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2015年11月11日 (水)

五郎丸の言葉をきっかけに「現在を変える」を考える

NHKの番組に出演していた五郎丸が、ワールドカップラグビー日本代表選手の強化過程で感じたことを3つの言葉で言い表した。その中でもとても印象だったのは、五郎丸が語った元日本代表ヘッドコーチ、ジョン・カーワンの次の言葉だ。

「現在を変えられなければ、未来は変えられない。」

五郎丸はおおむねこう語った。「ある日、ジョンが皆に、『お前たち、過去、現在、未来のうち、変えられるものはどれだ。』と聞いたんですね。『過去は変えることはできない。でも未来は変えることができる。』というと、ジョンは『ちがう。まちがっている。』といったんです。ジョンは『現在が変わらない限り、未来を変えることはできない。だから今やっていることに集中して、どうしたら勝てるようになるかということに、今集中することが大事なんだ。それができない限り、絶対に未来は変わらない。』といったんですね。その言葉は自分の胸にとても残りました。」

もう一つ、五郎丸が語った印象に残る言葉は、こうだ。

「日本人が強いフィジカルをもてないというのは、常識ではない。」

「日本人は強いフィジカルを持つのは無理だから、足でかせぐというのは常識と思われていたし、今でもそうだけど、そんなことは絶対にありません。そういうのを常識と思い込んでいたにすぎません。」と五郎丸は語った。

現在をどう変えるか、それを本気でやらないと未来が変わることがない、というのは当たり前であるが、しかし、我々はそれをしばしば忘れるものだ。現在の課題をきっちりとこなしていかなければ、未来は変わらない。これは経営にとっても当たり前であるが、しばしば忘れられている話だ。

私がそれを特に思うのは、日本企業では、対外発表する目標数値とちがう対内目標数値をしばしばもっているという事実を考えるときだ。対内目標数値はいわば企業が最大のパフォーマンスを発揮したときの数値で決して虚構の数値ではないが、それより実現が可能であろうと思われる数値を対外的に発表する。これに気づいたとき、外資系でずっと働いていた私には大きな違和感があった。外資系では別の数値を対外発表することなどないからだし、弊害があると直感的に思った。そして今はそれは確信に変わっている。ちょっと、話は長くなるがこういうことである。

「社内的な経営目標数値は少し対外発表目標数値を上回っているし、社員には社内目標を達成することを求めて皆が頑張るのだから問題はない。」と、どうも経営者は思っているようだ。だが、社内目標数値が達成できないほうが多いなら、問題を育てるだけだということに、どれくらい経営者は気づいているのだろうか。

法律家としては、そもそも上場企業のディスクロージャーとしていかがなものなのか、かねてから疑問に思っている。社内的な目標数値を経営者が決めているならそれが重要事実であって、それと異なる数値の対外発表を行うのは、達成できなかったときの批判を避けることのみを目的とするものであり、それ以外の目的はない。株主や市場に対して不誠実だし、不適切なディスクロージャーにならないのかという点についても疑問は払拭できない(違法とならないという理屈はたつであろうが、不適切感は残る)。

それ以上に問題なのは、社内目標数値には届かないが、対外発表数値には届いている(あるいはほぼ達成している)という場合におこる意識の問題だ。どういうことが起きるかというと、当然、株主やアナリストからは文句はでない。対外発表数値を達成した、あるいはそれに近い業績を残したということで、よくやりましたねということになるし、それがラッキーなことに3年も続くと経営者としてすばらしいという話になりがちだ。経営者はほっとし、社内もほっとする。その結果、ベストパフォーマンスの象徴である社内目標を達成できなかった原因の分析はおろそかになる。商売のやり方が変わることもない。社内目標数値が達成できなかったことに対する信賞必罰もない。経営者も特に責任もとらないし(とるインセンティブが働かない)、従業員も責任を感じない。企業において「責任」という言葉の空洞化が始まるのだ。

また、経営をしていれば、対外発表数値は何とか超えそうだ(あるいはかなり近い)とある程度事前にわかる時期、俗にいう着地点が見えてくる時期がくる。そうすると、それがわかったとたんに、今やっていることを変えようとしなくなる。そこでさらなる改善は一切消え、社内目標を達成しようとするモチベーションも消える。それだけでなく、社内目標を達成できなかったことに対するくやしさという気持ちは、まったく生まれてこない。社内目標はどこかの時点で単なるお題目となる。目標達成のため、現在を変える最善の努力をしようという気持ちはどこかへ行ってしまう。

おわかりだろうか。責任感も現在を変える気持ちも失せれば、未来が変わるわけがない。ベストパーフォーマンスではなく、まあまあの結果でつねに満足し、誰も責任をとらない社内カルチャーだけが残っていくだけなのである。社内目標が達成できなくなってもいいじゃないかという意識が、「無意識」のうちに経営者にも従業員にも植えこまれていく。その結果、本来企業がもっているポテンシャルはじわじわと奪われていく。そういう企業には、社長がいくら5年先、10年先の未来の企業像を語っても、そのような姿になることは不可能だ。

日本代表のヘッドコーチに就任したエディ・ジョーンズは、ワールドカップ最低1勝、準決勝リーグ進出の目標を当初から掲げ、対外公表した。それを達成するために、日常のトレーニングから徹底的に見直した。まず、日本人は強いフィジカルを持つのは無理だ、という「常識」に挑み、選手に苛酷な肉体改造を求めた。4年間、首と背筋というスクラムとタックルを行うのに重要な部位に徹底したウェイトトレーニングを施した結果、日本代表の筋力は外国代表選手から若干見劣りするレベルまで鍛えあげられた。まさに、常識と思われていることを疑い、現在を変えることにより、未来を変えたのだ。ワールドカップで見せた日本代表の力強いスクラムとタックルは、その準備の成果を如実に表し、自分よりランキングがはるか上の南アと強豪サモア、さらに米国を打ち破って3勝という輝かしい記録をうち立てた。残念ながら3勝したのに準決勝進出ができなかった初めてのチームということになったが、世界が日本代表チームを賞賛し、認めた。

経営者にはなぜそれができないのだろうか。私も、「ラグビーのようにルールが一定している世界では、現在だけフォーカスしてればいいのではないか。10年先未来なんて考えなくていいのではないか。だから経営とはちがうのではないか。」と考えた。というのも、経営の世界ではルールが変更になることはたくさんあるからだ。しかし、経営の世界でのルール変更など、規制が大幅な変更にならない限り、企業行動を大きく強制的に変えたりビジネスに致命的な打撃を与えるものではない。独禁法や金商法の課徴金制度導入は企業行動に大きな影響を与えたが、そういう大きな規制の変更はやはり20年に一回程度しか起きていないのだ。そんなことはスポーツの世界でもある話だ。スキージャンプなんてその典型だろう。強い日本をへこますためのルール改正であったが、それを乗り越えて日本スキージャンプ界は復活してきたのだ。体操競技もしかりであるし、11人制ラグビーでもしかりだ。やはり、経営者にいい言い訳はない。

尊敬されている経営者は未来を語る。日本人、あるいは日本のマスコミは特にそういう経営者が大好きなのである。そして私たちもそういう方々のビジョンを伺い、中長期を見通す経営の重要性をしばしば聞かされ、なるほどと思う。しかし功を成し遂げた方はある意味、もっとも旬な時期は過ぎているのだ。それに未来のビジョンは確かだとしても、それにしたがって5年後に企業を大きく成長させられる経営者は少ない。ビジョンを聞いて我々は大きく業績をのばしました、なんていう経営者にはそう簡単にお目にかからない。結局、将来像が描けても、今現在をどう変えていくかということにフォーカスできなければ、大きな企業成長はおこらないし、起こりうるはずもないのだ。

大きな成長を実現するリーダーはまちがいなく、「現在」を変える努力を惜しまない。今、やっていることのパーフォーマンスを上げることに注力する。言行一致、対外発表も対内目標も同じで、「現在」を変えようと最大の努力をし、万一、数値が達成できなければ批判や責任をとることを恐れない経営者がいてこそ、従業員も「今」に真剣に取り組む。経営者がそれを望めば、それは起こりうることである。しかし、経営者が現状維持でいいと思えば、そうなるだけの話である。

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