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2015年10月15日 (木)

責任者、撤退ルール、責任の取り方を決めるのは経営の要

私は株式会社オートバックスセブンという上場企業の社外監査役を7年間務め、いま、8年目の最終の年を過ごしている。この間、多くの社内役員・社外役員とかなりの数の案件を経営会議や取締役会で議論してきた。それは非常に貴重な体験であり、経営に対するさまざまな見方、リスクに対するさまざまな視点があることを学ばせていただいた。この機会を与えてくれたことに、深い感謝の念をもっている。

特に私が啓発されているのは、社外取締役の島崎憲明さん(元住友商事代表取締役副社長)、同僚社外監査役の清原敏樹さん(元三井物産テクノプロダクツ代表取締役社長)、坂倉裕司さん(前GCAサヴィアン株式会社チーフ・デベロップメント・オフィサー、元日商岩井証券株式会社代表取締役社長)の総合商社(およびその子会社)の経営者出身の3名の社外役員である。

現代の総合商社は、投資会社である。その実態は物を動かすことを前提とする大小さまざまな投資活動をグローバルの規模で行っており、政治的、地政学的、法的リスクの高い国でも多数の投資経験をもっている。その投資活動に長年従事し、組織を効率的に動かし、投資を成功に結び付けるためのポイントの見極めを磨いてきた3人の意見はするどい。

彼らが指摘するさまざまなリスク管理の視点や発言は、弁護士として内部統制・リスク管理に長年取り組んできた者をなるほどと首尾させることが多々あるが、 特に、「プロジェクトがうまくいかなかったときのエクジット・ルールはどうするのか」、そして、「プロジェクトの責任者はいったい誰なのか」を決めるこ と、さらには、「プロジェクトが失敗に終わった時の責任はどうとるのか」および「失敗したプロジェクトは何が原因なのかを分析し全社にフィードバックする」というルールを定めるべきであるとの指摘は、経営責任者の経験ならではであると思う。順番に述べていきたい。

プロジェクトのエクジット・ルールを一般的に定めている事業会社は少ないであろう。しかし、案件ごとに、業績が想定どおりにいかなかった場合に、どのような条件をみたぜばエクジットするかというルールを策定することは、経営にとって重要である。その理由は、私が考えるところ、3つある。

第一は、プロジェクトに対するだらだらとした追加投資や損失の拡大を防止することである。投資を開始するにはそれなりの理由がある。またそのプロジェクトを企画し遂行する担当役員や担当部長の思い入れやメンツもある。予想していなかったリスクが発生することもあるであろう。しかし、投資継続、拡大はあくまで合理的な予測と計画のもとで行われなければならない。その検討が甘ければ取締役の善管注意義務に違反する可能性があるだけでなく、会社資産の減少につながっていく。長くほっておくと処理コストもあがっていく。ずるずると損失が拡大していくということをいくつもの上場企業が経験しているが、それは多くの場合に一度始めてしまったプロジェクトからの撤退のタイミングを見誤ったり、担当役員への遠慮があったりする場合が多いように見受けられる。それを防止するためには、投資開始当初からエクジット・ルールを定めていたほうがよい。

第二は、特にプロジェクトに相手方がいる場合には、エクジット・ルールを定めて、かつ、それが発動できるように契約書に盛り込んでおくことが必要であるという点である。例としてわかりやすいのは、製造業におけるジョイント・ベンチャーである。少し長くなるが、私の経験からこの点を解説する。

私が経験した北米における自動車部品関連の製造JV(圧倒的に北米日系メーカー向け部品の製造販売を主目的とするもの)はすでに20年から25年前の例ではあるが、JV契約にエクジット・ルールが明確化されていないものが多かった。債務超過が清算となると書いてはいるが、その前提としてJVのオペレーティング・コストを補うためのJVパートナーからの貸付ルールや追加出資ルール、債務超過がどの程度続けば清算決議をすべきなのかという点や、清算の場合の損失の分担、事業継続が必要な場合には相手方からの買い取りについての買取価格などについてのルールが、明確に定まっていないものが多かったのである。

JVの目的から日系部品メーカーは受注モデルの生産が続く限り、受注モデル向け部品の製造をやめるわけにはいかないという事情(その他、取引先との関係やローカルコンテント維持などさまざまな要素があった)がある場合が多く、相手方からどうしても持分を買い取り、生産を継続していかなければならない。そこで弱みにつけこまれ、相手方にごねられて、企業価値にまったく釣り合わない価格で買い取らざるを得ない事態がしばしば起こっていた。その結果は、追加投資額と処理コストを含めて、投資回収に20年もかかるような案件となってしまう。最悪の場合には、損失を拡大して子会社となったJVが清算に追い込まれる。それが原因で親会社本体までおかしくなり、身売りしなければならなくなった部品メーカーもあった。

このようなリスクは予想されるので、当時から清算のメカニズムや株式買取の際の処分価格の決定方法など、明確な取り決めをすべきであるとアドバイスしていたが、「これからJVをつくるときに離婚のことを考えるのはできない。」、「相手方を信頼しているのだから、そんなことは交渉できない。」と、極めて日本的な対応を依頼者からされたことを今でも鮮明に思い出す。ところが、米国ではまさに結婚するときに離婚を想定して火花をちらすような交渉を行うこともしばしばであったのだ。そのためのアイデアを米国の弁護士はもっていたが、ことごとくアドバイスは無視されたのである。

営業赤字が3年続けば清算するというルールがあったとしても、それが契約書におちていないと相手方に対して強制はできない。処分価格の決定方法もよくよく考えておかないと相手方がごねていつまでたってもうまくいかない。人質をとられているような状況だから思い切った動きができないのだ。こうしたことを防止するために、エクジット・ルールを定めて細部まで詰めて契約書に落としておかないといけない場合もあるのだ。

第三に、投資として成功なのか、失敗なのかを明確にする基準を設定することで、投資活動そのものに自律性をもたせるということである。つまり、撤退基準を明確にすれば、売上予測や一般管理費・営業利益予測は現実的か、甘くはないか、リスクの見落としはないかといった点を、企画する者が一層精査するようになり、投資活動に自律性が生まれるのだ。新規投資を企画する者は、いったんその計画を策定するとなかなか止まらなくなるという特性がある。事業に対する熱意があればあるほど、熱意が熱病になり、しっかりした見極めが十分できていないということが起こり得る。投資計画の現実性・合理性を担保するためには、エクジット・ルールを定めることをルール化する意味は大きい。

次に「プロジェクトが失敗に終わった時の責任はどうとるのか」というルールについてである。これを指摘されたときには、正直、「さすが生き馬の目を抜く環境でやってきた人のいうことは厳しい。」と思ったが、しかし、考えてみると、これはガバナンス上当たり前であり、かつ機能するルールなのだ。

失敗に終わったときに、すぐに責任を取らされて降格というルールもあるだろうし、ストライク3までは見逃してやるというルールもありうるだろう。重要なのは、このようなルールがあることで、さきほど述べた投資活動の自律性を高めることにつながるのだ。人間、誰しも投資が失敗に終わったときには、それなりの責任を問われるということが最初からわかっていれば、少なくともやるべき精査はやるようになる。もし、責任を誰もとらないということを放置しておけば、会社という組織は腐食していく。責任を取らない上司のもとで働いた人間は自分も責任をとらなくなる。ガバナンスが機能しなくなっていくのだ。

「失敗したプロジェクトは何が原因なのかを分析し全社にフィードバックする」ことの重要性もしかりだ。周囲は失敗に終わった投資活動から、自分が責任者となったときにはその失敗の轍を踏まぬためにどうすべきかという重要なポイントの理解に努めるようになる。社内に「失敗の教訓」の蓄積が起きることは、同時に「取るべきリスクは大胆にとってもいい」という自信につながるだろう。投資活動のPDCAサイクルをまわすことは投資活動の自律性を高め、成功率をあげていくことに寄与するだろう。

3人の元商社マンから啓発された点は大きいが、最後に私が付け加えたいことがある。それはコーポレートガバナンス・コード原則4-2「経営陣の報酬について、中長期的な会社の業績や潜在的リスクを反映させ、健全な企業家精神の発揮に資するようなインセンティブ付けを行うべきである。」、補充原則4-2①「経営陣の報酬は、持続的な成長に向けた健全なインセンティブの一つとして機能するよう、中長期的な業績と連動する報酬の割合や、現金報酬と自社株報酬との割合を適切に設定すべきである。」、および、原則4-3「適切に会社の業績等の評価を行い、その評価を経営陣幹部の人事に適切に反映すべきである。」の3点が責任ルールと同様に重要であるということである。

投資活動は中長期にわたることが多い。成功したときのインセンティブ付けは、失敗したときの責任の取り方と表裏一体である。責任ばかり問うのでは十分でない。成功のインセンティブこそ人の活力を生む。このことも経営者は忘れるべきではない。

【追記】

責任者を決めるということについて書いていなかった。誰がプロジェクトの最終的な責任をとるのかは、所管部署が複数にまたがるときには往々にしてあやふやになる。うまくいったときにはその功は我にありと主張し、うまくいかなかったときにはその責任については誰もが知らんぷりということが起こりかねない。これは、投資行動の自律性に対して決定的な障害となる。最終責任者は誰なのかを明確にしておくことは、エクジット・ルールを定め、責任の取り方を決めておくこととともに、投資行動の自律性を確立する上で極めて重要である。

あたりまえじゃないかという向きがあるかもしれないが、自社の投資について上司がちゃんと責任をとったことがあるかをよく思い出せば、考えを改める方もいるであろう。日本の組織の最大の弱点は「責任」をとらないということである。それは会社だけでなく、地方公共団体、国、スポーツ団体など、ありとあらゆるところに見られる。これを「ガバナンスの欠如」と喝破したのは、久保利英明先生であるが、まさにそのとおりである。また、最終的な責任をとるべき人間が社長であることは自明の理だが、社長が責任の取り方を知らないことも多々見られる(欧米でも引導を渡すのは社外取締役の役割だから自らとるというのは成功体験ある人間にとっては大変なことだ)。経営者たるもの、「責任」という言葉の理解が必要であろう。責任の取り方が抽象的であるわけがないのである。

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