という記事をアップされています。大杉先生も試験の採点には苦労されているご様子ですが、お疲れ様です。

大杉先生によると、監査役には2つの役割があるとされています。一つ目は監査役の違法行為やそれに近いものを早期に発見して防止する役割で、これは、会社法の監査役設置会社に常勤監査役を置くという規定に親和性があるとされています。もう一つは取締役会における経営の基本方針の決定につき、監査役が一定の限度で関与する役割で、監査役が取締役会に出席し、必要があれば発言する義務を負うこと(376条1項)、監査役会設置会社ではメンバーの半数以上が社外監査役でなければならないとされていること(335条3項)という規定と親和性があります。前者の「古典的パラダイム」と後者の「最近のパラダイム」は矛盾するわけではなく、コーポレートガバナンスにおける車の両輪のようなものであると解説されています。

別に異論があるわけではないのですが、私は後者の「最近のパラダイム」がなぜ必要なのかが監査役制度の理解の鍵をにぎりはじめていると感じています。監査役のほうが社外取締役よりも有用なのではないかと思い始めているからです。

多くの上場会社が社外監査役の導入を決めるきっかけとなっているのは、不祥事の発覚と社内調査委員会による調査でガバナンスが機能していないことが指摘されるからです。それでは社外取締役が選任されたあと、当該社外取締役のために経営がどの程度よくなったのかを評価するための基準はどのようなものなのでしょうか。

導入当時の会社は会社内部でのチェック機能がきいていない、コンプライアンス意識が薄い、情報の質が悪い、伝達がうまくいっていない、PDCAが機能していないという問題があるので、社外取締役はまっさきにこういう点にフォーカスしていかなければならないはずです。ところが、社外取締役ほど社内の情報があつまらないポジションはありません。無任所大臣も同然の社外取締役は、せいぜい経営企画があげてくる課題や経営会議にあがってくる議題の検討をするのが精いっぱいです。本当は社外取締役は、会社の内部統制の点検作業を委員会でも作って行うのが正道ではないかと思います。

これに対して監査役のところには様々な情報があがってきます。私が世話役をしている社外監査役研究会でも上場会社の現役社外監査役が、社外取締役より社外監査役のほうが情報をもっていると断言されます。そこには経営企画や執行役員会に上がる前の生のリスク情報があがってきます。その上がり方は情報の中身をみると、その会社のリスク感応度やリスク管理の態勢がよく見えてきます。だから、社外取締役は監査役、とりわけ社外監査役と協力して委員会形式で会社ガバナンスの弱点を取締役会に指摘することぐらいしてもいいのではないかと思います。

社外取締役がこうした課題を正しく認識せずに、いきなり会社の取締役会の構成、任期、報酬といった問題にとりくんでも、短期的にはなんらの改善にはなりません。長期的課題として、社外取締役の割合をどれくらいにするとか選任や報酬をどうするかという問題は重要ですが、ガバナンスを向上させるには、今ある会社の状態を把握することなしにはできません。この点、ガバナンス委員会を設けている会社での議論の質は、当該会社の置かれているガバナンスの状態に照らして判断されるべきでしょう。こういうことができなければ、社外取締役を設置することのかなりの意味が減殺されてしまいます。

社外取締役がすぐにたちあがらないならば、私は監査役の権限をつよめ、大杉先生の後者の役割をつよめていくことこそ、日本の会社のガバナンス態勢を強化する近道ではないかと思っています。ただし、これも会社のほうがそういうことを正しく認識して、名前だけ高名な方を選任してお茶を濁さないということが出発点です。

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2009年7月 2日 (木)

金融審議会スタディグループ報告書は重要だーその1

南の島に行く前に、ウェットスーツが入るかどうか心配になったので試したところ、どうやっても入りませんでした。( ̄Д ̄;;

今日は、金融審議会金融分科会「我が国金融・資本市場の国際化に関するスタディグループ」報告書について備忘的に書いておきたいと思います。社外監査役研究会のために熟読したのですが、この報告書はきわめて重要であり、今後、金融商品取引法や取引所ルールの改正があまたのごとくおきることの予告であると思います。

報告書は第一に「市場における資金調達等をめぐる問題」について、報告書は少数株主の利益等の利益を著しく損なうような市場における資金調達が後を絶たないとして、以下の通りの提言を行っています。このうち法定開示とは、金商法改正により開示リールを定めると原則的に解されます。

●新株発行への対応

  1. 第三者割当て増資一般
    ① 資金使途の詳細、割当予定先との資本関係、事業上の契約や取り決め、割当予定先による増資予定会社株式の保有状況や保有方針の詳細などの具体的情報の開示について、法定開示及び取引所ルールで対応する。
    ② 有利発行が疑われる第三者割当増資に、取引所ルールで監査役による意見表明と開示を求める。
  2. 大幅な稀釈化や支配権の移動を伴う大規模な第三者割当増資等への対応
    ① 取引所ルールによる取引所による審査
    ② 経営陣から独立した者による意見表明、株主総会決議などによる株主の意思確認などの適正手続確保、法定開示の確保
  3. MSCB等の発行
    ① 経済的にMSCBに類似したスキームに対するMSCBと同様の規制(適切な開示の確保・転換条件の適正化)
    ② 発行条件の合理性に関する取引所ルールによる開示および法定開示の拡充
  4. 法の執行面の充実
    ① FSA、SESC、取引所、証券業協会等の執行態勢の充実と連携の一層の強化
    ② 不正行為一般の禁止を定める金商法157条の積極的活用と同条違反を課徴金制裁の対象に加える。
    ③ 金商法192条の裁判所による禁止・停止命令の活用の検討

●現金を対価として行うスクウィーズ・アウトへの対応

  1. 株主の権利を不当に制限するおそれのあるものについて取引所の審査を行い、問題事案に対しては取引所による厳正な措置を行う。
  2. キャッシュアウトの予定やその具体的内容について取引所ルール及び法定による開示
  3. キャッシュアウトについて株式併合についての株主交付代金の多寡を争う会社法上の手続の検討

●グループ化

  1. 上場会社に係るコーポレート・ガバナンス原則が企業集団全体において実現されることが重要であることを取引所において明確化
  2. 親会社の経営に重要な影響を与える子会社が行う経営上の重要な行為やその経営状況に関して、当該子会社の経営陣の見解を親会社の見解と併せて開示
  3. 企業集団法制の整備の検討

●子会社上場

  1. 子会社上場のあり方について真剣に検討
  2. 今後も上場が認められるならば、子会社上場にあたって、親会社や京大会社などの出身でない社外取締役や監査役の選任を求めるなど、利益相反関係や親会社による支配の弊害を解消し少数株主の権利を保護するための実効性あるルールの整備を検討

●株式の持合い

  1. 持合い状況の一層の開示の促進、相互又は多角的な合意のもとでの持合いの一定の持ち合い状況の開示の制度化の検討
  2. 銀行等保有株式取得機構による株式等の取得の積極的活用

こうしてみると、子会社上場や株式の持合い等で「検討」という言葉が使われているところについては、さらなる具体的方策に関する議論がなされると思われますが、それを除いた他の部分だけ考えても、ちかじか(おそらく1年以内の)金商法や内閣府令の大幅な改正及び取引所ルールの大幅な改正が予想されます。会社法については法務省の動きのほうが遅いのですぐにはできませんが、内閣府令レベルで対応できてしまう問題は金融庁がなるべく早い改正を目指すでしょう。

これはやはり大号砲であると思います。私が特に興味部会のは第三者割当について具体的な対策をすでに提示している点です。この点は証券取引等監視委員会でも、最近、問題が多い第三者割当増資案件の増加(その多くは増資が実行されない)について、懸念を表明しているところであって、資本市場を悪用・濫用し、ついには上場会社そのものを箱として利用して投資家から多くの金を吸い上げていく反社勢力に対する資本市場防衛策の強化であるといえる点です。いまや、日本の市場の病理であり、これを解決しなければ、株式市場そのものがますますだめになっていくことでしょう。

報告書の「ガバナンス機構をめぐる問題」、「投資者による議決権行使等をめぐる問題」、「上場会社等のコーポレート・ガバナンスに係る規律付けの手法」についてはまた機会をあらためて考えてみたいと思います。

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2009年6月16日 (火)

日経コラム「株主による企業統治を疑う」を疑う

ブログのデザインを季節にあわせて変えてみました。四季折々の変化に合わせる日本人の美感はすばらしいものがあり、私もそういうものを忘れないように季節にあわせてブログデザインを変えてみようと思います。

ところで、6月11日付の日経新聞のマーケット総合の囲み記事「大磯・小磯大機小機」に、「株主による企業統治を疑う」というコラムが掲載されています。企業を取り巻くステークホルダーには、株主、従業員、債権者、地域社会とさまざまな集団がいるのに、なぜ、株主が企業統治に「過大とも言える大きな権限」が与えられているのかと、いきなり、「株主には過大とも言える大きな権限が与えられる」という結論から出発して、議論を展開しています。

はじめに結論ありきの論調にも我慢して読み進むと、株主に「大きな権限」が与えられている理由は、結局は株主はほかの利害関係集団への分配が済んだ後の剰余である利益の一部しか受け取ることができないからとしか説明できない、といっています。しかし、リスクを負担しているのは株主だけではなくこの回答も説得力に欠けるといって、理屈はないが歴史的な経緯でこうなったのだというのが最も誠実な回答かもしれない、といっています。

さらに、こう考えると企業統治の権限と責任を誰が持つべきかについて、基本的に考え直す余地はありそうだとして、「特に日本では会社と従業員は終身雇用という書かれざる契約をしている。」といいます。

さらに続けて、「取引先とも長期で継続的な取引の慣行がある。これらの利害関係集団にも企業統治の権限を与えてもよい。」といっています。

そして「株主に大きな権利を与えることが株主の利益につながるのではない。実際、株主主権と言い始めてから日本企業の競争力が弱くなり、株価も上がらなくなった。この点について冷静に反省してみる必要がある。」と結論をしています。

この論者が結局いいたいことは最後の部分だったようです。

株主が取締役の選任・解任を通じて会社の経営を間接的にコントロールしているのが会社法の構造ですが、いったい何をさして「過大とも言える強大な権限」といっているのでしょうか。会社法でいう非公開会社、すなわち株式の譲渡制限が定められている会社ならばともかかくも、原則として、株主は取締役の選任・解任について年1回の株主総会で議決権を行使するという間接的方法でしか会社経営を左右できません。

株主に対してなぜこのような支配権が与えられているのかという問いについて、会社法における学説では、債権者が自分の債権の満足を得られればよいのに対して、それに劣後する立場の株主は企業価値の増大にもっとも強いインセンティブがあるからだと説明されたりもしています。もちろん、企業をとりまくさまざまなステークホルダーの立場を考慮すると、株主に対して会社の支配権を与えることがあたりまえというわけではないと指摘されていますが、この論者のように歴史的経緯によるというのがもっとも誠実な回答であるという説は初めて聞きます。

企業統治に誰が責任をもつべきかについて基本的に考える余地あり、というのに異議を申すつもりはありません。それ自体大変大切なテーマです。しかし、日本の企業が終身雇用であるという神話はとっくの昔に崩れ去っており、しかも正規従業員と派遣従業員との違いがいまや日本の会社の足をひっぱっているという認識が広まりだしているときに、終身雇用という見えざる契約があるというのは、最後の「株主に大きな権利を与えることが株主の利益につながるのではない。実際、株主主権と言い始めてから日本企業の競争力が弱くなり、株価も上がらなくなった。」ということをなんとか理屈付けようとしているだけでしょう。

しかし、株主主権といい始めて日本企業の競争力が弱くなったというのは、根拠を示さない無茶な主張というべきでしょう。ものいう株主に対する嫌悪感の表明にしかすぎません。カルパースがアクティブに発言を開始しはじめて、カルパースの保有している株式は5年間で40%価値が増大したという事実があります。日本企業において企業価値の増大という言葉があらわれたのも、物言う株主が増大してからのことで、それまではROEが1%、2%なんて企業はざらだったはずです。競争力が弱まったとするならば、もっとほかの理由があるはずです。株主がものをいうようになったから競争力がなくなったというのは、株主総会を前にして株主にだまれといっているに等しく、このようなコラムを掲載した日経新聞の良識が疑われます。

今、日本では第三者割当増資やMSCBの発行のような既存株主の利益を犠牲にするような現象にどのような歯止めをかけるかという議論をしている最中であり、取引所や金融庁が社外取締役設置義務論を展開するのに対して、経済界は監査役有用論を展開してこれに強く反対しています。結局、経団連側に譲歩する形で今回は収束したわけですが、問題は企業のガバナンスの強化には何が重要かであり、経団連の論理にのれば監査役機能の強化の方向にいくはずです。しかし、その基本的視点は、どちらの立場でも「株主の視点」「企業価値の向上」なのです。あまりに時代の動きに離れた「ため」にする議論が一流と目される新聞のマーケット欄にあらわれるのは、わが国経済ジャーナリズムの紙価を低めるものであり、残念といわざるを得ません。

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2009年6月12日 (金)

監査役の内部統制監査と内部統制システムの「重大な欠陥」(2)

前回では実施要領の「不備」、「著しい不備」、「重大な欠陥」と、監査報告書に記載すべき「重大な欠陥」の中身について検討しました。今回はさらにそれをもう少し検討し、さらにそこから派生する問題についても考えてみたいと思います。

実施要領の考え方について、別冊商事法務No.307の座談会では、『なにが「重大な欠陥なのか」というアプローチはやめたほうがいい。監査役が監査報告書に取り上げるべきものが「重大な欠陥」なのだ。』といいながらも、『「重大な欠陥」は会社法の規定にそって監査報告書に書かなければならないのは何かという側面から導き出される。』としていますが、このように説明すれば、結局、会社法で規定されている監査報告に記載すべき事項とは何なのかを考えなければなりません。なぜならば、監査役の立場からすれば、そのような事項は義務的記載事項なのですから、それを記載しなければ、今度は監査役の任務懈怠になってしまうからです。ですから、何が「重大な欠陥なのか」というアプローチはとるなというのは、監査役にとって記載すべき基準となるものを考えるなといっているのも同じで、監査役を迷わせるだけとなってしまいます。

ところで、会社法は、監査報告に記載すべき事項の詳細を法務省令にゆだねており、会社法施行規則はそれを受けて「会社の取締役の職務の執行に関し、不正の行為または法令もしくは定款に違反する事実」の記載を要求しています(会社法施行規則129条1項3号)。法令違反の事実、定款違反の事実は比較的明確でありますが、それには法令違反、定款違反が故意によるもの、過失によるものが含まれます。しかし、どの本をみても、この施行規則の文言について故意であろうが過失であろうが区別せず、すべからく法令違反行為があったら故意・過失の有無をとわず記載する義務がある、といっているものはありません。

別冊商事法務No.307の解説を読む限り、監査役の経営の監視という職務から、法令違反・定款違反あるいは不正の行為を、取締役の善管注意義務に違反する行為の類型として捉えて、そのような善管注意義務違反の行為があったときはそれを監査報告に記載すべきである、と整理されているように思います。少なくとも実施基準及び実施要領の整理はそうなっております。ちなみに、葉玉説では、善管注意義務違反について法令・定款違反行為については過失を要求しなので、過失の有無にかかわらず監査報告には記載すべきことになると思われます。ただし、「会社法であそぼ。」をよく読むと、「会社法423条では、任務懈怠と過失は別要件であると解するのが当然だ」と書いているので、もしかしたら監査報告の場面は別の話ということになるやもしれません。ここが私が前回、葉玉説を正確に理解しているのかいまひとつ自信がないといった原因です。

ところで、監査役協会のひな形は、会社法施行規則で定められている事項のほかに、内部統制システムに関する取締役の職務の執行の妥当性を記載することになっています。これは、取締役の善管注意義務のひとつとして内部統制システム構築義務及びそれを適切に運用する義務があることから、これらの義務に対する違反は、法令違反と同列(あるいは取締役は会社に対して忠実義務をおっているという会社法355条の違反ーなお355条は忠実義務としているが判例・通説は忠実義務は特別なものではなく善管注意義務と同じ)として記載すべきであるという整理であると理解しており、説明として一貫しています。なお、取締役と会社との間は委任関係であるから、423条1項の取締役の任務懈怠とは、会社に対する善管注意義務・忠実義務の違反であり、民法の理論によれば債務不履行には故意・過失が必要であり、423条1項は過失が必要であるというのが立法担当者や通説がとる見解です。(伊藤=大杉他・214頁)

しかし、会社が法令違反行為を起したといっても、その違反行為について分析するとパターンは分かれてきます。

新規ビジネスの立ち上げについては、当該ビジネスについて適用される法令を調査し、違反のおこらないようプランをねることは、業務執行取締役として当然行うべきものであって、これを怠ったことにより業務執行取締役またはその指示にしたがった従業員が法令違反を起した場合は、業務担当取締役は過失により法令遵守をすべき義務を怠ったという善管注意義務に違反したといえるでしょう。

これに対して、既存ビジネスの遂行上法令違反が起きたときに、そのような法令違反行為がおこらないように組織を整備し、社内規則も整え、教育・研修も行い、監視もし、法令違反のような重大事案についてもモニタリングしていたという取締役には、善管注意義務違反を認められることになるのでしょうか。このような場合は内部統制システムを構築・運用していたから、この点について業務執行取締役には善管注意義務違反はなく、かつ、法令違反についても過失があるとはいえないので責任は問えないということになると思われます。

どうもこの辺の学者の言い方も判例もすっきりしないものが残ります。江頭・427頁は「取締役はすべての法令を遵守して職務を執行する義務がある。したがって、故意・過失により公益保護を目的とする法令に違反する行為を行えば会社に対する損害賠償責任が生じ得る。」と記載して、独占禁止法違反事件について違反の認識がなかったとして過失を否定した最判平成12年7月7日の判例を引用しております。すべての法令の遵守が取締役の義務でありながら、損害賠償責任を発生させる法令違反の範囲を公益保護を目的とする法令の違反に限定しているようにみえます。(もし、このような立場をとると監査報告に記載すべき取締役の法令違反のほうが、会社に対する損害賠償責任を発生させる法令違反行為より広くなりますが、ほんとにそこまで記載すべきなのでしょうか?)

法令違反が起きても、法令違反発生という情報が適切に業務執行取締役に届けられないような体制や運営が行われていた場合、その違反行為が、会社にとって重大なリスクを惹起するようなものであるならば、そのようなリスクを適切にコントロールする義務があるのにそれを怠ったとみるべき場合と思われます。これは内部統制システム構築義務の違反なのか、それとも法令違反行為について過失を構成する事実なのか、にわかに判別できませんが、いずれにしても、法令違反の報告体制がどうなっているのかを、監査役は取締役の善管注意義務違反があるかどうかの前提として検討する必要があることはたしかです。多くの会社ではリスク管理委員会などに重大な法令違反行為は報告がなされ、業務担当取締役はそれを認識できるようになっていると思いますが、そのような体制が作られていないか、あるいは運用上も重大な法令違反行為の報告が漏れてたりすれば、取締役の善管注意義務違反を疑わなければならないことになります。他の具体的事情を検討して、その判断をしないと監査報告が書けません。

結局、最高裁や学説は取締役は職務執行を行うにつきすべての法令を遵守すべき義務があるとしながら、監査報告書に記載すべき「会社の取締役の職務の執行に関し、不正の行為または法令もしくは定款に違反する事実」とは何なのかを明らかにしないことから、解釈についてバリエーションがでてきてしまうのです。

私は監査報告書の重みを考えると、内部統制構築・運用義務を果たしていれば法令違反行為がおきても取締役は会社に対する損害賠償責任をおわないという理論が確立された今は、監査報告書に義務的に記載すべき「会社の取締役の職務の執行に関し、不正の行為または法令もしくは定款に違反する事実」は、善管注意義務違反に限られる(その他の事実を任意に記載するのは監査役に裁量あり)と整理すべきであると思います。だから善管注意義務違反について故意・過失が必要であるならば、そこに記載すべき法令・定款違反も故意・過失によるものとなります。監査役協会の内部統制監査基準、実施要領と同じ考え方ですが、この考えをとると、監査報告に記載するかどうかの判断にあたり、単に法令・定款に違反した事実だけでは足らず、それが故意・過失によるのかを具体的事実関係に即して分析する必要があります。

このように考えてくると、監査役はそれを判断するためどのように充分な情報を収集できるのかという疑問がわいてきます。法制度としては監査役は会社に対する調査権(会社法381条2項・976条5号)があります。しかし具体的にこれを行使するにも、常勤監査役と非常勤監査役だけでは日常の監査業務もあり、限界があります。補助者である監査事務局を充実させて、情報収集と分析の補助にあたらせる体制が必要になります。

世間の取締役がなすべき役割に対する期待値や常識値があがれば、取締役の善管注意義務のレベルがあがってきますが、それは結局、監査役が任務懈怠といわれないように監査役が職務の執行を適正に行えるよう確保する体制を確保することにつながってくるということです。今の監査役事務局の体制は、上場企業の平均で2人を割っているときいていますが、そのような状況が充分なのか、監査役はまた検証しなければならないことになります。

しかもややこしいのは、そのような体制を整備するのは取締役の善管注意義務の中身であるということです。監査役はみずから体制整備の義務をおっているわけではないという会社法の建てつけからいうと、だんだん議論がぐるぐるまわっているような感じになりますが、理屈の上ではそうなってしまいます。

だんだん議論がわけがわからなくなってきましたが、あくまで備忘として書いておりますのであしからず。

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2009年6月 5日 (金)

監査役の内部統制監査と内部統制システムの「重大な欠陥」(1)

上場会社の監査役として監査報告書を提出しました。会社法、会社法施行規則、会社計算規則、日本監査役協会が出している「内部統制システムに係る監査の実施基準」(以下、「実施基準」といいます)、「内部統制システムに係る監査役監査実施要領」(以下、「実施要領」といいます)等に目をじっくりとおし、非常に勉強になりましたが、その際、いくつかの疑問もわきました。そこで今回はこの点を、長くなる手間をいとわず備忘的に書いてみたいと思います。

会社法による監査役及び監査役会の監査報告には、会社の取締役の職務の遂行に関し、不正の行為又は法令もしくは定款に違反する重大な事実があったときは、その事実を記載しなければなりません(会社法施行規則129条1項3号・130条2項)。

監査役協会の定めた監査報告書のひな型では、監査の結果の欄に、①取締役の職務の遂行に関する不正の行為又は法令もしくは定款に違反する重大な事実の有無と、②内部統制システムに関する取締役会決議の内容の相当性についての意見及び当該内部統制システムに関する取締役の職務執行の妥当性を記載することになっています。上記の施行規則を受けたものですが、この②の点については、ひな型の脚注では以下のとおり解説されています。

「内部統制システムに係る取締役会決議の内容は内部統制システムの大綱を定めたものにとどまることが多く、当該取締役会決議の内容は相当であると認められる場合(省略)でも、当該取締役会決議に基づいて担当取締役がその職務執行の一環として現に整備する内部統制システムの状況について、取締役の善管注意義務に反すると認められる特段の問題等が認められる場合には、その旨を記載する。」(下線は私)

「実施基準」では、「重大な欠陥」と「不備」という概念が使われており、監査役は内部統制システム監査で発見した「不備」、助言又は勧告を要すると判断した論拠及び結論等について監査役会に報告し、監査役会はそれを受けて内容を検討した上、代表取締役等又は取締役会に対して助言又は勧告すべき事項を審議して実行し、助言又は勧告にもかかわらず、代表取締役等又は取締役会が正当な理由なく適切に対処せず、かつその結果、各体制の整備状況に「重大な欠陥」があると認められる場合には、監査報告においてその旨を指摘することになっています。武井一浩先生の別冊NBLNo.307の74頁以下の解説によると、「重大な欠陥」は監査報告において指摘すべき取締役の善管注意義務に反している事項であるとされています。

さらに実施要領では、「不備」は整備される内部統制システムの各体制が会社に著しい損害を及ぼすおそれがあると想定されるリスクに対応していないと認める場合をさし、軽微なものも含むとされ、取締役に対する随時の指摘、改善の助言を行うべきものとされています。

このうち「著しい不備」と認められるものは、監査役会の審議を経て、代表取締役を含む業務担当取締役又は取締役会に対して助言・勧告、改善の要請等の適切な措置を講じるべきものをいうとされています。そして、「著しい不備」のなかで、監査役によるこれらの助言・勧告、改善の要請等に対して、代表取締役等が正当な理由なく適切な対処を行わない場合は、「重大な欠陥」として監査報告において指摘すべき事項になり、取締役の善管注意義務違反にもつながるものである、とされています。ただ、前の武井先生の開設を読むと監査報告書において指摘すべき事項とは善管注意義務違反ですから、つながるものであるという表現になぜしたのか引っかかるところですが、重大な欠陥=取締役の善管注意義務に違反している事項であるという整理であると一応考えていいと思います。

なお、財務報告の信頼性に係る内部統制でいわれている「重要な欠陥」と「不備」と、ここの「重大な欠陥」と「不備」とは違った意味で使われていることに留意が必要です。

以上を整理しますと

「不備」=会社に著しい損害を及ぼすおそれがあると想定されるリスクに対応していないと認める場合

「不備」の認識⇒取締役に対する随時の指摘、改善の助言を行うべきもの⇒監査報告書に書く義務はなし。

「著しい不備」=監査役会の審議を経て、代表取締役を含む業執行担当取締役又は取締役会に対して助言・勧告、改善の要請等の適切な措置を講じるべき不備⇒監査報告書に書く義務はなし⇒代表取締役等が正当な理由なく適切な対処を行わない場合は、「重大な欠陥」となる⇒監査報告において指摘すべき事項になり、取締役の善管注意義務違反となるもの。

別冊商事法務の座談会では、「重大な欠陥とはなにか」というアプローチはやめたほうがいい、結果として監査報告に書くべきレベルの瑕疵が「重大な欠陥」なのだという説明がなされています。しかし、同時に「重大な欠陥」は、会社法の規程にそって監査報告に書かなければならないのは何なのかという側面から導き出された概念である、と説明されています。この説明だと「重大な欠陥」=取締役の善管注意義務違反の場合ともいいきれれないニュアンスがありますが(だから前記脚注では「取締役の善管注意義務違反にもつながるものである」とされているのでしょう)、中心的なコンセプトは善管注意義務違反により「不正の行為又は法令もしくは定款に違反する重大な事実」(施行規則129条1項3号)があるときにはそれを書くということです。

ということは、監査報告書に記載すべき取締役の責任を発生させる善管注意義務違反があったかどうかを、結局は監査役が判断しなければならず、それをするには、取締役の善管注意義務の中身の理解をさけてとおれません。ところが、これが具体的事例の検討をするとなると、そうそう容易ではありません。

たとえば、会社において日常的に起こりうる軽微なものから重大なものまで幅がある法令違反行為はどうなるのでしょうか。

取締役の会社に対する責任(会社法423条、429条)を発生させる任務懈怠について、多数の学説は以下のとおり説いています(江頭・会社法第2版427~430頁、伊藤=大杉=田中=松井・会社法217~218頁など)。

①取締役の任務は法令を遵守して職務執行を行うことが含まれているが(会社法355条)、その法令とはすべての法令を含み、取締役が法令に違反する行為を行えば、会社に対する損害賠償義務が生じ得る。独占禁止法違反はここに含まれる。ただし、故意・過失による法令違反である。なお、すべての法令違反が会社に対する損害賠償責任を基礎づけるとは限らない、という立場もある。
② 業務執行上の判断に誤りがあった場合には、行為当時の状況に照らし合理的な情報収集・調査・検討等が行われたか、及び、その状況と取締役に要求される能力水準に照らし不合理な判断がなされたかったかを基準に考え、この基準を満たさない場合は過失があり、経営判断の原則は排除される。
③他の取締役・使用人に対する監督義務違反を含む取締役の不作為による任務懈怠については、過失責任とされる。
④内部統制システム構築義務については、その行為の当時、会社の置かれているビジネスの状況等から判断して重大なリスクに対応し、会社の損害を防止するため合理的に必要とされる最低限のリスク管理体制を構築する義務があり、過失によりこれを怠ったときは取締役はそれによって生じた会社の損害を賠償する責任を負う。

したがって、業務執行取締役がその職務執行中に法令違反を犯し、または、部下が法令違反を犯したとしても、法令違反行為について業務執行取締役に過失が認定されなければ善管注意義務違反はないことになります。また、内部統制システムの構築・運営に関しては、従来から存在するビジネスの執行を行うについて適用法令を識別し必要な遵守活動を行う合理的な内部統制が構築・運用されている限り、業務執行取締役も他の取締役も善管注意義務違反はないということになると思われます。ただし、新規のビジネスについて、法的リスクの洗い出しが甘くもれた結果、法令違反を引き起こした場合には業務執行取締役については善管注意義務違反が認定され得るが、業務執行取締役からの新規ビジネスの法的リスク等について説明を受けてその開始決議に賛成した取締役は善管注意義務はない(ただし、必要な情報をあげさせることがちゃんとできていないときは別と思われる)と整理できると思います。

ところで、取締役の善管注意義務については、任務懈怠とは過失と同一ではないという説もあります。この説をとられている葉玉先生のブログの解説が分かりやすいので(会社法であそぼ-善管注意義務)、それを引用したいと思います。

葉玉説によると、取締役の善管注意義務は

①取締役会等の意思決定機関における意思決定の場面
②代表取締役・業務執行取締役等の業務執行機関が意思決定機関の意思決定にもとづいて業務執行をする場面
③他の取締役が①②について監視する場面

で問題となりますが、任務懈怠は、取締役の①から③の権限の行使が
ア 会社法その他の法令・定款・株主総会の決議に違反する場合(逸脱)
イ 自己又は第三者の利益を図る目的又は会社に損害を与える目的で行使される
場合(濫用)
ウ 関連業界の通常の経営者を基準として事実に基づく判断が著しく不合理であった場合(著しく不合理な判断)
に認められるとされています。

そして葉玉説によればアの場合は、過失があろうがなかろうが任務懈怠になるとして、食品会社の代表取締役が、取締役会の決議に基づき、無許可で医薬品を販売した場合、代表取締役による販売行為は違法であり、任務懈怠となり、また、その販売行為は、取締役会の決議に基づくものだから、その取締役会の決議において賛成した取締役も、任務懈怠は認められるとしています。

他方、内部統制システムの構築は、ウの著しく不合理な監督権の不行使と言われないようにするために行うもので、具体的にはその企業の規模等に応じて、適切な内部統制システムが構築され、かつ、そのシステムが機能していることを監督すれば、個々の取引について具体的な監督を行っていないとしても、監督責任を負わないというものであると理解しています。

こういう理解ですと、たとえば会社が新規ビジネスを立ち上げて業務を執行するにあたり、知っておくべき法律を知らないで違反を犯した場合にはアであって、その新規ビジネスの開始に賛成した取締役も職務執行を行った取締役も全員任務懈怠で、善管注意義務違反があったということになります。故意・過失は葉玉説では問題になりません。ここでの疑問点として、監査役もその注意を怠ったということで善管注意義務違反を免れないということになるのかという点がありますが、それはちょっと横におきます。

他方、既存のビジネスについて法令違反を起さないように内部管理体制を構築し、適用法令のチェックやその遵守のための手続や組織を構築していた場合は、監視にあたる取締役には任務懈怠はないが、業務執行取締役はその内部統制運用に不備があって法令を見落として違反を犯した場合には、任務懈怠があることになると考えられていると思いますが、葉玉説では、既存ビジネスの開始に賛同し決議に参加した取締役はすべて任務懈怠があったということになりそうです。

葉玉説の理解がどこまで正確なのかあまり自信がないですが、どうも葉玉説では、任務懈怠に過失の要素を持ち込まないと、法令違反がおきた事案では取締役の善管注意義務違反が認定されるケースがふえそうです。

しかし、会社を運営していく上で多数の法令を完璧に守らなければ、業務執行取締役は常に、「●●の業務執行取締役については●●法第○条の遵守が業務執行担当部門でできなかったという点において任務懈怠があった」と監査報告書で指摘されなければならないというのは、行き過ぎのように思います。

以上、相当長くなりましたので、続きはさらに別に書きたいと思います。

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2008年12月20日 (土)

社外取締役と社外監査役の役割の議論はどこから出発すべきか

TOSHI先生がブログで経済産業省の企業統治研究会の第1回議事録要旨についてコメントされているのを読んで、早速拝見してみました。

そもそも企業統治研究会は何を研究するのかといいますと、設立趣旨にはこう書いてあります。

『ここ数年の買収防衛策の議論に見られるように、近年のグローバリゼーションの進展に伴い、企業統治の在り方全般の改善について大きな問題となっている。日本経済が安定的に成長し、将来にわたって持続的に繁栄していくためには、社会経済的に望ましい企業統治の在り方について、真摯に検討を行う必要がある。具体的には、特に適正な少数株主保護などの観点から、社外役員の導入などの議論が必要である。

このような観点から、コーポレート・ガバナンス向上に向けたルールの在り方全体について検討を行うべく、経済産業省経済産業政策局長の研究会として、「企業統治研究会」を設置する。』

この設立趣旨からは、次のようなことがいえると思います。

第一に、この研究会の多くのメンバーが企業価値研究会に参加していたという点を踏まえ、少数株主保護という視点を特にうちだしているという点は、研究会のめざす方向を端的に示しているということです。特に、この点は、最近、日本経済新聞に報道された、法務省が第三者割当を取締役会の権限だけでできるのではなく、株主総会の決議にかからしめる方向で検討するということと(その報道の真偽はともかくとして)方向性を一にしているということが非常に興味深いと思います。

第二に、少数株主保護の観点からの社外役員の導入などの議論を特に行うという、日本の上場会社ではいまだ進展しているとはいえない社外取締役や社外監査役の導入という方向性を押し出している点を、注目すべきであると思います。また、金融庁で長く開示制度の改正と内部統制報告制度導入について担当され、今も市場課長としてわが国の資本市場の問題点をつぶさに観察しつつ立法にあたっている池田唯一氏がオブザーバーとして入っているので、研究会でどのような分析や意見が提示されるのかが注目されます。

この点について補足しますと、上場企業で経営状況がよろしくない会社が、安易な第三者割当増資や新株予約権の第三者割当を行うという事例が増加している現状があります。しかも、その第三者割当先が反社会的勢力であると疑われるような先である場合もでてきています。私の知る限り、反社会的勢力は小さな上場企業だけでなく、一部上場のかなり大きな企業にさえ共生者を通じてアプローチをしている事例が散見されます。これは証券取引等監視委員会の現在の最大にして最重要な関心事でありましょう。経験上、そのような企業は、ガバナンスに問題があることが多いと思われます。経営トップの監視がそこでは最大のテーマです。

また、証券取引等監視委員会が有価証券報告書審査を行い、重要な事項について虚偽の事実を記載しているとして課徴金制裁を受ける事例が毎月のように報告されています。この事例のパターンには、売上の水増し、前倒し計上、循環取引、子会社株式減損評価の不適正処理というような経営主導としか思えないようなものがかなり含まれており、この面からも日本の企業に対するガバナンスの状況については、西武鉄道事件の際の金融庁の有報自主点検要請に対して山のように訂正報告書が出てきた状況からどれくらい改善しているのかが疑問視されている、といっても言い過ぎではないと個人的には考えています。

こう考えてくると、研究会の検討課題も「ずばり」という印象をもちます。以下がその検討課題です。

(1) 我が国における企業統治の現状と課題
(2) 解決しなければならない課題
  ① 日本企業一般、特に上場企業に対する社外役員の導入の適否とその在り方
  ② 親子上場における社外役員の独立性とその在り方
  ③ その他コーポレート・ガバナンスに関する事項
(3) 将来的に解決しなければならない課題
(4) 規制の在り方として、ソフトローとハードローのいずれを選択するかの検討

(4)は結構強烈で、いざとなったらハードローで解決もあるよ、といっているのも同じかもしれませんね。

さて、第1回議事録を読むと、以下の4つの論点が提示されて議論されました。

  1. コーポレートガバナンスの在り方を検討する際の基本的視点と前提
  2. 日本企業のガバナンス形態における監督と執行の分離についての現状認識と将来
  3. 社外役員の意義・役割について
  4. 社外取締役導入のルール化について
  5. 「社外性」の要件の「独立性」への改訂について
  6. ルールの対象について
  7. ルールを定める際の手段の選択について
  8. コーポレート・ガバナンスを巡るその他のご指摘

たいてい、議事録は各委員の発言要旨を順番に書いているので、議事録を読んでも前後の一貫性がないこともあります。ガス抜きに使われることもあるので、そうなってしまうのですが、この議事録にもその傾向があります。だた、私が注目したいのは2の論点の議論で、ここは皆さんが、日本では取締役会は監督機関でなく執行機関であるという認識が強いという点と、投資家は取締役会に監督機能を期待しているという点で一致しているようです。

私も、日本の企業の権力構造や取締役会の構成からみて、取締役会の執行と監督の未分離というのは日本企業の最大の弱点であり、これを既存の取締役会を前提として、未分離のままで社外取締役のような執行を期待されない監督に重点を置くものをまぜていくのか、それとも分離を目指した方向で検討するのかを議論することが重要だと思います。

この点について、自分が上場企業の社外監査役を勤めている経験から、取締役会の監督について監査役が果たしうる役割は、取締役会や経営会議に参加し発言することにより、かなりの影響を及ぼしうると感じております。疑問点や忌憚のない意見をいうことは私のもって生まれた性格ですので(ときには生活する上で災いをもたらすこともあります(笑))、発言をして疑問点をぶつけたり、取締役が検討すべきと思われる点を指摘することで、人的な組織をたいして与えられていない監査役であっても、ガバナンス機能の向上に寄与できるという気持ちが非常にしております。つまり「発言する監査役」は、監督機能が期待される社外取締役と同じくらいの役割が果たせるのではないか、ということです。

このような社外監査役の機能について、私も会員となっておりますNPO特定法人社外取締役ネットワークで研究をしてみようという話があり、私も楽しみにしているところです。

今後の企業統治研究会の議論に注目したいと思います。

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2008年9月30日 (火)

取締役の善管注意義務と経営判断の原則が本当に機能すべき場面

日曜日の晩に、内部統制ネタについて書こうと思っておりましたが、リーマン・ショックならぬフェラーリ・ショックに襲われて、ネタさえ忘れてしまいました。それにしてもホースをつけたままピット出口まで走ったマッサの姿に、まさに真っ青(おやじギャグ)。

それが少し回復いたしました本日、週間ダイヤモンド10月4日号を買ったところ、私とまったく同じ切り口で米国金融安定化法案を批判している記事をみつけました。なんとニフティのニュースにものっておりましたので、ごらんください↓。

http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/diamond-20080930-01/1.htm

 

さて、前口上はこれくらいにして、前掲週間ダイヤモンドのトップ記事はMUFJと野村ホールディングスによる世界的金融再編への参戦についてでした。私個人としては、竹中平蔵さんと幸田真音さんの対談では経営能力についていまだに疑問視されていた日本の金融機関が、果敢な攻めを行う判断をしたことに、素直に拍手を贈りたいと思いますし、今後、世界市場での活躍を祈りたい気持ちです。

他方において、このようなタイミングにおいて極端に情報量が絞られており、しかも決断をするのに与えられている時間も極端に短い状況のなかで、巨額の出資や買収を決断するという仕事をするに際し、取締役が善管注意義務というタフな問題にどう向き合ったかに、とても興味があります。

取締役の善管注意義務については、おおむね以下のような理解が判例・通説といっていいかと思います(字体が違って恐縮ですが、私のロースクールの講義の準備ノートからのコピペです。下記の記述は経営法友会の「取締役ハンドブック」からほとんど引用させていただいております。この本、素晴らしいです)。

(ア) 取締役は業務執行にあたり、会社に対して善管注意義務をおっており、善管注意義務違反の業務執行行為により会社に損害が生じた場合にはその損害を賠償する責任をおう。

(イ) 取締役の業務執行は不確実な状況で迅速な決断を迫られることが多いので、善管注意義務が尽くされたかどうかは、行為当時の状況に照らし合理的な情報収集・調査・検討等が行われたか、および、その状況と取締役に要求される能力水準に照らし不合理な判断がなされなかったかを基準として判断される。

(ウ) 取締役に当該状況下で必要な情報収集等をへた事実認識や意思決定過程に不注意がなければ、取締役には広い裁量が認められる。


この原則の(イ)(ウ)の要件がみたされるかどうかが問題なのですが、実際の場面に照らしながら、どの程度の情報の収集が必要かつ合理的なのかという点、また、当該情報をどのように分析することが通常要求される能力水準に照らし不合理な判断かという点を考えるのは、それ自体まったく容易な作業ではありません。

ところが、日本の判例では、(イ)(ウ)の双方について裁判所がしばしば踏み込んで判断しています。しかし裁判官が本当に判断できる能力や経験をもっているかというと、どうみてもそうはいえず、また裁判官も最近では買収に関して素直にそう認めていると思われますが、そのような謙抑的態度が善管注意義務の問題について取られ続けるかどうかは読めません。

今回の金融再編劇は、金融ビジネスと信用秩序、金融商品と信用市場、投資銀行業務の動向とリスク管理、企業価値と買収・投資対価、エクジットなどについて幅広い知識をもったマネジメントでなければとても判断できるものではありません。こういう事例をみると、いかに(イ)の要件について裁判所が判断をするということが問題であるということがしみじみ理解されます。

江頭謙二郎教授はその著書や論文の中で、日本の判例の考え方が米国で発達した経営判断の原則からかけ離れており問題であることを指摘されていますが、こういう生きた事例のもとで、あとずけで当事者でないものがあの時の判断は正しかったのかどうかということを論じることが、あまりにも取締役を萎縮させてしまうことになることがよくわかります。取締役の善管注意義務は取締役を免責するためのシステムであることの意味を、よくよく考えるべきであると思った次第です。

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2008年9月10日 (水)

内部統制の「重要な欠陥」と取締役の善管注意義務-頭出し予告編

財務報告に係る内部統制の「重要な欠陥」の意義については、本年7月の日本内部統制研究学会でも取り上げられ、実務的にも上場企業が内部統制構築から評価に入ってきている今の時期にとてもかなう、きわめて重要なトピックです。

このテーマについて、私は本年7月25日に一度講演をさせていただきました。そのときの準備で議論を整理して「いろいろ課題が多いな」と思ったのですが、上場企業の監査役として内部統制構築・運用を監査しなければならない立場でもあり、他人事ではすまないことになっておりまして、日頃から頭を離れません。

10月14日に『内部統制評価と「重要な欠陥」』というテーマで再度講演をすることになっておりますが、そのときまで先の講演以後、調べたことなど付け加えてお話をし、また参加者の方々と議論をしたいと思っておりますので、お時間のある方は是非お越し下さい。

さて、このスレッドのタイトルですが、これは「重要な欠陥」の意義が明確になったあと、さらによく検討しなければならないテーマです。これについて、最近、葉玉匡美先生が人気ブログ「会社法であそぼ。」で論じられています。

結論として、葉玉先生は、「重要な欠陥」、「記載される不備」、「記載されない不備」、「不備なし」という金商法の概念は、過失の有無とは直接の関係がない概念であり、せいぜい、重要な欠陥や不備を指摘されたことが、取締役の予見可能性を基礎付ける間接事実になるという程度のことであり、それをもって「重要な欠陥が善管注意義務になる」「重要な欠陥を是正する義務がある」という表現をするのは、法的には、不正確であるといわざるをえないとされております。

この葉玉説に対して私はやや異論があるのですが、明日からの海外出張のため、処理すべき仕事に追われていて、今これを書く時間がありません。タイトルだけの頭出しで申し訳ないのですが、自分に動機づけをするためにも、予告だけさせていただき、本日はご勘弁ねがいます。

(まだブログ立ち上げたばかりですから、期待される方もあまりおられないので、ほんとに「備忘」として書き込みました。)

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