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2011年5月 8日 (日)

地域別震災復興支援ファンドと事業再生手法(2)

地域別震災復興支援ファンドは、どのようなストラクチャーにすべきでしょうか。このファンドの投資対象たる被災企業が所在する地域の特性を考慮すると、ファンドの資産(サイズ)もさまざまとなることが予想されます。であるとすれば私募ファンドとして地域の実情に応じたファンドのサイズを目指すべきでしょう。仙台市のような大都市であるならば資産百億円単位のファンドもありうるかもしれませんし、陸前高田市のような地域であるならば数億円から数十億円レベルのファンドサイズとなるかもしれません。要するに地域の実情に応じて、対象となる企業はどの程度あるのか、またどの程度の資本投下ができるのかを考慮して設立することになるでしょう。したがって、公募ファンドではなく、私募ファンドとならざるを得ないわけです。

金商法上の私募ということになると、適格機関投資家である銀行や資本金5億円以上の株式会社で金商法上いわゆるアマ成りを選択していない企業や、特定投資家ではない(一般投資家である)企業や個人の投資家の合計49名以下しか勧誘できないものであることになります。また、ファンドの構造はファンドの実際の運用をつかさどるため匿名組合の形態をとり、営業者として投資経験が十分ある企業ないし当該企業の設立する特別目的会社を無限責任業務執行匿名組合員とし、適格機関投資家や一般投資家には有限責任匿名組合員として出資してもらうことになるでしょう。その場合、ファンドの種となるシーズマネーはまず地元金融機関に出資してもらうことになるでしょう。複数の金融機関から一社あたり数千万円~数億円を出資してもらい、残りは地方自治体や、被災地に縁の深い企業、被災地出身の社長がいる上場企業や地元の有力な資産家に出資を求め、当初の目標とするファンドの資産を形成します。そして公募投信たるマザーファンドがこのベビーファンドに投資を行います、しかし、マザーファンドの形成には法的な問題や設立の実務上の問題をクリアするのに時間がまだかかるので、それができるまでは、ベビーファンドの資金で活動を進めていきます。

このファンドの投資対象は、被災のためバランスシートが大きく痛み、設備が損害を受け、キャッシュフローが入ってこなくなっている企業です。しかし、被災地にはその地域の基幹産業である業種を営む企業もあれば、基幹産業に製品・商品を供給している企業や観光・ホテル・外食のようなサービスを営む企業(「すそ野産業」と仮にいっておきます)もあるでしょう。どの業種のどのサイズのどのような企業を投資対象にするのかについては、このファンドの目的からみて、地域経済が立ち直るうえでもっとも重要な基幹産業にまず優先的に投資することが、結局は基幹産業に関連しているすそ野産業に属する企業に仕事とキャッシュが回ってくることになると考えられるので、基幹産業とならざるを得ません。

問題は、基幹産業だけでも復興に時間がかかりそうなのに、その間にすそ野産業に手を差し伸べないとすその産業そのものの存続がだめになってしまう恐れがあることです。優先順位は基幹産業でも、その周りにある産業にも投資の金がいくようなバランスのある投資が必要です。ただ、ここでいうバランスのある投資とは本来の投資の世界とちょっと違います。同一地域で、基幹産業に頼っている周辺産業に投資しても、なんらのリスク分散にはならないからです。基幹産業が倒れれば周辺の産業もだめになるというリスクの高いファンドが震災支援ファンドなのです。したがって投資してくれる団体や個人は、そのようなリスクを理解したうえで投資していただくことになります。

こうしてみると、地域の産業が復活するのに基幹産業またはすそ野産業に属するどの企業に投資していくべきかは、地域のことがよくわかっている者のアドバイスが営業者にとっては重要であることに気づきます。そのような知識経験を持っているのは、地元金融機関がまず第一でしょう。そうすると地元の金融機関は出資者であると同時に投資助言の役割もになうべきことになるでしょう。しかし、通常、地銀や信用金庫は金商法上の投資助言業登録はしていないと思われ、ファンドとの投資契約を結ぶことができないことになります。他方、地方自治体の産業振興担当部門や、事業再生事業に従事する企業で当該地域についての知識経験のあるところは、投資対象の選定について有益な助言ができるでしょう。そこで、これら団体が投資をしているとすれば、金融機関も含めた投資家たるこれら企業・団体をメンバーとするアドバイスを任務とする委員会を匿名組合の中につくって営業者にアドバイスすることが考えられます。金商法上の投資助言ということになると面倒なので、立て付けとしてはあくまでアドバイスをする委員会ということになるでしょう。

さて、ファンドの戦略は何でしょうか。正直いってリスクだらけのファンドです。戦略は、まず資本投下によって設備と雇用を確保して震災前の通常のオペレーションに戻る段階(第一段階)、次に企業として価値を高めていく段階(第二段階)、さらに投資家がexitする段階(第三段階)の3つのフェーズを検討すべきでしょう。どの程度の期間で達成していくかですが、第一段階は2年~3年、第二段階はその後3年~5年という期間でしょうか。第三段階で配当を出すには投資先企業の収益次第ですが、もしあらかじめ定める目標収益値を上回るリターンを出したら、ファンドを運営する無限責任匿名組合員に対する報酬についてボーナスを出すようなストラクチャーをもってもいいと思います。そして、高配当が現実に達成されても、設立後15年以内の配当については配当所得として算入する必要がないという祖税法上の特別措置をとれば、投資インセンティブを与えることができます。

次に投資対象となりうる企業には、どういう条件をつけるべきでしょうか。まず復興に強い意欲をもつ経営者と従業員がいる企業であることは大前提です。次に、復興によって少なくとも第一段階、第二段階の計画を描ける企業でなくてはなりません。この計画の実現可能性をあまり強く要求すると投資する先がなくなってしまいます。基本的には、被災前の売上、利益、ビジネスの成長ぶり等を考慮しなければなりません。しかしこのファンドは基本的には復興への意欲にかけるファンドなので、たとえ被災前の収益状況がよくなくても復興への希望がもてるならば対象からはずす必要はないと思います。

投資対象となる経営者は、このファンドは投資ファンドなのだということを忘れてはなりません。一定の条件を満たせば、どのような企業でももらえる公的な交付金や補助金とは性格がちがうことを、理解すべきです。投資の対象として善意あふれる投資家に答えるため、ちゃんとした復興計画を示し、それを実行することのできる強い意欲がある経営者と従業員の塊でなければなりません。そして、具体的な目標をたてることです。ある会社はファンドの第三段階での上場をめざし、またある会社はそこまでは無理でも第三段階でのROE7%を実現する、といった投資家に投資意欲をわかせるような目標がいるのです。これなくして投資ファンドは成り立ちません。被災しており右も左もまだわからない現状でこのことを語るのは厳しいかもしれません。しかし、運営にあたる無限責任匿名組合員たる企業は投資家に対して、投資について善管注意義務を負っているのです。そういう計画も語れない企業に投資できるわけもないという現実を受け止めなければなりません。

もし、そうではなく単に補助金がほしいならば、それは災害救助法23条1項7号の生業に必要な資金・現物の給付を強く国に求めていくべきでしょう。この点については、従前のエントリーでご紹介した兵庫県弁護士会が経済基盤が脆弱な事業者に対して適用すべきことを指摘しているところであります。実際、同条の生業資金の給付はファンドの投資対象とならならい事業者の最後のよりどころです。また、これまた前のエントリーで述べた震災復興基金を県が設立してその基金からの交付金を当てにすべきでしょう。ただし、阪神淡路大震災の震災復興基金やその他の制度貸付で現金交付しても、兵庫県では倒産率が震災発生2年後からは全国平均を上回っているという現実を想起すべきです。単純に現状にもどすためのカンフル剤としての現金給付や貸付だけでは、生き残ることができない厳しい現実があるのです。これを乗り越えていくためには、中小零細業者は助け合って皆でアイデアを出し合っていかなければなりません。たとえば、ファンドの投資対象となるべく、残された会社資産を利用して新たな共同事業を同業者が団結してできないかどうかなど、文字通り統合化して皆で起業していくような努力が要求されるでしょう。そのために、企業再生のプロである中小企業事業再生機構等が企業を支援しアドバイスをしていくのです。

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