会社法

2015年1月22日 (木)

会計監査人の選解任権の変更とその対応

上場企業の社外監査役ですので、私もこのブログの読者の皆さんと同様、平成26年改正会社法により次の株主総会まで何をしなければならないかが気になっているところであり、それがこのブログでやや自分の勉強としての手控えをアップしている主要な理由ですが、本日は、会計監査人の選解任等に関する議案の内容は監査役会が決定することとされた点について(改正法344条)とりあげます。一番気になるのは次の株主総会招集通知を発する際にはどうなるかという点です。

改正法の施行日は本年
51日予定とされていますが、改正法の施行日前に会計監査人の選解任等に関する決議をするための株主総会の招集手続が開始された場合における会計監査人の選解任等に係る手続については、改正後の344条の規定にかかわらず、「なお従前の例による。」、すなわち、改正前の規定に従うこととしています(改正法附則15条)。そして「株主総会の招集手続が開始された場合」とは、株主総会の招集の決定がなされた場合をいうとされています。つまりは5月1日より前に会計監査人の選解任等に関する決議をするための株主総会の招集の決定が取締役会でなされれば、改正前に従い、5月1日以後であれば改正法に従うというわけです。

3月決算の上場企業では、例年、株主総会招集の決定は、5月の定時取締役会あるいは決算取締役会で、計算書類・事業報告書の承認とともに行われております。この実務を継続するとすれば、本年の定時株主総会に上程される会計監査人の選任議案および解任・不再任議案は、監査役会が決定し、取締役会に決定を通知して取締役会が選任議案を総会議案とする旨の決議を行う必要があります。

この点、監査役会に選解任権等の権限が移る5月1日より前の4月に株主総会の招集と日時場所だけを取締役会で決議して、例年通りの実務を維持できると考えている意見があるようです。しかし、会社法298条は、株主総会を招集する場合には、株主総会の日時及び場所、総会の目的事項(つまり議案)、書面による議決権行使ができることとする場合はその旨、電磁的方法による議決権行使が可能な場合にはその旨、その他法務省令で定める事項を取締役会が決定することを要求しています。取締役会設置会社においては、株主総会は招集賢者が決定した議題以外の事項について決議を行えないので(309条5項)、議題は必ず決定しなければなりません。したがって、この意見の方法では、総会招集決議としては欠陥のある決議を行うことになりますし、また、上記のとおり、「株主総会の招集手続が開始された場合」とは、株主総会の招集の決定がなされた場合をいうとされていることからすれば、欠陥のある決議を行なっても「株主総会の招集の決定がなされた」といえるのか疑問が残ります。また、もしこれが可能であるとしても、適時開示ルールの関係では、株主総会の日時と場所を決定したというプレスリリースを打たないと上場規則違反になるでしょう。決議を2回に分けるというやり方では2回のプレスリリースが必要ということになります。やり方として適切なものであるとは言えないように思います。

なお、会計監査人と会社との会計監査契約は1年ごとですが、解任・不再任しない限りは、契約の更新を株主総会で決議する必要はありません。この場合、取締役会は更新の際に監査役会に意見を取るという実務を行っている上場企業もあると思っておりますが、これは厳密な意味では現行法上の監査役会の選任・解任・不再任の同意を取得しているわけではないと思います。そもそも不再任しないわけですから同意も不要です。

この再任を決定する権限について、現行法は取締役会に帰属するとしています。改正法はどうなのでしょうか。不再任にするかの権限が監査役会に与えているならば、当然再任を決定する権限も監査役会に与えられていると解釈するのが自然であろうと思われます。だとすると、会計監査人をそのまま継続する、あるいは不再任としないという決定を監査役会で行っておくことが必要です。したがって、5月1日以降に、株主総会招集の決定を行う5月の取締役会の前に、監査役会で再任の決議を行い、代表取締役に通知しておくという方法をとるのが適切と思われます。

監査役会として、再任を決定するまでどのようなプロセスを踏むべきでしょうか。会計監査人は計算書類の監査を終了して監査役会に提出するわけですから、計算書類の会計監査が終了し、監査役会が問題がないことを確認できた時点で決定するのが理想的であると思います。決算取締役会は株主総会の招集を決定するのが通常ですから、決算取締役会で計算書類・事業報告書の承認ができるならば(つまりそれまで監査役会の監査を終了することが可能ならば)、決算取締役会の前に監査役会を開催して、計算書類・事業報告書の監査を終了し、同時に会計監査人の再任を決議し、取締役会に監査報告とともに通知すればいいでしょう。

しかし、決算取締役会のタイミングで計算書類・事業報告の承認が間に合わず、その後の取締役会で承認を行っている上場企業も多いものと推察いたします。株主総会招集の決定を行う決算取締役会の前に、監査役会で再任の決議を行い、代表取締役に通知しておくという方法をとるのもやむをえないと思いますが、その場合に、監査役会が再任決定を行う基準として、それまでの会計監査人の活動からみて特に問題がないと認められることが必要でしょう。この点、会計監査人が適切な監査活動をしているかの監査役の相当性判断は事業年度を通じて観察し行いますから、会計監査人と監査役会との意見交換や情報共有の密度が高い企業ほど、その判断は楽でしょう。

2015年1月16日 (金)

社外要件の変更に伴う責任の一部免除と責任限定契約

社外取締役・社外監査役の要件が変更されたことに伴い、変更によって影響を受ける取締役・監査役のために平成26年度改正会社法では改正がなされました。

第一点目は会社法425条1項1号に定めている役員の最低責任限度額の変更です。

取締役、執行役、監査役等(以下、「役員等」という)は、その任務を行ったときは、会社に対してこれによって生じた損害を賠償する責任があります(423条1項)。職務執行を行う際に善管注意義務に違反して会社に損害を与えた場合の、役員等の個人の責任を規定するものですが、右の責任は、役員等が職務を行うにつき善意でかつ重大な過失がないときは、定められている最低責任限度額を控除して得た額を限度として、株主総会の決議によって免除することができます。その最低責任限度額の算定方法を定めるのが1号の規定で、その方法は、役員等が職務執行の対価として受け、または受けるべき財産上の利益として会社法規則113条で定める方法により算定される額(平たく言えば報酬)に一定の数をかけて得ることになっています。その一定の数ですが、現行法では代表取締役又は代表執行役は6、代表取締役以外の取締役で社外取締役でない者または代表執行役以外の執行役は4、社外取締役、監査役は2と定められています。

社外要件が変わっために、いままで社外取締役であったものが改正法施行後は取締役となる場合には、最低責任限度額が2倍に増えることになります。しかし、このような取締役は社外要件がかわったとはいっても、業務としては社外取締役と同様に特定の業務執行について責任をもっていません。したがって、経営に対する監督が期待できる一方、また自ら業務執行から発生するリスクを十分コントロールすることができる立場にはないということから、平成26年改正法では、社外取締役と同様の責任限度額とすることとするために、4をかける取締役を代表取締役以外の取締役で業務執行取締役であるものに限定しました。

第二点目は会社法427条1項に定めている責任限定契約の対象者の変更です。

社外取締役、社外監査役等(以下、「社外役員等」という)は、社外役員等が職務を行うにつき善意でかつ重大な過失がないときは、定款で定めた額の範囲内であらかじめ会社が定めた額と最低責任限度額とのいずれか高い額を限度とする旨の契約(責任限定契約)を会社と社外役員等との間で締結することができるとされています(427条1項)。いままで社外取締役であった者が改正法施行後は普通の取締役となる場合には、責任限定契約を締結できなくなりますが、業務執行を行わないことは変わらないのにプロテクションだけはずれるのは合理的でないし、人材確保の点でも責任限定契約を継続することが望ましいと考えられます。そこで、この規定についても、業務執行取締役かどうかで区別することとし、業務執行取締役等でない取締役であって社外取締役でないもの及び社外監査役でない監査役についても、会社との間で責任限定契約を締結できるように改正しました。

この点、定款において現行法に従った責任限定契約に関する規定を設けている場合に、業務執行取締役等でない取締役であって社外取締役でないもの及び社外監査役でない監査役について責任限定契約を締結しようとする場合には定款変更を行い変更登記を完了することが必要となります。したがって、平成27年5月以降に株主総会を開催する上場会社では、定款変更を定時株主総会に議案として提出することを検討する必要があります。

なお、施行日前の行為に基づいて責任が認められる場合に、施行日後の上記の定款変更により責任限定契約の利益を得させるのは会社への賠償金額の減少を招き相当でないので、施行日前の役員等の行為にもとづく責任については、改正前の規律に従うこととしています(会社法附則16条前段)。

今、あらためて最低責任限度額についてみると、社外監査役に対してはかならずしもフレンドリーな規定になっていないことに気づきますね。監査役については社内であろうが社外であろうが、他の取締役に対する信頼の原則の適用がないですし、常勤監査役に対する信頼の原則なるものも免責理論として認められていないですから、社外監査役のおっている責任の重さを痛感します。例をあげましょう。

年収1000万円の常勤監査役1名と年収500万円の社外監査役3名を考えると、

改正前の最低責任限度額

常勤監査役・・・・・・1000万円×2=2000万円

社外監査役(非常勤)・・・・・・500万円×2=1000万円

改正後に一人の社外監査役が社外要件がなくなったとすると

常勤監査役・・・・・・・・・・・・・・1000万円×2=2000万円

監査役(非常勤)・・・・・・・・・・500万円×2=1000万円

社外監査役(非常勤)・・・・・・500万円×2=1000万円

改正前の責任限定契約に関する定款規定ですが、最低責任限度額を上限とするものがかなり多いという印象で、そうだったとすると、

改正前の責任限定契約

常勤監査役・・・・・・なし

社外監査役(非常勤)・・・・・・500万円×2=1000万円

改正後に定款変更をして監査役も同様のプロテクションをえられるようにし、かつ、一人の社外監査役が社外要件がなくなったとすると

常勤監査役・・・・・・・・・・・・・・1000万円×2=2000万円

監査役(非常勤)・・・・・・・・・・500万円×2=1000万円

社外監査役(非常勤)・・・・・・500万円×2=1000万円

定款変更をすれば、常勤監査役の保護がぐっと厚くなるようです。

非常勤監査役と常勤監査役では、必然的に監査の深度がちがいます。多くの場合に非常勤監査役は常勤監査役からの情報に依存するほかありません。おっている善管注意義務の内容そのものには常勤か非常勤かで有意な差は判例上認められていないように思います。監査役は、むしろ常勤と非常勤で責任について分けて、任務懈怠の有無について常勤監査役と非常勤監査役の過失認定について差異を認める(常勤監査役に依存せざるを得ない非常勤監査役の事情を過失認定にとりこみ、常勤監査役に過失ありとされ、非常勤監査役に過失なしとされることを認める)ことがあってしかるべきであると感じます。勉強不足で判例について十分フォローしていないので、すでにそういう判例があるならばぜひご教示下さい。

2015年1月13日 (火)

社外取締役・社外監査役の要件の厳格化と実務対応

平成26年改正会社法の施行日は平成27年5月1日です。2月決算、3月決算の会社は、5月、6月の定時株主総会に影響のある改正点の対応準備を今すぐ開始しなければなりません。前回の社外取締役を置くことが相当でない理由の説明義務はその例ですが、今回は社外取締役・社外監査役の要件の厳格化が及ぼす影響とその対応を説明しておきたいと思います。

ところで、対応が必要といいながらも、今日のトピックは実は猶予が与えられているので、対応策を練るのに時間的にゆとりがあります。というのも会社法附則4条に、改正会社法の施行の際、現に社外取締役、社外監査役を置く株式会社の社外取締役、社外監査役については、施行後最初に終了する事業年度に関する定時株主総会の終結時までは「従前の例による」と定められているからです。「従前の例による」とは、改正前の要件に従うということです。

たとえば3月決算の上場会社で、平成26年6月の定時株主総会で現行法のもとで社外要件を満たす社外取締役1名(任期2年)と社外監査役2名(任期4年、監査役は定款上3名とされており、社外でない常勤監査役はその前年度に選任されていると仮定)を選任したとします。ところが平成27年5月1日に改正会社法が施行されると、当該社外取締役、当該社外監査役は社外要件を満たさなくなってしまいます。その時点で社外取締役、社外監査役ではなくなってしまうとすると、どういうことが起きるでしょうか。

第一に上場会社は、独立役員1名以上の確保を求める上場規則に抵触することになります。第二に、監査役会設置会社については、監査役の半数以上は社外監査役でなければならないとされているので(335条3項)、この規定に抵触します。そして、社外監査役の人数を満たさずになされた監査は手続的瑕疵があるとされますから、平成27年6月の定時株主総会に提出される計算書類・事業報告が適法な監査手続をへていないということになります。

なお、監査に手続的瑕疵があり計算書類・事業報告を承認した株主総会の決議が決議取消原因になるかという点ですが、監査役・会計監査人の監査をへない計算書類の承認は決議の方法の法令違反であるとされているところから見ると、少なくとも決議取消原因になる可能性は否定できないように思いますし、そもそも適法な監査をへた計算書類・事業報告の提出がないのに総会での承認があったのだから、決議は当然に無効であるという考え方もありうると思います。

こういうことになることを避けるため、改正法の要件を満たす社外取締役・社外監査役を選任するための臨時株主総会が必要となりますが、それも大変であり、また、臨時株主総会を開催するまでは、社外役員がいない状態が続いてしまうわけです。そこで、附則4条では、その施行後最初に終了する事業年度に関する定時株主総会において改正会社法の要件を満たす社外取締役・社外監査役を選任すればよいと定めているわけです。

したがって、上記の例ですと、平成28年6月の定時株主総会終了時に任期満了する改正前の要件を満たす社外取締役のポジションを、改正後の要件を満たす社外取締役を選任して埋めればいいのですが、監査役についてはちょっと厄介です。改正前の要件を満たす社外監査役2名は当然に地位を喪失しないので、社外要件を満たさない監査役が3名いることになってしまいます。社外監査役は半数以上必要なので、新たに改正後の社外要件を満たす社外監査役を新たに選任しなければなりません。つまり、さらに3名の社外監査役が必要(!)ということになってしまいます。「なんとか2名、おやめいただけませんでしょうか。」とお願いしても、社外監査役が「うん」といわなければ、最悪、定款変更で監査役会を増員し、3名社外監査役を選任、なんていう異常事態が起こります。株主や市場から呆れられないために、しっかりと準備しておく必要があります。

改正前は社外要件を満たすとされたが、改正後はみたさないとされる関係として実務的に大きく問題になりうるのは、以下のものと思われます。

第一に、「親会社等」の定義が新設され(2条第4号の2)、親会社及び株式会社の経営を支配している者として法務省令で定めるものをいうこととされました(自然人も含まれます)。そして、親会社等の取締役もしくは執行役または支配人その他の使用人は、社外取締役にはなれないことととなります。

第二に、兄弟会社(「株式会社の親会社等の子会社等」)の業務執行取締役もしくは執行役または支配人その他の使用人は、社外取締役にはなれません。

第三に、当該会社の取締役もしくは執行役もしくは支配人その他の重要な使用人または親会社等(自然人であるものに限る。)の配偶者または二親等内の親族である者は、社外取締役・社外監査役になれません。

第四に、親会社等の取締役、監査役もしくは執行役もしくは支配人その他の使用人は、社外監査役にはなれないこととなります。これは親会社等の監査役が社外監査役であっても、当該株式会社の社外監査役にはなれないということも意味します。

この点、子会社が非上場会社で監査役会設置会社である場合、いままでは親会社等の監査役や財務・経理・内部監査系の使用人が監査役を務めていたということが実務の一般的傾向であったと思いますが、この実務と真正面からぶつかることになります。対応としては、大会社でない子会社が監査役会設置会社から監査役設置会社に移行することが考えらえます。現にそうしている会社も多数あるようです。ただ、子会社不祥事がつい最近の話題であったことから、監査役会を廃止するという内部統制的にはマイナスとなる対応でいいのかという疑問が頭から離れません。監査役設置会社とするならば、親会社による内部監査や親会社監査役の子会社調査をかなりしっかり実施する対応をすべきではないでしょうか。

なお、会社法附則4条は、改正会社法の施行の際、現に社外取締役、社外監査役を置く株式会社の社外取締役、社外監査役についてのみ適用があるので、施行の際に社外取締役、社外監査役をおいていない会社はただちに改正会社法の社外要件を満たさなければならないことにご留意ください。

2015年1月 6日 (火)

社外取締役を置いていない場合の理由の開示と決議取消訴訟

改正会社法327条の2は「事業年度の末日において、監査役会設置会社(「公開会社であり、かつ、大会社であるものに限る。)であって金融商品取引法第24条第1項の規定によりその発行する株式について有価証券報告書を内閣総理大臣に提出しなければならないものが社外取締役を置いていない場合には、取締役は、当該事業年度に関する定時株主総会において、社外取締役を置くことが相当でない理由を説明しなければならない。」と規定しています。

同条は経過措置が会社法附則に定められていないので、平成27年の株主総会から適用されるものです。同条に関しては、会社法施行規則案第74条の2第1項にも、「株式会社が社外取締役を置いていない特定監査役会設置会社(当該株主総会の終結の時に社外取締役を置いていないこととなる見込みであるものを含む。)であって、かつ、取締役に就任したとすれば社外取締役となる見込みである者を候補者とする取締役の選任に関する議案を当該株主総会に提出しない時は、株主総会参考書類には、当該社外取締役を置くことが相当でない理由を記載しなければならない。」と、また、同条第3項に「第1項の理由は、当該株式会社のその時点における事情に応じて記載しなければならない。この場合において、社外監査役が二人以上あることのみをもって当該理由とすることができない。」と定められています。

法務省令案が公表される前ですが、327条の2の「相当でない理由」の解釈と法務省令案について、立法担当官である坂本三郎法務省参事官は次のように解説しています(商事法務No.2040号掲載の座談会「改正会社法の意義と今後の課題(上)」)。

ー 「置かない理由」あるいは「必要でない理由」というだけでは足らず、社外取締役を置くことがかえってマイナスの影響を及ぼすような事情を説明する必要があるということで考えています。

ー 社外監査役が二名いて、わが社は十分それが機能しているから社外取締役を置くことは不要ですという説明のみがされたとしますと、それは「必要でない理由」の説明にすぎないということで、それだけでは足りないのだろうと考えています。

ー よく適任者がいないということが社外取締役を置かない理由としていわれていますが、適任者がいないというだけの理由をもってしては、やはり「相当でない理由」にはならないのではないかと考えています。

ー この株主総会の説明というのは、当該事業年度まではこう考えてやってましたということですので、それで説明せざるを得ないということです。

ー 社外取締役の選任議案を提出している会社は、比較的あっさりとした説明で足りると考えています。先ほど法務省令で事業報告書の記載ということも申し上げましたが、それについても同じような扱いになると思います。他方で、株主総会参考書類については社外取締役選任議案を提出しているので、相当でない理由は書かなくてよいということになりますし、また、これまで社外取締役を置いていなかったのにこれを置くことした理由をあえて書く必要はないという方向で考えています。ただ、株主からは必ず「何で置くこととしたのだ」と聞かれそうな気はいたしますけれども、法令上は聞かれなければ積極的にいう必要はないという方向で考えています。

坂本参事官の解説を読んだときは、どう法務省令案を起案するのだろうと思っていたのですが、まさに参事官の考えを反映した起案がされたわけですね。株主からの「何で置くことにしたのだ」という質問に対しては答えなければならないのは、法314条から当然です(株主総会の目的である取締役の選任という事項に関するものですから取締役は説明する義務があります)。ただ、その説明内容は、一般的な株主が合理的に理解できる程度の説明を行う必要があります。岩原伸作教授は、前記座談会でも、その会社の環境や社内の体制、あるいはその会社における人材獲得の可能性ということ等を具体的に説明すべきであると説明されています。

次に取締役が「相当でない理由」の説明を株主総会で行わなかった場合において、取締役選任議案が継続している株主総会であれば、当該取締役選任決議について決議取消事由になりうる可能性があると、岩原伸作教授は述べられています。

それにしても、「相当でない理由」の中身になりうる説明が何かは判然としません。先の座談会では、信託銀行の方が一つのアイデアとして、「事業内容が高度に専門的な内容であり、これに精通する専門家の社外取締役候補者を探すのは非常にむずかしく、門外漢の候補者を選ぶことはかえって企業価値を損なうおそれがある。」とか、「取締役会の決議に機動性が必要であるような会社は社外取締役ではスケジュールの問題があり機動性を害することになる。」というようなアイデアを紹介されています。

なお、出席者は、全員、事業報告書に記載のとおりですといって説明を終わらせるのでは足りないと考えているようです。

この点、坂本参事官は、社外取締役選任議案が提出されている場合には、これまでなぜ社外取締役を 置いてこなかったのかというところをあっさりめに述べてもらうことになるが、それが「相当でない理由」となりそうでなくとも、社外取締役選任議案を提出しているので決議取消事由にはなりにくいのではないかといっています。社外取締役選任議案が提出されていれば説明義務がなくなるならそのような考え方もなりたつのでしょうが、しかし、そうではないので、理論的には説明がつかない感じがします。

取締役選任議案に社外が含まれているか否かで、327条の2の「相当の理由」の中身が変わるという理屈は成り立つでしょうか。確かに株主総会参考資料の記載に関する法務省令にはそのように解釈すべしと暗示するような考え方が表れているのですが、個人的には法務省令の考え方をそのまま327条の2の解釈と同様にとれるかというと、ちょっと違和感があります。「省令の規定の仕方や考え方は卵、会社法が鶏でしょ。」という感覚がぬぐえないからです。坂本審議官の発言は、社外取締役選任議案が可決されれば、実務的には、説明義務の不履行を問題として、決議を求めるべき訴訟を提起されることはほとんどないのではないかという意味程度にしか理解できないので、リスクは残ざらるを得ないと思っています。例えば、社外取締役候補者が株主にとって気にいらない人物であったりすると、「相当でない理由」の説明がなかったとして決議取消訴訟を起こすことも、理論的には可能です。

もっと大胆に、こういったらどうでしょうか。327条の2は機能的には社外取締役選任を企業に間接的に強制するための規定であるから、社外取締役選任議案が提出されている場合には「相当でない理由」は意味が変わり、当該事業年度で企業が主観的に相当でないと考えていた理由程度でも許される、と。

しかし、実際、327条の2について真正面から企業に社外取締役選任を間接強制するための目的と説明している方はいらっしゃらないようなので、同条の真の目的が社外取締役選任にあったと会社法学者が言い出すのは、あと10年くらいかかるかもしれませんね。

社外を含まない取締役選任議案が上程された事案で、株主総会参考書類に社外取締役を置くことが「相当でない理由」が記載されていない場合には、株主総会参考書類は招集通知に添付されなければならず、その記載の不備は一般に召集の手続が法令に違反する場合に該当するので、決議取消事由に該当します(会社法831条1項1号)。この場合には、その違反する事実が重大でなく、かつ決議に影響を及ぼさないものであると認めるときは、裁判所は裁量棄却することができます(同条2項)。

以上をまとめると、平成27年に株主総会を開催する上場企業(かつ大会社)で、社外取締役が現在いない企業が、当該株主総会に社外取締役の選任議案を提出する場合には、以下の通りの規制に服することとなります。

①当該株主総会で、事業年度中に社外取締役を置いていないことについて相当な理由を説明する義務がある。

②「相当の理由」の内容であるが、適任者がいないとか、社外監査役で十分機能しているという説明は「相当でない理由」とはならず、社外取締役を置くことがマイナスとなるという理由を説明する。

③しかし、その説明はあっさりとしたものでよいが、「相当でない理由」は「必要でない理由」よりもう少し会社にとってのネガティブな影響を語るものである必要がある。

④株主総会参考書類には、当該社外取締役を置くことが相当でない理由を記載する必要はない。

また、社外取締役が現在いない企業で、当該株主総会に社外取締役の選任議案を提出しない場合(社外取締役を含まない取締役選任議案を提出する場合)には、以下の通りとなります。

①当該株主総会で、事業年度中に社外取締役を置いていないことについて相当な理由を説明する義務がある。事業報告書記載のとおりというのでは説明としては不十分である。

②「相当の理由」の内容であるが、適任者がいないとか、社外監査役で十分機能しているという説明は「相当でない理由」とはならず、社外取締役を置くことがマイナスとなるという理由を説明する。

③株主総会参考書類には、当該社外取締役を置くことが「相当でない理由」を記載する必要がある。

④株主総会において「相当でない理由」の説明がない場合には当該議案について決議取消原因が生じ、決議取消訴訟の対象となる。

⑤株主総会参考書類に、「相当でない理由」の記載がない場合、召集通知に添付されるべき株主総会参考書類の記載不備と解されるので、決議取消訴訟の対象となる。この場合には、その違反する事実が重大でなく、かつ決議に影響を及ぼさないものであると認めるときは、裁判所は取消の請求を棄却することができる。

2015年1月 5日 (月)

執行力の強化とは内部統制の強化ではないか

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

前回、モニタリング・モデルと会社法の取締役会設置会社の発想の違いについて、藤田論文を引用しながら指摘しました。どちらも経営に対して敵対的ではなく、企業価値の増大のために執行の企画・検討・承認・実行を強化したいという方向については、何ら変わらないことを指摘しました。

でも、企業価値の増大のための執行の企画・検討・承認・実行とは具体的にはどのようなことをさすのかを、ここではもう一度考えたいと思います。

上場企業のガバナンスが論じられるとき、企業価値の増大の定義は結構あやふやです。しかし株主が何をすれば評価するかというスケールで考えれば、それは株価の上昇であり、時価総額の増大です。

さて、株価を上昇させるためにはどうするか。もちろん業績が良くなければ株価は上昇しません。市場環境が激変すれば業績の如何を問わず、株価は乱高下しますが、株価が下落する方向に動いていても、将来の収益に期待できる企業の株価は必ずもどってきます。着実に利益を出す企業に対して市場はポジティブです。ところが、毎年ちゃんとした収益を出す企業であっても(私が役員を務めている会社はその典型です)、株主はPER、PBRなどの指標を使って同業他社との比較をしてランク付けしたりし、利益について、あるいは成長性について同業他社と比較し投資行動を決定します。また、当該事業分野それ自体がリターンが少ないといって評価を低めたりします。この場合は事業分野自体の見直しと成長力ある事業分野へのシフトを行わないと、株主は評価してくれません。

したがって、企業が常に価値を増大しているという市場の評価を得るためには、当該事業における着実な利益の確保という戦術のほかに、当該事業が収益が期待できる事業なのかどうか、もし事業自体の成長に陰りがみえたときにどうやってその壁を突破するのかという戦略が求められます。企業自体がポテンシャルを発揮しているのかどうかを常にテストしているのが市場であり、株価であろうと思います。

企業は戦略から定められる長期目標と、戦術から決定される短期の収益目標が必要で、両者についてその目標を達成するための課題を洗い出し、リスクに見合う資金と人材を投入します。しかし、長期目標は、今の経営環境の変化の激しさからみて、立案そのものが難しくなっていると感じます。10年の戦略は意味がなく、5年の中期経営計画でもその意味を問われれていると思います。

また長期目標は短期目標の積み重ねを達成して初めて実現できるので、結局は、3年程度の短期目標の実現をめざして行っていく取引、例えばM&Aならば、第一に企画・検討段階におけるM&Aの目標の合理性、M&Aによる収益予測の確実性、その確実性を揺るがすリスクの洗い出しの見極めをしっかりと行っていく力がどれくらいあるかが執行力のレベルをあらわすものでしょう。さらにそれを実行に移したのちに、実際に現れれてくるさまざまな事象に対して迅速・的確に対応できる能力が必要です。とどのつまりは、企画・実行・フォローアップにスピード感がなければなりません。

執行力のレベルは短期戦略の企画力・実行力という言い方もできますが、その中には、確実性を揺るがすビジネスリスク、法務リスクの見極めがどれくらいできるかということも含まれることは明らかです。そして実行後に起きてくるさまざまな問題への対応と、顕在化していないリスクの指摘ができるかどうかもポイントとなります。これは内部監査の仕事です。

取締役会は企画から実行に移す段階で、さまざまな角度から目標の合理性、収益予測の確実性、リスクの洗い出しができているかどうかを検討すべきですから、社外取締役についていえば、やはり経営の経験値、あるいは法務や財務といった専門性の知見の高い人材でないと牽制機能は果たせないでしょう。

また、検討段階・実行段階・実行後におけるスピード感ある対応を期待できる人材が必要となります。この意味で、法務部に弁護士をそろえたり、財務部に公認会計士資格や税理士資格をもった人間を配置することはむしろ当然であり、専門教育をうけた人間を採用していくことが当たり前にならないと、企業の執行力強化はそうそう簡単にはできません。つまりは、執行部門における内部統制の強化がすわなち執行力強化なのではないでしょうか。日本企業は内部統制というと管理部門を想起しがちですが、それはイメージに片寄があります。

人材をどうやって確保するかを考えると、やはり、日本的な終身雇用前提、新卒から人間を育てていくというやり方が限界にきているように感じますが、これはまた別の機会に考察してみたいと思います。

2014年9月 8日 (月)

モニタリング・モデルと会社法ー藤田友敬論文を読んでわかったこと

商事法務2014年7月15日号の藤田友敬教授の『社外取締役・取締役会に期待される役割―日本取締役協会の提言」を読んで』を読了した。上場会社の社外監査役の立場で実務をしつつ他の上場企業に弁護士としてアドバイスを提供してきましたが、協会のようにガバナンスの点から経営改革を促進しようとする立場の立論と、現場の感覚の乖離や会社法との乖離に、もやもやとした感じをこの6年間抱いてきましたが、この論文を読んで、自分の中で、これらの乖離の整理がなんとなくつきそうな感じがしています。

藤田論文は協会の提言について『従来の判例・学説で説かれてきた「日本的」な取締役の善管注意義務・監視義務等を前提に、社外取締役の性格に応じたニュアンスを若干加えて敷衍するものが多いのに対して、取締役会および社外取締役の役割と機能、とりわけ「監督」、「監視」の意味を、モニタリング・モデルの考え方を踏まえて再定義している点に特徴がある。』とし、協会のモニタリング・モデルは我が国において伝統的に説かれてきた取締役会の監督機能およびそこから派生する取締役会の監視義務とは、言葉は似ていてもその内容が大きくくいちがうことを指摘しています。

このブログでも、従来から米国型のガバナンス・モデルと日本型のガバナンス・モデル、そしてそこにおける取締役会のあり方について違いを指摘してきました。米国型のガバナンス・モデルがCEOを頂点とする経営陣に強力な権限を持たせ、取締役会はCEOらの選任・解任に大きな権限をもってこれを監督し、CEOは自分と会社を守るために自らの下にジェネラル・カウンセルをトップとする法務コンプライアンス機能、CFO・COOを頂点とする財務・経理・税務機能、それに営業部門のそれぞれのトップによる執行機能など、専門的知識経験を有する専門家集団を各機能に配置する内部統制を構築し、さらに、各組織に横串となるコミッティなどを設置して、組織形態をマトリックス化し、執行の企画・検討・承認・実行の業務プロセスにおけるリスクの認識と対応、情報と伝達を盤石にしようとしていす。この体制のもとでの組織の特徴は、誤解をおそれず一言でいえば軍隊に近く、スピード感ある決定と執行が可能となります。

ところが、日本では下からの積み上げ方式(あるいは役員の神輿方式)で組織の意思決定が行われてきており、この方式は本質的に変化していないものと思われます。たとえば、大型のM&Aや業務提携などは、日本の規模の大きい上場会社の中では企画部門が中心になり秘密裡に立案され、実行の過程でも業務担当取締役や執行役以下の執行部門が中心になり実行に至るまでの各種検討が行われて、社長にあげられ、取締役会への上程は一番最後となります。そこまでの過程において、執行部門の中で練り上げられていきますから、取締役会に行きつくときは、ほとんど最後の段階です。むしろ、非上場の中小企業のほうが社長の鶴の一声で大型案件の実行が決まることが多いと理解しています(ただし、米国上場企業との違いは内部統制がきわめて脆弱ですから、案件の検討はきわめて不十分である点が大きな違いです。だからオーナー系のところほど米国型のようなモデルで内部統制を作るほうがいいと感じています。)

藤田論文は、日本の会社法改正の歴史を振り返っています。それによると、形骸化した取締役会を実効あらしめるために、昭和56年改正により取締役会の業務執行の決定権限とともに監督権限が明記され、昭和49年改正で監査役に与えられた業務監査権限とともに取締役の他の取締役に対する監視義務の枠組みを与え、さらに昭和56年改正で取締役会の専決権限を増加させ、これにより常務会等の下部機構に委ねられて取締役会が機能低下した事態に対処させようとしたと説明しています。なぜこれをしたかというと、「取締役会が業務執行を決定する機関であるという建前を堅持しつつ、具体的な経営事項の決定をさせることを通じて、取締役会の監督機能を充実させようという考え方」をとったからであり、これにより、「取締役会はある程度以上の重要性のある取引については個別取引ごとに具体的に取締役会で決定することを要求するものと解釈され、それに沿った運用がなされてきた。」と論じています。

このように指摘して、さらに藤田論文は、取締役会の形骸化に対する米国の改革が日本とは真逆になったといっています。すなわち、米国では取締役会は業務執行の決定ではなく、業務執行者の監督を行う機関であるという位置づけがなされ、そのためにいかにして取締役会の独立性を高めるかということが、コーポレート・ガバナンスの基本的課題と認識されていくことになり、それがモニタリング・モデルとして世界標準として受容されたと論じています。

このような歴史を垣間見ると、我々が、会社法とモニタリング・モデルとの整合性について違和感を感じている理由も明確となります。会社法の取締役会設置会社そのものがモニタリング・モデルとはちがう発想でできているからにほかなりません。唯一、モニタリング・モデルを取り入れたのが委員会等設置会社ですが、法が用意した取締役会決議事項の執行役への委任が進んでいないので(藤田論文の指摘)、委員会等設置会社であっても業務執行決定機関としての色彩を色濃く残しているのが日本の委員会等設置会社であるといえるでしょう。

どちらのモデルも経営に敵対的ではありません。米国型も日本型もつねに執行の企画立案、検討、決定、実行の能力を高めようとする点ではまったく同じであり、それぞれに長所も短所もあります。

それではどこが違うのか。ここからが私見ですが、大きな違いは、3年―5年後に時価総額をたとえば何倍にするといったような大きな経営目標の立案とそれに向けた執行を迅速にできるかどうかという観点からみると、日本型モデルは見劣りするということであろうと思います。

米国企業には企画部門というものはありません。しかし、大型のM&Aは日本よりずっと盛んであり、自分が必要なビジネスならば、あっというまに買収で付け加え、また効率が悪いと判断するビジネス部門は売却するか整理するかして常に企業の中に新陳代謝をおこしています。自分のビジネスのポートフォリオをつねに見直し、入れ替えをするのに、日本のように取締役会までもっていって、あまり実情を知らない社外取締役に一生懸命説明する必要もないわけです。ビジネスをよく知るCEOあるいはビジネス部門のトップが、管理系部門の支援を得ながら迅速に検討し実行できます。このスピード感の違いが大きいと思います。米国とドイツの日本法人でシニアのポジションで働いた知見、今の上場会社の社外監査役としての、あるいは上場会社の弁護士としての知見の双方から見て、それこそが違いなのではないかと感じます。そして失敗が若干あっても、それを許してやるというシステム(IndemnityやD&O保険およびそのコストなど)も向こうのほうが上です。

だから日本でスピード感を保ちながら攻めの経営ができているところは、日本型ガバナンスモデルに何らかの工夫をしているはずです。まず、執行の企画立案能力がよほどいいにちがいないと思います。そこに対するCEOの影響力も強力であり、またCEOの理解力、構想力、カリスマ性も備わっているような会社でしょう。そのような会社は日本企業の風土では独裁者的色彩が強まっていると見えるし、実際そうなのでしょう。そのような会社の取締役会では、強いリーダーであるCEOが個々の取締役を凌駕する説得力をもって乗り切っているか、あるいは、個々の取締役の役不足か、大きく分ければそのどちらかになるのでしょう。つまりは、他からみると取締役が監視義務を果たしているのかどうかがみえにくいし、もし見落としがあったときには個々の取締役は監視義務違反に問われるリスクが少し高いのかもしれません(もっとも最高裁の動きは個々の業務執行取締役に対する信頼の原則の適用を広く認めるようになってきていますが。それに訴訟が全然少ないからリスクが顕在化する割合もぜんぜんちがいます)。

ただし、米国型と決定的にちがうのは、もしそのような経営者が計画実行を失敗し、あるいは重要なリスクについて十分な注意を払わないままに大きく失敗して企業価値を棄損し、あるいは将来の企業の成長に黄色信号をもたらしたときに、その経営者に対してだめだしするガバナンス機構がないということです。日本ではそれは経営者の自制、銀行からのプレッシャーなどによって交代がおこっているように思います。もちろんまったく自制がないままにいすわってしまう経営者もいるわけですが。

非オーナー系上場企業では、その成長について構想が違うから、成熟したマーケットで現在のポジションと業績をそこそこ継続すればいいと考えているところは、モニタリング・モデルなんてまっぴらごめんということになるでしょう。経営者の企業成長に対する構想力と実行力が、経営経験のある社外取締役らに非常に試されてしまうわけですから、そんな環境で経営者としての力を試されるのはたしかにしんどいことでしょう。

しかし、日本企業が問われているのは、ミクロ的意味の内部統制もさりながら、マクロ的意味でのガバナンス、企業価値増大のガバナンスという点であり、それがここ10年叫ばれているわけですから、モニタリング・モデルに対する期待値が投資家からあがるのは無理もないことです。

そして安倍政権のもとでも、経済活発化による企業価値の増大が政策の成功不成功を決めるということになってくるわけですから、ガバナンスに対する関心が強くなるのは当然のことなのです。日本経済を停滞させている一因は成長を止めている日本の大企業群にあると政権内部で見ている人がいるはずです。そこにメスを入れなければ成長がありえないならば、経済政策も成功せず政権も維持できない。そうであるならば、政治は必ず制度をいじることになるでしょう。ガバナンス改革は本当の意味でまったなしに入ってきたと思います。

2014年6月18日 (水)

会社法改正案―社外取締役を置かない場合の説明・開示義務

現在国会審議中の会社法改正案は、衆議院を通過し、現在、参議院で審議中です。今週で国会が閉幕になるので、はたして参議院を通過するのか心配になります。

さて、今回の会社法改正では、社外取締役を置かない上場会社は、株主総会において「社外取締役を置くことが相当でない理由」を説明しなければならないという第327条の2が新設されます。また、当該株主総会に提出する事業報告書にもその理由を記載しなければならなくなります。

国会で会社法改正案が採択され、施行が来年41日となったと仮定すると、そ れ以後に開催される株主総会において提出される「社外取締役を置くことが相当でない理由」を事業報告書に記載し、かつ株主総会で必ず口頭で説明しなければならないということになります。改正案附則2条が改正会社法の施行直後から改正規定が適 用になると定めていること、および、第327条の2について適用時期の経過措置がもうけられていないことからこのようなことになるので、それを避けるためには本年度株主総会において社外取締役を選任しておかなければなりません。

ここでいう「社外取締役を置くことが相当でない理由」ですが、従来、取引所の開示規則で「社外取締役を置くことが相当でない理由」としてしばしば使われている「社外監査役がいるので十分機能しているから」というのは理由にならないとされ、法令違反となると説明されています。

また、社外監査役ですが、社外性の要件に変更がでて、2親等以内の親族は社外性の要件をみたせなくなっている点も留意が必要ですね。

 上場会社で社外取締役が一人もいない会社は、今年6月の定時株主総会で社外取締役を選任しないと、来年の定時株主総会で上記の理由の開示をおこなわなければならなくなることになりますが、はたしてそのことに気付いている会社はいくつあるのでしょうか。

2011年2月28日 (月)

再び会社法のガバナンスを考える

もう2月も末になってしまいました。1月11日に書き始めた下記記事を今出すなんてどうかな、と思いましたが、所詮、備忘録なので、書いておきましょう。

『月刊監査役』2011年1月号は、昨年10月に福岡で行われた日本監査役協会全国集会・全体会の報告記事です。トピックは「監査役制度の会社法制の見直し」です。

私は第2分科会の司会兼報告者で出席していましたが、全体会は仕事の都合ででられませんでした。すべてが終了したあとの懇親会で何人の方から「先生は分科会で日本企業の不適正会計事例はアジアで最高数で非常に困った状況になっていると発言していたが、葉玉先生は日本の会社法のガバナンスは世界にほこるべきものであると発言していたんですよね。」といわれ、びっくりしていたので、葉玉発言はどういうコンテクストでされたのかも含めて、月刊監査役の座談会の記事はとても興味深く読みました。

独立取締役設置義務化という議論に対して、葉玉先生や経団連の阿部さんはこう論じておられます。日本の会社の実態は取締役の大多数が同時に執行を担当しており、取締役会も会社法で決議事項とされている事項以外に比較的細かいことまで広く決定している。これは多数の社外取締役からなる取締役会が執行サイドをモニタリングするというモニタリングモデルではない。取締役と執行サイドが完全に同一化しているモデルとの中間くらいのモデルであり、監査役がモニタリングをしている。こういう実態があるのであるから、もし社外取締役を置くことを義務付けるならば取締役会の在り方は相当変わらなければならないが、それでは日本の経営はまわっていかない。

私の認識は、会社が適時開示を行った不適正会計事例が平成17年から100社以上、昨年だけでも私が調べた限りでも30社近くもあるという現状では、とても世界に誇るガバナンスなんて言えないと思っています。とはいっても、葉玉先生と阿部さんが全体会の討論で指摘された点は、確かにそうだと思いました。

といいますのは、監査役として取締役会のあり方をみていますと、取締役会には確かに会社法で法定されている事項以外にさまざまな事項が上程されてくることを実感します。それで、もし取締役会をモニタリングモデルでデザインするとすれば、取締役会の議決事項を減らして最重要な問題(配当政策、資本政策、長期的なストラテジー等)にうんと集中しなければなりません。

これを行うには条件があります。第一に、社外取締役も含めて、そのような検討が十分可能な実力をもった取締役によって取締役会を構成しなければなりません。当然、業界のことも十分研究し、さらに第三者的・株主的な目でみれる独立取締役でなければお話にならないわけであります。

第二に、代表取締役からさらに執行役員等への大幅な権限委譲が必要です。これには、執行役員が十分な力量をもっていなければなりません。肩書きではなく、経営者としての判断ができる十分な知識・経験が必要です。

第三に、権限委譲される執行サイドがリスクについて十分検討し、かつ検討できる体制が構築され、運用されることが必要です。例えば、経営会議にあがる前に、法務面、コンプライアンス面、税務面、会計面、財務面その他の観点から、ビジネスにまつわるリスクがしっかりと社内で検討され尽くしているという体制が必要です。

では、現状、取締役会に上程しているのは、「今の取締役会が上記のような機能を果たしているから」ということなのか。そうは言えないわけですね。全ての会社で取締役会がリスクを見逃していないかといいますと、決してそうではないわけであります。それは不祥事の数がそれを物語っていますし、それ以上に成長がない会社がたくさんあるということがあるわけです。

ところが、「上記のようなリスク検討は経営会議で十分なされて取締役会にあがっている。」というのが多くの業務執行担当の取締役さんたちの認識ではないでしょうか。「いまできていないというわけではないから、余計な世話でやらなければならないことを増やしてくれるな」という声には、確かに理解できる側面があります。ただし、本当に今できているかどうかですが。ここの認識の違いが大きく、議論がうまくかみ合わないのかなと思います。

「経営会議において徹底的に揉まれるならば、それは十分機能しているから、取締役会がセレモニーとなっても別に宜しい」というやや乱暴な意見もあるわけですが、取締役が業務執行担当を兼任しており、経営会議でしっかりとした議論ができていれば、「なにが問題なんだ、独立取締役も経営会議に参加してモニターしてればいいではないか」、という議論さえもありえるわけです。

そうすると、経営会議で、ちゃんと株主の利益やステークホルダーの利益をも考慮に入れた検討がしっかりなされているかどうかが、結局は問題の本質であって、モニタリングモデルを強く主張する方々は、「取締役会でもそういう検討はされず、ましてや経営会議でもなされていないではないか。だから変える必要がある。」ということをいわれているのであろうと推測いたします。

こうして検討すると、大きな問題の一つは、取締役ではない執行役員がどれくらい育っているか、社内体制としてリスクの検討が十分できるような人員を営業部隊も管理部隊も抱えているかであって、これこそ迅速な決定及び執行の鍵を握るのではないかと思っています。そうだとすると、モニタリングモデルを推し進めるにしろ、今のモデルで続けるにしろ、社内のマネジメント力強化こそ必要になりますね。これは大変なことです。資生堂さんはかなりモニタリングモデルに近くなってきているというお話しを聞いたことがありますが、それでも10年かかっているとか。企業全体でマネジメント力を強化するということに近いお話しですから、簡単にはいかないですね。そういうことができたら、初めて取締役が最重要な成長戦略、資本政策の議論にうんと集中できるということになるんでしょうね。

なお、月刊監査役No.579は臨時増刊号で、そちらに私の分科会「企業集団における内部統制と監査役監査-親子会社の関係を中心に」が掲載されていますが、この論点についてはまた改めて検討したいと思います。

2010年12月29日 (水)

佐藤剛氏が伝える米国のコーポレート・ガバナンス論の現状(2)

皆様、大変長らくのご無沙汰でございます。ブログの更新をまったくしない状態がつづいたことには、いろいろと言い訳がありますが、それはいわないことにしておきます。

ところで、山口先生のブログ、久しぶりに見たらすごいアップ量!しかも私のビジネス法務12月号の記事も写真もしっかりチェックしてかみさんのことまで書いてくれてます。本当に凄い.......

ともかく1年の締めですから、私もちゃんと締めたいと思います。

さて、前回に続き、佐藤剛さんの著書『金融危機が変えたコーポレート・ガバナンス』(商事法務、2010年)から、私が疑問に思ったことをまた備忘的に書いていきます。今回は「エージェンシー理論」と「スチュワードシップ理論」についてです。

エージェンシー理論の概略は、次のとおりです。

①個人ではできないより大きな生産性を与えてくれる会社をコントロールするため、経営者が株主のエージェントとしてコントロールし、株主のエージェントとして取締役がそれをモニターする仕組を取る。そうすると、これに要する費用(エージェンシー・コスト)が発生するとともに、会社が生み出した利益から控除した残存利益をどう配分するかで、株主と経営者の利害関係が発生する。

②大株主は自分の利益を追求するため、小株主を差別して利益をコントロールしようとする。

③これらの利害を調節し、株主の利益を最大化するのがコーポレート・ガバナンスの目的である。

佐藤さんの解説するエージェンシー理論は、これに株主と経営者以外のステークホルダーの利益を加え、これら全てのステークホルダーの価値をバランスさえるのがコーポレート・ガバナンスの役割という広義の定義が、日本では一般的であるとされています。

佐藤さんは、米国のコーポレート・ガバナンス論では、「スチュワードシップ理論」がエージェンシー理論とともに重要性をましていると論じています。「スチュワードシップ理論」とは、「経営者が個人の利益には必ずしも合致しない場合でも、個人よりも会社という組織に価値を見出し、組織の価値を最大化することに専念する行動を本道にできれば、結果として株主に、経営者自身にも、利益が還元されるという考え方」です(同書101ページ)。

全米取締役協会のお話では、スチュワードシップ理論は全米の会社に浸透しつつあり、企業戦略は取締役とマネジメントとの協業という考え方が広まってきているということが報告されています。

そこで疑問ですが、日本の取締役会の実態を知る者は、「そんなの当たり前じゃないの」と思うのではないでしょうか。執行と監視の分担を進めているといっている多くの日本企業では社内取締役=マネジメントなのですから、一体になって戦略を考え執行を行うのは当然のように思われます。これは、CEOとチェアマン以外取締役会に入っていない米国の取締役会ならではの議論であって、だからアメリカでは新鮮なのかもしれません。

佐藤さんも、やや驚愕の告白ですが、こういっておられます。

『自分の取締役時代を振り返ってみると、執行に多くの比重をかけ、ガバナンスは監査役にお任せというのが実態であった。ガバナンスを任された監査役も取締役を退場させる権限を持っていないのでコーポレート・ガバナンスの機能を満足しているとはいえない。日本の取締役は「スチュワードシップ理論」を満足させているが、「エージェンシー理論」は満足させていない。取締役が執行とガバナンスのバランスを取った経営の視点を持ち活動することができれば、広義のコーポレート・ガバナンスの定義を満足させることができると思う。』(同書106ページ)

う~ん!!ということは、日本の取締役は会社法上の善管注意義務を必ずしも果たしていないということですかね?それとも信頼の原則に胡坐(あぐら)をかいている状態なのでしょうか?

エージェンシー理論の取締役は株主のエージェントであるという理屈の立て方には、現実の中ではすごく限界があるように思えてきます。私の感覚では、日本では株主やステークホルダーのエージェントは監査役であって、取締役は執行をかねる場合には、株主のエージェントではないという気がとてもします。

私にとっては社外取締役とか独立取締役よりも一定の事項に議決権を有する監査役(社外が過半数をしめる)という制度をつくるほうが、日本のガバナンス向上には役立つのではないかと、最近ますます思っております。これは社外取締役とか独立取締役を否定する趣旨ではありませんが、もし現行会社法の枠組みで何とかするならば、社外取締役と社外監査役からなる独立の委員会を作り、そこを通じて社外監査役の意見を社外取締役にインプットして議決権行使に反映させるような仕組が効果があるかもしれません。

この考え方は私が奉職している会社でのガバナンス委員会での、実験的な試みに似ています。私は社外監査役としてオブザーバーとして社長と社外取締役からなるガバナンス委員会に出席しています。ガバナンス委員会では発言も保証されています。さらに社外役員同士の意見交換会が発足し、この社外役員と社長との懇談会も設けられています。まだ、試行の段階ですが、最近は、こういう仕組がうまくいくかもしれないという感触をもつようになってきました。

それでは皆様、よい年をお迎え下さい。来年が皆様にとって充実した1年となるようお祈りいたします。

2010年9月18日 (土)

佐藤剛氏が伝える米国のコーポレート・ガバナンス論の現状(1)

商事法務から出版された佐藤剛氏の『金融危機が変えたコーポレート・ガバナンス』を読んでいます。

本屋で青い本と表題が目につき、手に取ると、久保利英明先生の序文がついており、それを読んで佐藤さんの経歴にびっくりしました。日立化成の監査委員長をされて、退任後の65歳でUniversity of Southern Californiaに留学。MBAコースとロースクールで米国のコーポレート・ガバナンスを研究され、エクゼクティブとして働いて身に付けたご自身の日本のコーポレート・ガバナンスの知識と経験を重ね合わせて、ハイブリッドガバナンスという提案をされているとあります。この序文に度肝を抜かれ、立ち読みではもったいないと一冊購入し、拝読しています。それにしても、佐藤さんの情熱、すばらしいですね。今は早稲田のロースクールに在学されているようですが、脱帽です。

この本は論文というよりは、ビジネスマンが書く平易なレポート風の内容となっており、在米中に意見交換をされた米国の学者や全米取締役協会(NACD)の方々の写真や交友の思い出などがちりばめられて、大変読みやすい内容になっています。

その本の中でNACDが2008年10月、金融危機直前に提案した『10項目の基本原則』が解説されています。そして金融危機の勃発をうけ、緊急に対応すべき課題として、「リスクのオーバーサイト」、「戦略のオーバーサイト」、「役員報酬の承認」、「ステークホルダーへの説明の透明性」を取り上げ、それについて解説がされています。これらはいずれも非常に興味深いものであり、日本のコーポレート・ガバナンスを考える上でも参考になるものばかりですが、疑問があるものもあります。そこで、私が疑問に思った点をここに記しておきたいと思います。

1.NACDの提案の疑問①-リスクのオーバーサイト

今回の金融危機の原因について、NACDも大方の見方と同じように、米国企業がリスクのオーバーサイト(監視)の実行が伴わなかったことに一因を求めています。リスクのオーバーサイトを実践する前提として、企業のトップダウンでの高い倫理観、法を守る強い姿勢、社内の信頼関係を育む企業文化の確立が必要で、そのような中で取締役会のリスク管理が重要な仕事とされています。ここまではまったく異論はありません。興味深いのはここから先の議論です。

リスクのオーバーサイトの責任はだれがとるのかというと、監査委員会の責任分野と考える上場企業の取締役が非常に多い(67%)と報告されています。しかし、監査委員会のオーバーサイトは財務諸表関係が主で、その他の多くの領域は監査委員会の領域を超えるのであり、もともとリスクのオーバーサイトは取締役会全体の責任範疇なのだから、それを再認識して十分なリスクのオーバーサイトができるように、取締役会の最適構成を維持すべきであると主張しています。他方、執行側のマネジメントもシニア・マネジメントのレベルで責任分担を明確に決めて取り組むこと、リスク・マネジメントの能力を高めることを求めています。

ここまで読んで、リスクのオーバーサイトが取締役会の責任範疇であることを、なんで今さら強調しなければならないのかと疑問を持ちました。また、日本の会社法ならば取締役の監視義務・善菅注意義務からいえば取締役会及び個々の取締役が責任を問われるのは当たり前の話ですが、なぜ監査委員会の責任なのだと多くの取締役が思い込んでいるのでしょうか。

取締役会が委員会を構成してそこに権限を委譲すれば、その委員会に帰属しない取締役たちは、その委員会に帰属する取締役を信頼してよく、当該委員会の構成や活動や結論が著しく不合理でない限り、責任は問われないという信頼の原則が働いていると思いますが、この原則の働く範囲が広すぎて、取締役会の無責任状況を作り出していたという反省はないのでしょうか。つまり、よほどのことがない限り、取締役会は各委員会の取締役にお任せしていればいい=取締役会のオーバーサイトもその程度でよろしい、というかなりゆるい監視レベルの設定がまずいという発想は、ないのでしょうか。

取締役会のオーバーサイトは委員会を通じてなされるが、その構造は、委員会がオーバーサイトし、取締役会が委員会をオーバーサイトし、この順番で監視が要求されるレベル感がおちるということでは、いくら委員会を強化したところで限度があるのではないでしょうか。もう少し細かくいうと以下のようなことになります。

実際、多くの金融機関の取締役会がリスク委員会を設置していたと思うのですが、それが機能しませんでした。金融危機の引金となったCDSやCDOの市場リスクやカウンターパーティリスクを理解するためには、証券化市場や市場一般の動向、商品のリスクの理解、自社のポジションの適正性、取引相手のポジション等を考慮したうえで、的確に現状のリスクを見極める高度の専門性が必要であったことは明白で、いくら委員会を強化しても、こういったことについての高度の専門性と経験がある委員が入っていなければ、うまく機能しないのではないかと思います。

してみると取締役会としては取締役の構成と委員会委員の人選にあたっては、相当な注意をもって行っていることが要求されており、また各委員会の報告についても、取締役会は今までよりも、より精度が高い監視をしなければ義務を果たしたことにはならない、としないと改善にはつながらないのではないかと思います。

また、執行側にリスク・マネジメントの能力を高めることを求めていますが、それはある意味、コインの表と裏のようなものです。つまり、執行側の能力が高まれば、オーバーサイトする側もその能力を高めなければ、有効なオーバーサイトは実行できないはずです。理解できない人間がオーバーサイトできるわけはないのです。

かくして、私は、取締役会の責任=注意義務の範囲はこれまでどおりと変えないで改革したいということなのかと、うがった見方をしそうです。取締役会のオーバーサイトの意味と、信頼の原則がどう働くのかをもっと詰めないと、形式的に委員会に専門性が高そうな人をひっぱってきて、その委員会に属しない取締役はそれで安心ということになりはしないか、と思います。それでは何ら実態は変わらないことになるでしょう。

2.NACDの提案の疑問②-戦略のオーバーサイト

『これまでの経済危機を振り返ってみると、危機の最中では法規制の強化に対応すべくコンプライアンスが重視され、戦略の作成、見直しが後回しにされがちであった。しかし、戦略を見直し、リスクを低減した新たな戦略に果敢に挑戦していくことが危機管理においてより重要である。』(佐藤・前掲76頁)

この記述の意味は何なのでしょうか、危機の中の法規制の強化はリスク回避にむけられており、それに対するコンプライアンスはまさにリスク回避そのものです。この言い方では、コンプライアンスばかりやってないで危機の真っ最中でも戦略をもっとやってやってください、とも受け取れます。

しかし、投資銀行に勤務した経験からいえば、金融危機が現実に始まれば、一刻一刻と変わっていく市場環境の中で「今」を乗り切ることに全力を集中しなければならず、また、それだけで手いっぱいです。その中で戦略を練るゆとりのある会社など、一社もないのではないかと思います。

ただ、危機を察知して証券化商品のリスクを大幅に減らしてダメージを抑えたクレディ・スイスのような例もありますが、それは市場からの危険信号を危機が始まる前に(あるいは皆が危機と思っていないけれども危機が始まっていると考えて)皆よりはやく行動できたということです。

したがって、重要なのは、危機のさなかにコンプライアンスに目をうばわれずに戦略をねることではなく、危機が発生する前に、リスクを察知し、適正に評価して、戦略を作成して実行していくことです。その際に、法令等遵守ができないことにより発生するスクを適切にコントロールするコンプライアンスの意義はいささかも変わらないし、変わってはならないということだと思います。もし、NACDが戦略立案をコンプライアンスの上位においているとしたら、私としてはそのアプローチには異議があります。

結局、ここでも重要なのは、リスクをどのように正確に認識するかという点です。金融危機の場合は、CDSやCDOというリスク商品がリスクがみえない形で市場に大きく拡散することによる落とし穴と、不動産バブルの崩壊が証券化市場と市場全体に与える影響を正確に見定めることであったと思います。正確なリスク認識なくして、戦略はつくれません。となると、戦略のみにフォーカスした主張は、本質的な部分で誤った対応を招くと考えます。

3.NACDの提案の疑問③-役員報酬の承認

取締役の88%がCEOの報酬はあまりにも高額で、報酬の格差が拡大していることに懸念が表明されています。これを是正するために、役員報酬の方針の明確性、公正性、透明性を図ることがあらためて主張されていますが、これらは昔から主張されていることであり目新しくありません。また、報酬委員会が独立取締役で構成されるべきことも新規性はありません。人材の社内育成という点もそうです。

Say on Pay(役員報酬の公開と株主総会での議決)については、そういう会社が2006年の4件から2008年の72件に増えたとレポートしていますが、それについての考えをNACDは明らかにしていないようですし、これを原則とすべきだとも主張していません。

金融危機でダメージを大きく受けた企業では、独立取締役とはいってもCEOのお友達にすぎなかったことが今回の金融危機ではっきりしたとさまざまなところで批判されているわけですから、いくら独立性の強化を叫んでも限度があるのではないかと感じています。それではなぜ別の形での統制をおこなわないのでしょうか。NACDの主張は物足りないし、対応として不十分ではないかと思います。

もしかしたら、米国には株主に対する不信感があるのかもしれませんね。あれだけ個人の利益追求を良しとする文化ですから、株主に大きな権限をあたえると、より短期の利益を追求する利益相反問題が深刻になると思っているのかもしれませんね。

4.NACDの提案の疑問④-ステークホルダーへの透明性ある説明責任

より透明性のある説明責任をはたすため、質の高い情報の公正な開示、説明方法に電子的情報公開をよりすすめることが必要とされており、まったく違和感はありません。

ただ、金融危機のような事態は、「あぶない」と警告する市場参加者がいた一方で、たくさんの金融機関が「だれも動かなかった」という事情があります。それはなぜなのか。株主でさえ、また機関投資家でさえ迅速に動くことを求めなかったのですから、これは情報開示の問題だけで解決されないものであるように思います。人間行動の不思議さがからんでおり、行動科学に基づいた何らかの知恵や解決がいると感じています。

先日、テレビをみていましたら、こんな実験をしていました。

1人の学生を部屋によび、学力のテストを始める。5分くらいたつと部屋に煙が入ってくる。学生は最初戸惑うが、煙が入り続けるのをみて、すぐに部屋から出ていく。これを5~6人の学生を集めて行う。最初はみな戸惑うが周りを見て誰も動かないで、もくもくとテストを続ける。煙がどんどん入ってきても部屋から出ようとはしない。ときどき不安そうだが、自分では席を立とうとしない。

今回の金融危機とそっくりですね。この人間行動をどう抑制するシステムをつくるか、考えるべきではないでしょうか。

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いずれにしても、佐藤さんの本は非常に興味深く、この他にもエージェンシー理論とスチュワードシップ理論、ハイブリッドガバナンスの考えなどについても思っていることがありますが、これは次に書きたいと思います。

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