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2011年10月に作成された記事

2011年10月12日 (水)

経済学者は東日本大震災の広域性を軽んじているのか?

金融法務事情1931号が発売されました。同号に「東日本大震災の被災企業に対する復興ファイナンス」という論文を書いています。せひご一読下さい。

右論文の問題意識は、東日本大震災における被害の広域性と破壊の深刻性です。沿岸部500Kmにわたる主要市町村がすべて津波で被災しています。これは今まで経験した広域災害をはるかに上回るものであり、これまでも高齢化や縮小傾向があった東北経済とコミュニティーが、津波により壊滅的打撃をうけているという事実をどう受け止め、法政策に反映させるべきなのか、という問題意識です。この点、私は被災地から少し離れた場所では経済活動が正常に行われていることを前提として正常時の物差しで計ると、東北大震災の対応を決定的に誤るという認識にいたりました。この認識は数度にわたる被災地訪問と、被災事業者の現実の認識、被災事業者と支援者・政府関係者・自治体関係者・政治家等との対話、思考を繰り返した結果、たどりついたものです。

しかし、このような認識は共有されているわけではありません。それが政策を誤らせます。本年10月10日の日本経済新聞の経済教室「経済学から見た二重債務問題」をみて、経済学者でも被害の広域性、それによる経済の分断をいまだに過少評価していると痛感しました。

当該記事では、実行すべきではないローンを実行する「第2種の過誤」の問題を論じています。すまわち、「関東大震災時の震災手形の経験からも分かるように、震災後の資金繰り支援策は、それ以前から事業不振状態にある企業の延命策となる危険がある」し、実行すべきローンを実行しないという問題を防ぐ政策が行き過ぎると不良債権を増加させ、将来に禍根を残しかねないので、その轍を踏まないという原則が強調されています。政府は、この原則に忠実で、事業不振状況にあった被災企業には救済の手をのばさないという原則でしばられて行動しているとしか思えない政策ばかり打ち出してきます。

この論考の主張は、たしかに影響度が阪神淡路大震災のように幅1km、長さ20kmの限定された激災地区の復興が問題であれば、そのとおりなのでしょう。地域が限定されていますし、つぶれる企業があっても大阪などから新しい資本がはいって、やがて経済は立ち直ります。阪神・淡路大震災のその後は確かにそういう経過をたどりました(しかし、それでも元にもどるには10年近くかかっています)。

しかし、東日本大震災にこの考えを適用すれば、東北沿岸部の東相馬、相馬、名取、多賀城、東松島、石巻、女川、気仙沼、陸前高田、釜石、宮古などの主要市町村のかなりの企業は救済対象から抜け落ちます。これらの都市の経済はほぼ壊滅状態です。それまで経済的につながっていたところは、すべて分断され、小島小規模経済が点在しているだけの状況になっています。こんなところに今までの考え方を適用したら、赤字基調の企業が多い東北では大半の企業は倒産または廃業です。経済学的・政治的にそれでいいわけがないと思います。これだけの広域がやられている場合には、一時的にはばらまきとなっても復旧をさせキャッシュが回る状態まではもどしてやらないと、すべてがだめになる可能性が高いと思います。

私には、記事をかいた内田浩史神戸大教授と植杉威一郎一橋大准教授は、東日本大震災のインパクトを正確に評価しないまま従来の理論をおうむのように繰り返しているとしか思えませんが、問題は経済学者だけでなく政府・民主党がこのような考え方から抜け出せないという点にあると思われます。

林敏彦同志社大学教授は「大震災の経済学」で阪神・淡路大震災についてこう論じています。『緊急対応としていかに重要であったとはいえ、ボランティアや救援物資が作り出したのは市場経済に浮かぶ「贈与経済」という小島であった。これからの経済的復興はやはり高度に発達した市場経済によらなければ不可能である。復興の第一歩は贈与経済から市場経済への転換をスムースに成し遂げることである。』

しかし林教授はこうも指摘しています。『私が過少評価していたこともあった。震災からの復興過程では、自力復興が可能な人と自力復興が不可能な人との格差が開くという事実だった。災害は社会の最も弱い部分を攻撃する。最も弱い立場の人々が復興を遂げていくには、共助や公助の仕組みが不可欠である。』

こうして、林教授は、東日本大震災があらゆる意味で阪神・淡路大震災を凌駕しており、その復興費用は総額で33兆円をこえると推定し、零細企業が大多数の東北の実情を考慮して使途自由な復興基金を県単位で1兆円の規模で設立することを提唱するのでした。市場経済に転換するまでの緊急時期における共助、公助の対応を真っ先に実行していき、正常な市場経済への転換を促すという復興の政策として一貫している立場といえましょう。

経済教室記事は、今回の震災の規模や被災地の状況の正確な評価のうえにたっているとはいえません。いまだ非常事態であるなかで正常時の物差しで支援対象企業の範囲を絞る主張など、政策としてまったく賛同できません。今、必要なのは公助の仕組なのだということを認識する必要があると思います。

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