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2010年8月に作成された記事

2010年8月28日 (土)

独立取締役が機能するための前提条件

今年の夏はいろいろなことで忙しく、ろくに記事をアップできていません。いいわけをしますと、一橋大学法科大学院のゼミ生のレポートの採点(みんな、よくできていました!)と講評作成で泣きました。日本取締役協会の内部統制WGの報告書のとりまとめも大幅に遅れており、関係各位にご迷惑をかけています。他方、9月6日の日本内部統制研究学会で統一論題についての報告を行うのでその準備にも追われました。さらに、10月の日本監査役協会全国集会での第二分科会で「企業集団の内部統制とその監査」という難しいテーマを扱う関係でさまざまな文献にもあたって悩んでおります。以下は、そういった検討作業の中で、ほぼ、まとまってきた考えです。

以前「独立社外取締役の善管注意義務を考える」という記事で論じましたが、独立取締役が期待されている役割を機能させるにはどういう条件が必要なのかについて、今一度考察したいと思います。

「コーポレート・ガバナンス 経営者の交代と報酬はどうあるべきか」という大変示唆にみちた本を出版された久保克行早稲田大学商学学術院准教授は、コーポレートガバナンスをうまく機能させるのに重要なのは、経営者を交代させる権限と経営者にインセンティブを与える仕組みの2点であると指摘されております。

独立取締役導入を主張されている落合誠一教授や冨山和彦氏も、日本取締役協会から出版された「独立取締役ハンドブック」で、ガバナンスの本質的な機能は社長を交代させることであると論じておられます。

会社経営をうまく行かせるため、経営者にインセンティブを与える一方で、経営がうまくいかないときは取締役会が経営者を交代させなければならない、というのはわかりやすい議論ですが、社長が次の社長を決める権力構造が定着している日本の企業では、その権力構造を変えることは、たやすいことではないように思われます。

ところで、独立取締役導入論者はいずれも取締役会のモニタリング・モデルを前提としておりますので、経営者を交代させる必要性を判断する前提として、重要な経営に関する情報が取締役会、なかんずく独立取締役に提供される体制がなければ、絶対機能しないでしょう。ここで経営に関する情報とは、単に業績がどうなったという後づけの情報だけではないはずです。経営とは、企業をとりまくさまざまなリスクを認識して的確にリスク対応をしながら、効率性・有効性を追求して利潤をあげていくプロセスです。業績はその結果にすぎません。

たとえば、少数株主権に影響がある資本政策も、まず会社法の配当可能利益があるのかという法令遵守から出発し、あるいは自社株買いについても会社法の自己株式取得規制の遵守がまずあって、それからどの程度の配当、どのレベルの自社株買いをすることが適切かという判断がされなければなりません。この場合に、取締役たちが配当可能利益の算出方法について知らない、ではまったくお話になりませんし、ROEやDOE等のコンセプトやそれが投資家からみてどう評価されるのかという点について知見がなければ、役割をはたせないということになります。こういったことについての知識・経験が比較的あって、他の独立取締役と相互補完できる人が、独立取締役になれる資格があるといえるでしょう(スーパーマンを期待してはいけません。相互補完できればいいのです)。

ところで、執行を兼務している取締役は、担当の事業部門のリスクやビジネス上の問題や収益状況について日々情報が入ってきますが、社外の非常勤の独立取締役はそう簡単に情報は入ってこないでしょう。執行サイドの会議に頻繁にでたからといって、本当に重要な情報が入手できるのか、また執行の現場の実情を十分把握しているとはいえない社外の人間に正確な理解ができるかどうかはかなり疑問です。第一、執行側の会議に頻繁にでて意見をいっていては、経営監視をするべき者が執行と同一化してしまうことにもなります。

そこで、独立取締役には、重要な経営情報、なかんずく重要なリスク情報が的確に提供される体制を組むことが非常に重要です。これなくしてモニタリング・モデルを実現することは不可能ですし、ないままに取締役会だけ出てくる独立取締役では、まったくお飾りになってしまう危険性もあります。

多くの会社では、取締役会上程議案や経営会議上程議案について独立取締役に担当部門が事前にブリーフィングをしていると思いますが、していない会社も相当あるでしょう。また、非常勤であるこれらの取締役が会社に出勤してきても、インフォーマルな形で常勤の執行を兼務する取締役たちとの情報共有のための場や意見交換の場は、そうそう設けられていないのが通常であると思われます。取締役会や経営会議にあげられてくる情報の中でしかリスク情報を取得できないのが、今の社外取締役・独立取締役の実態なのではないでしょうか。

監査役との比較ではどうでしょう。監査役会には常勤監査役がおり、日常の監査業務を通じてかなりのリスク情報がはいってきます。常勤監査役が社内の監査部門や会計監査人と十分連携し、非常勤である社外監査役も、常勤監査役との情報共有を徹底していれば、社外取締役・独立取締役よりも、会社の中で起こっているリスク情報をずっと多く手にしていると思います。その結果、ちいさい出来事でもかなりの頻度で同じようなことがおきれば警告サインをだすことができます。(しかし、監査役だけにこの役割を期待するとすれば、独立取締役の善管注意義務と比較して、監査役の現実的負担が重い制度になってしまいます。いまの監査役の悩みは、まさに重すぎる負担になりつつあることと感じています。)

こういう状況下で、社外取締役・独立取締役の個人的努力に依拠して情報収集をしろというのは、個人の能力のみに頼る脆弱な内部統制といわざるをえません。独立取締役を設置するならば、彼らの情報収集を支えるそれなりの体制が必要であるし、それなくして独立取締役の役割をはたせるとは思えません。

この点、私は、会社にとって重大なリスクとなる事象に関する正確な情報が社内・社外取締役に伝達される仕組みがちゃんと構築されていないときは、端的に内部統制構築に不備があると考えるべきで、その不備の程度により善管注意義務に違反する過失がある場合とそうでない場合を仕分けるべきなのではないかと以前のエントリーでのべました。そしてこのような体制がないときには、まっさきに指摘すべき者は、独立取締役・社外取締役であって、このような体制をつくらせるように執行側に働きかけるのが、彼らの仕事ではないかと思っております。監査役がいくら指摘しても、独立取締役・社外取締役からそういう声がでなければ、経営陣にはそういう体制をつくらない理屈がなりたつからです。

米国では、独立取締役を支える事務局、独立した権限をもつジェネラル・カウンセルとその指揮下にある法務部、CEOやCOO直属で社内の地位も高い内部監査部といったかなり強いリスク管理部門、独立取締役が独自に会社が通常相談している弁護士や会計士などのプロフェッショナル以外のプロフェッショナルにセカンド・オピニオンを求める権限と予算をあたえており、こういう体制があればこそ、初めてモニタリング・モデルが可能になってくるのです。それでもエンロン事件は起こったし、また、リスクを取りすぎた金融機関の独立取締役たちはそれを指摘しなかった(する能力がなかった?)ので、リーマン・ショックはものすごく増幅されることになりました。

それがない日本企業に、独立取締役だけ接ぎ木のように足しても、はたしてコーポレート・ガバナンスはどれくらい強化されるのか、疑問に思うのは私だけでしょうか。

独立取締役設置論には、このような前提条件の議論がぬけているので、たとえ上場規則で設置を義務付けたとしても、砂上の楼閣をさらにつくることになりかねないであろうと心配になります。

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