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2011年5月18日 (水)

東電に融資する金融機関の債権カット議論の非論理性について

原発事故の賠償をめぐる議論で、枝野官房長官が金融機関の東京電力に対する貸出債権の免除が必要との見解をのべて、各方面から厳しく批判されていることはご承知のことと思います。私も最近始めたTwitterで「おばかな官房長官が銀行株を数兆円下げてしまった」とけなしました。市場関係者からは東証の斉藤社長をはじめ、マスコミも含めさまざまな方から、思慮がないと厳しく指摘されました。

市場にかかわる者からは、枝野さんや仙石さんのような国民受けするかどうかということをのみバロメーターにものをいうのはよくないというのが共通した理解だと思ってました。(だいたいこの二人は弁護士ですから、法的に筋が通らないことをいっていることは承知しているはずで、確信犯的に市場をかく乱しているのではないかと疑いたくなります。)

ところが、市場関係者で有名な佐山展生さんがTwitterで、「東電問題は、本来リスクを取りお金を出した金融機関、社債権者、株主等が先ずそのリスクに応じた損失を負担すべき。電力株だからといって特別扱いするのであれば上場すべきでない。その認識を確認した上で、東電、安定電力供給システムのあり方につき議論すべき。企業再生支援機構の活用も要検討。」とつぶやいているのを発見しました。正直、びっくりしました。

この短い文から佐山さんの真の意図を測るのは難しいですし、誤解もあるかもしれませんが、そこにあるロジックには、やはり問題があるので議論しておきたいのです。

まず、金融機関は、なぜ原発事故で莫大な賠償責任を負った東電に対する貸付債権を免除しなければならないのでしょうか。

倒産法の秩序の下では、有効に存在する債権は倒産法秩序のもとでしか不利益に取り扱われません。すなわち、会社更生、民事再生、破産という手続の中で、担保権付債権か否かで違いはあるものの、債権額カットは一定の手続で決定されるが、法律上の優先劣後の中でも債権者平等の原則が支配するのであって、手続外でこのような取り扱いを強制することはできません。このような取り扱いはあくまで債権者と債務者の合意によるしかありませんが、金融機関にとってみれば、預金者の資産を預かっており健全な経営を行わなければならないという業法上の義務からいっても、取締役の善管注意義務及び経営判断原則からも、さらに回収不能債権には引当金をあてなければならないという事情からも、合理的な理由がなければ免除はできません。これは法律の立て付けからそうなっているのです。

それでは佐山さんのいっている「リスクをとりお金を出した金融機関」というのは何を意味するのでしょうか。金融機関は確かに信用リスクをとって貸付をしています。その貸付の判断となるのは、上場会社であれば有価証券報告書などの法定の開示書類や、貸出先からの聞き取りの情報、市場における分析等などで、さまざまな情報をベースに信用リスクを評価して与信判断を行っています。しかし、福島第一原発の津波への脆弱性のリスクや原発そのもののリスクというものは、東電の開示書類に記載されたことは皆無なのです。

それでは、金融機関は福島第一原発の危険性を知りえたのでしょうか。だいたい金を借りたい東電が原発は危険だというような情報を金融機関にいうわけもなく、金融機関も知りえないことであったのが実態で、金融機関が福島第一原発のリスクを認識しあるいは認識できる可能性がありながら貸し出したということは、非常に困難でしょう。なにせ多数の原子力の専門家をそろえていた政府からして、原発は安全という立場だったのです。ですから、金融機関は他の一般債権者と同程度の認識しかなかったというべきです。つまり、一般債権者よりも金融機関が不利に取り扱われるべき理屈はなりたちません。すなわち、債権の取り扱いという意味では、福島第一原発事故で東電に対して損害賠償請求権を有している多数の福島県民や企業・団体と同じ地位にあるのです。

それでは、社債権者はどうでしょうか。社債権者も東電の信用リスクをとっているのですが、彼らが信用リスクをとるかどうかの判断の第一の資料となるのは、有価証券報告書等の法定開示書類です。先ものべたとおり、原発のリスクは開示されたことはありませんし、その他の情報で社債権者が社債購入を決めていても、原発リスクを認識して購入しているということはありえないといってしまっていいと思います。ですから、社債権者がとっているリスクは、東電と取引関係に入っている債権者と同様に、東電の倒産リスクというもの以上ではないはずであって、これまた社債権者を特に不利益に扱う理屈はたたないわけです。

では株主はどうでしょうか。株主は有限責任をおっているので、最終的には責任をとらなければなりません。しかし、その責任の取り方は法的には出資相当額を失うということなのです。、有限責任は債権者に対する支払いに財産があてられ、たとえ支払に宛てる財産が足らなくてもそれ以上の負担をかぶらないという意味です。すなわち、論理として株主は株主たる地位がなくなるという意味の責任をとる必要はあるが、それ以上ではないのです。

また、債権者を犠牲にしないという観点から株式を減資するとしても、会社法上株主総会の特別決議が必要とされ、議決権ある株主の3分の2以上の賛同がなければできないことになっています。

現状は、電力株だからといって上場規則上特別扱いをしていることはないわけですから、おそらく佐山さんは、政府の原子力賠償スキームに既存株主の犠牲を一切求めないというアプローチがあると考えているのかもしれません。

本当の問題は、原子力事業者の原子力損害に対する無過失責任を定めながら、わずか1200億円を上限とする原子力損害賠償責任保険の付保をもって賠償措置額の措置を義務付けるのみで、「政府は、原子力損害が生じた場合において、原子力事業者(外国原子力船に係る原子力事業者を除く。)が第三条の規定により損害を賠償する責めに任ずべき額が賠償措置額をこえ、かつ、この法律の目的を達成するため必要があると認めるときは、原子力事業者に対し、原子力事業者が損害を賠償するために必要な援助を行なうものとする。」とリップサービスで締めくくった欠陥法である原子力損害賠償法にあったのです。

その欠陥は、大民法学者である故我妻栄東大教授が1960年代に著したジュリストの論文で正当に指摘したとおり、原子力推進という国策をとりながら原子力損害についてはきわめて中途半端なフレームワークを打ち立てた政府と国会の対応にあったわけです。いってみれは、国の立法上の過誤及び時代の進展に対応すべき原子力損害賠償法の改正を行わなかった懈怠が、今回の困難を作り出しているわけです。東電に金を貸した金融機関は責任をとるべきであるという枝野官房長官発言のナンセンスさは、以上の検討によっても一層明白であろうと考える次第です。すなわち、同義的責任をいえば、欠陥法を放置してきた国会議員こそ全員責任をとって議員歳費を返上すべきであるといったほうが、論理一貫しているわけです。しかし、いつの時代にも決して責任はとらない政治家を抱える不幸に、今わが国は直面しているとしかいいようがありません。

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コメント

いつも有意義な記述ありがとうございます。東電に金を貸した金融機関が責任を取るべきという話がナンセンスなのは当然に思いますが、私は、9.11のテロを見て、原発がある電力会社は危ないなと思い、電力会社の株式を譲渡しました。つまり、「それでは、金融機関は福島第一原発の危険性を知りえたのでしょうか。」とありますが、そんな自明のことを、理解してなかったほうがどうかしていると思います。例えば、2004年には事業等のリスク(3)その他のリスクについて
① 設備及び操業トラブルの発生について
 当社グループの業績及び財政状態は,自然災害や事故等の設備及び操業トラブルの発生により,影響を受ける可能性がある。
とありますので、記述がなかったとは言えないと思います。
なお、経営陣が「今回の天災による被害について、御社の責任には上限があることを裁判で明らかにしてゆく」と、地震直後から発言しないことは想定外ですが、経営陣を選んだのは株主ですので、株主の責任は免れませんね。

ご意見をどうもありがとうございます。

9・11はテロですよね。福島第一原発事故との関連は何でしょうか。また、事業リスクの開示は原発の危険性を指摘していると読めますか。原発事故前に読んだとして、「自然災害や事故等の設備」により「影響を受ける可能性がある。」という記述で福島第一原発の事故のようなことを特定した開示といえるでしょうか。私にはとてもそこまで読み込むことができません。赤野他人さんは深読みができたということですが、テロの危険はあると思う以上に大地震と津波までは読めたんでしょうか。通常人の知識経験ではそこまで読み込んで賢明なる売りの判断をすることは期待できないと思いますが、いかがでしょうか。

債権者のリスクも株主のリスクも開示されていたかは関係なくないですか?会社がつぶれたら利害関係者は損する。事情を知り得なかったから返済してもらえる訳でも株が価値を失わない訳でもない。

問題は、"債権者や株主の責任を問うなら東電の破産手続きの中でというルールがあるのだけれど、東電を破産させることの社会的影響が大きすぎるので倒産を回避しようとすると結果的に東電の債権者や株主は税金によって権利を保全されることになる"という状況で税金と投入されることになる不公平感をどう説明するか、ですよね?

東電を国が救済する前提として(倒産していたら負っていたであろう責任について)利害関係者は少し考える必要があるのではないかという議論は、少なくともこの問題をリスクを予見できる資料が開示されていたかの視点から論じるより論理的だと思うのですが。

コメント畏れ入ります。9.11と今回の天災の共通点は、原発が制御不能になりうることは間違いなくあるという連想が私には働いたということです。電力会社は何重にも安全対策をしていると言っているものの、如何せんコストとのトレードオフは避けられないので、いつかは制御不能事態に陥るだろうと(VaR管理と同じですかね;そして原発の場合陥ったときに莫大な被害がでると)。9.11以後電力会社の開示資料をタイムリーに読んでいたわけではありません(そもそも2002年にはリスクについて記述開示義務はなかったですよね)が、例えば東北から関東・東海・四国地方では巨大地震が起こるとかということは、社会的にあたり前のことと以前から認識されていたとおもいます(インドネシアからタイに巨大津波が来たことも以前ありましたので、津波の威力もテレビで見る機会はありました)。社会的な認知については例えば、http://okwave.jp/qa/q1055089.html
通常人がどういう方々なのかはわかりかねますが、私は(怖ごわですが)飛行機にも車にも乗りますし、通常人だと思っています。
#前回ポストで御社と書いたのは我社の誤りでした。すみません。

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