« 訂正内部統制報告書提出の必要性は何で判断するか | トップページ | 独立取締役が機能するための前提条件 »

2010年7月19日 (月)

ボルカー・ルールの衝撃(そして日本のチャンス)

しばらく間があいてしまいました。ブログの更新を続けていくことは大変なことですね。私も何本か6月に書きかけたものがあるのですが、いずれも未完。テーマがやや大きいので、夏のうちにまとめられればと思っております。

さて、米国の金融規制改革法が成立しました。これには、「ボルカー・ルール」が含まれています。そのインパクトは日本の新聞が報じるよりももっと大きいし、これは金融ビジネスのモデルの大変動につながる可能性があり、米国以外の法域、特にEUとアジアでボルカー・ルールと同様の規制が導入されれば、全世界の金融ビジネスモデルを変えてしまうものとなるので、取り上げたいと思います。(なお、以下の記事はDavis Pork & Wardwellが配布した本年7月14日付けのメモランダムに多くをよっております。銘記して御礼いたしたいと思います。)

ボルガー・ルールは「銀行事業体」が自己勘定取引を行うことを一般的に禁止しています。「銀行事業体」には、全ての預金保険対象銀行または貯蓄金融機関(Savings & Loan Associationという住宅金融専門銀行)、これらを支配する全ての会社及びこれらの関連会社または子会社の全てを含むとされています。

ということは持株会社でその下にある銀行、証券会社、資産運用会社は一切合切が「銀行事業体」になるので、日本でいうと●●フィナンシャル・グループという持株会社下に銀行が含まれれば、その持株会社の支配下にある一切の会社が、原則として自己勘定取引を制限されるということになります。

自己勘定取引には、何らかの証券、デリバティブ、商品先物契約を習得し、または処分するために、自己勘定(トレーディング勘定)においてプリンシパルとして関与することが含まれ、証券、デリバティブまたは商品先物に関するオプションも含まれるとされています。

●●フィナンシャル・グループ下にある銀行、証券会社は、上記の商品について原則的にトレーディングができなくなるわけです。

例外的に許容される取引には、一定の制限自由を条件とした引受、マーケット・メーキング及びヘッジ取引が含まれ、その際、それらの活動において構築されるロング・ポジションまたはショート・ポジションは、そのポジションが予想される短期的需要に応えるために必要な限度の制限を超えてはなりません。

また、米国債、エージェンシー債、州または地方自治体債、ジニー・メイ債、ファニー・メイ債、フレディー・マック債等のソブリンものの自己勘定取引は許容されます。また「顧客に代わって行う」証券またはその他の金融商品の購入、売却、取得または処分等、ごく限定された自己勘定取引が例外として許容されます。

ようするに、鞘抜きを目的とする証券取引、デリバティブ取引、商品先物取引はできなくなるということです。

日本の銀行・証券会社も米国内の活動についてボルカー・ルールの規制を受けます。また、米国系証券会社は米国外の活動、たとえば日本における活動もボルカー・ルールの規制の対象となります。

なお、銀行持株会社が米国法以外の法に基づいて設立され、その事業の大部分が米国外で行われている場合、またはその国債・海外事業に伴う事業を除いて米国内で事業を行っていない場合には、当該銀行持株会社またはその支配下にある会社の米国外の活動についてはボルカー・ルールは適用されません。したがって、日本の銀行が米国外で取引を行う場合には、当該銀行が米国の銀行事業体によって支配されていない限り、ボルカー・ルールの適用はありません。

さらに、ボルカー・ルールは、銀行事業体が一定の例外を除き、ヘッジファンドまたはプライベート・エクイティ・ファンドにその所有持分を保有することまたはスポンサーになることを禁止しています。スポンサーになるという意味は、ジェネラル・パートナーになること、経営メンバーになること、ファンドの自宅会社になること、ファンドの取締役、受託会社または経営陣の過半数を支配すること等とされています。

ヘッジファンドまたはプライベート・エクイティ・ファンドの投資の禁止の例外には、一定の条件のうち、銀行事業体が行うシード投資またはその他の僅少な投資が定められています。シード投資とは、ファンドを設立し、かつファンドと関連のない投資家を集めるのに十分な額の当初資本を提供することを目的とする投資ですが、銀行事業体はその投資を稀釈化するために関連のない投資家を積極的に探す必要があり、また銀行事業体による投資は、ファンド設定後1年以内に当該ファンドの3%以下まで減少させなければなりません。

ボルカー・ルールの施行は成立の日から2年、またはその施行のための政省令公布から12ヶ月後のいずれか早い日で、それまでに金融事業体はその活動及び投資をボルカー・ルールに適合させなければなりません。

そのほかにも重要なものを含んでいるボルカー・ルールですが、ここまでの叙述で、金融界に非常に大きなインパクトを与えるものであることが理解できると思います。

ボルカー・ルールの第一の衝撃は、米国の銀行事業体の自己勘定部門の大幅な縮小、現在のポジションの解消、あるいは自己勘定部門のビジネスそのものを銀行事業体以外のものへ売却するというリストラクチャリングを進行させるものになるであろう点です。

(追記:自己勘定部門のトレーダーの首切りもあるでしょうが、自己勘定取引ができなくなることによる市場の縮小のほうがインパクトが大きいと思われます。市場出来高は劇的に減少するでしょうし、そのことによって市場自体の流動性はまちがいなく低下するでしょう。)

そもそも米国系投資銀行の収益の7割近くが自己勘定部門がたたき出す利益で支えられているのです。リーマンショック後、主要な米国系投資銀行はすべて銀行持株会社下に入りました。ボルカー・ルールはこれら投資銀行の自己勘定部門のうち、株式部門、デリバティブ部門、債券部門中ソブリンを取り扱う部門以外の部門のビジネスができなくなることを意味します。また、これらの投資銀行は国際的な活動も制限されることになり、欧州系投資銀行に対して極めて不利な地位にたたされることになるでしょう。

これを嫌って、銀行事業体そのものを海外に移し、かつ、自己勘定取引部門を米国からそれ以外の金融センターへ移すという大胆な動きも予想されます。その中心になるのが、ロンドンなのか、シンガポールなのか、上海なのか、それとも東京になるのか、ここが見所です。

これらの動きによって、ニューヨークの世界の中心的金融センターとしての地位が脅かされるということもありえるのではないかと思います。米国内での自己勘定取引の制限はマーケットの縮小ということですから、米国での流動性は下がり、世界のどこかにその流動性を求める動きが活発化するでしょう。ヘッジファンドやプライベート・エクイティのプレーヤーが日本やアジアに拠点も資本も移すこともありえます。なんといっても成長性のある市場はアジアなのですから、この機会に人と資本ごとアジアに移動したとしても、何ら驚くに値しません。

さらに米国市場の流動性が下がれば、上場企業も考えてしまうでしょう。資金調達のコストを考えれば、流動性が大きいところに移動したくなるのは当然です。例えば、上場企業もアジアの証券取引所での上場を行い、ニューヨーク上場を廃止するところさえ出てくる可能性もあります。アジア市場のほうが、自己勘定取引による豊富な市場の流動性の高さが企業の資金調達に貢献するからです。

このように考えると、日本の政府・規制当局は次のことを考慮すべきです。

第一に、ボルカー・ルールと同様のルールの導入はしないということです。ボルカー・ルールはやりすぎです。自己勘定取引一般を害悪視するのは、まちがいです。行過ぎたリスクをとる自己勘定取引を規制すればいいのであって、そのためには他の方法があるはずです。例えば証券化商品中、リスクのみえないものを組成するような行為を規制し、リスクの所在がわかる商品しか売らないことを業者に義務づけるだけで、相当効果があると思われるし、銀行または銀行子会社に対してリスクポジションの一定制限を課し、管理を厳格にさせることで十分であると思います。

第二に、ヘッジ・ファンドやプライベート・エクイティ・ファンドが活動しやすい規制のあり方を追及することです。昨日の日経新聞には、金融庁が適格機関投資家向けの金商法の規制を緩和する方向で検討しているという報道がでました。この方向は正当ですが、さらに、米国1940年投資会社法でやっているような投資会社の組成・登録の容易さや、投資会社の上場が、日本においても同様にもっと簡単にできるように、投資法人及び投資信託に関する法律の規制をみなおし、また上場規制を早急にみなおすことです。現状、REITしか上場できない東証では話になりません。大証はベンチャー・キャピタル上場を認めていますが、これとて投資対象は未公開株のみです。上場株対象の投資会社の上場を認める方向で、早急に制度を整備すべきであると思います。(追記:東証ではREITに制限しているわけではないのですが、証券投資のためのツールとしては使いにくいので不動産投資信託の上場しかできていないという制度の限界があります。これをもっと使いよくする必要があります。)

第三に、これらの英語圏の人間が生活できるインフラ整備を急ぐべきです。まず、インターナショナル・スクールないし英語で授業ができる学校の整備は不可欠です。東京・大阪の小・中学校における日本語・英語二本立て教育環境の整備を急ぐべきです。インターナショナル・スクールの増発や国家からの補助も考えるべきでしょう。英語で診療ができる医師の増員も不可欠です。

第四に、国際ハブ空港事業の推進です。小泉内閣のときにも提唱されていた政策を推し進めなければなりません。羽田と成田の二極化は必至でしょう。成田空港に対するアクセス問題の解決も重要です。

さあ、日本が世界の中心的マーケットに復帰する機会を米国が与えてくれました。世界をリードできる産業はITと金融を除いて壊滅状態の米国が、痛んだとはいえ強い競争力が潜在的にまだある金融も弱めるような規制に踏み込んだのはびっくりですが、彼らも振り子を大きく振りすぎたと気付くまであと4年くらいあるはず。その間に、頑張って差をつけるべきです。どうせ彼らが気付いたら、2年もしないで追い越されます。それまでどれくらい力を付けられるかが、勝負です。

« 訂正内部統制報告書提出の必要性は何で判断するか | トップページ | 独立取締役が機能するための前提条件 »

金融政策」カテゴリの記事

コメント

大方の見方は、ボルカールールよりもクレジットカードの手数料規制に目が向いていますが?
基本的にアメリカが自国の競争力をそぐような法律を制定しないというものです。
http://markethack.net/archives/51591076.html
NYが世界の金融センターからの地位が脅かされるというのも昔から言われていますが実現したためしがないです。

感覚的ですが、よいショーはよい舞台や裏方さんと良い俳優がいて初めて成り立つものだと思います。
俳優がいっぱいいるのはやっぱり彼の地の企業だったり金融商品だった利するからです。

アジアに立派な劇場を作っても俳優がいないことには…。まあ、アメリカから移住する可能性がないわけでもありませんが。

米国政府はもっと賢い人たちだと思いますが。

Katsuさん

ありがとうございます。ご指摘の記事は拝見しましたが、「ちょっとね」と思いました(笑)。

規制の概要は他の米国一流どころの事務所のメモもチェックしましたが、ここにご紹介したとおりですので、私はそちらを信頼します。また、インパクトについてはかなり大きいインパクトを予想したコメントを載せていますが、私が予想したような持株会社ごと他国に移動なんでいう可能性までふれたものはありません。この記事の可能性の予測はすべて私の責任において書いています。

次に、ご指摘の記事の「ゴールドマンさえ自己勘定取引が歳入にしめる割合は15%」というのは、ミスリーディングです。

GSの2009年のアニュアルレポートによると、自己保有資産に対する利払等の収入以外の収入は以下のとおりとなっています(単位はmillion)。

Trading & Principal Investments 28,879
Investment Banking 4,797
Asset Management 4,090
========================================
Total Non-interest Revenue 37,766

いわゆる本業での収入の76%は自己勘定取引で稼ぎ出しているのです。

ちなみに2009年度の競業他社も調べました。以下のとおりです。

Morgan Stanley
Trading & Principal Investments 7,447
Investment Banking    5,019
(他は省略)
========================================
Total Non-interest Revenue 31,390
(本業の23%)

JPMorgan
Trading & Principal Investments 9,796
Investment Banking   7,087
Lending 7,045
Asset Management  12,540
========================================
Total Non-interest Revenue 49,282
(本業の19%)

Citigroup
Trading & Principal Investments 3,932
Commission fee    17,116
Fiduciary Service   5,195
Insurance fee   3,020
(他は省略)
========================================
Total Non-interest Revenue 31,371
(本業の12%)

もともと商業銀行であったところでも、本業の12~20%くらいが自己勘定取引で稼いでいるのがわかると思います。シティでみれは自己勘定の収入が保険ビジネスの収入に匹敵するものであることがわかりますし、JPMorganでもレンディングよりも大きいことがわかるでしょ。いかに自己勘定取引が重要かがわかると思います。

おまけに自己勘定取引はバランスシート使用に対する稼ぎが非常にいいビジネスなので、この部門の活動が制限されると銀行系持株会社のROEも収益も相当厳しくなると予想されます。

私も8年半、米系及び欧州系の投資銀行で働いていましたので、ビジネスの理解についてはある程度の自信をもっていますし、かの地の規制当局の動きには意見をもっていますが、少なくとも、エリオット・スピッツアー元ニューヨーク州司法長官(高級売春婦を恒常的によんでいたことがばれ、ニューヨーク州知事を辞任)がポピュリズムの典型を演じ、ものすごいエンフォースメントをやって以来、米国政府の規制のスタンスはポピュリズムに走りすぎており、とてもスマートとは思えないと考えています。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1098026/35807414

この記事へのトラックバック一覧です: ボルカー・ルールの衝撃(そして日本のチャンス):

« 訂正内部統制報告書提出の必要性は何で判断するか | トップページ | 独立取締役が機能するための前提条件 »