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2010年6月 1日 (火)

阿久悠さんと坂本冬美さんに感謝

本日は柔らかな話題を。

私は音楽はクラシック、ロックその他何でも聴くのですが、時折、思い出したように演歌・歌謡曲にはまります。今は、坂本冬美さんが歌っているビリー・バンバンのカバー曲「また君に恋してる」に、はまっております。

音楽を聴いて感動する要素はなんでしょうか。クラシックでは典型ですが、テクニックがないと話になりませんし、それも重要なのですが、演奏家が何かを伝えようとしていることを心で感じ取れるときに、大きく感動します。そういう「何か」を伝えられる人は、技以上の不思議な力を持っています。マイスキーやヨー・ヨー・マのバッハの無伴奏チェロ組曲第一番はまったく違うスタイルですが、それぞれの演奏に感動するのは、何かが伝わってくるからでしょう。

それと同じように、こぶしを効かさないで歌う「また君に恋してる」に感動するのは、坂本冬美さんの歌に深い情感や彼女の人がらがこめられているからでしょう。大きな感情のうねりを抑えて詠うことは難しいことで、それによって感動を呼べる歌手はそう多くはいません。そういうことができる歌手は、芸術家と呼ばれるにふさわしいものを持っているにちがいありません。

「坂本冬美は実力のある歌手だな。」と感心したのは、彼女が阿久悠さんの歌をカバーしたアルバム「冬美・いい歌みぃつけた!~阿久悠と黄金の’70年代~」と出会ったときでした。アルバムのリリースが1995年12月ですから、それから3年位してから購入したのだと思います。Jポップ全盛の時に飽きてしまって、ふとCD店で目についたのがこのアルバムタイトルでした。最初の曲「夢ん中」にハートをズキューンと撃ち抜かれて、しばらくは通勤の往き帰りの車の中で毎日毎日聞いていました。このアルバムにある曲は、どれも味わいのあるいい歌ばかりです。

このアルバムで阿久悠さんの歌詞の奥深さと、曲の味わい深さ、それを表現できる歌手、アレンジャーで歌謡曲は成り立っている総合的芸術とも呼ばれ得るものであることに気付かされたわけですが、最近、TVで阿久悠さんの歌をきいて、この巨人の言葉がまた聞きたくなりました。ネットで買った本「清らかな厭世」には、その前書きだけ読んだだけで心にズンときてしまいました。

阿久悠さんによると、Jポップと歌謡曲の歌詞は「ブログと映画くらいちがう」そうです。

「誰かが喜んでくれるといいな」「誰かが興奮してくれるといいな」「誰かが美しくなってくれるといいな」というような願いを込めながら、一つの世界を作り上げていくっていうのが歌謡曲であって、そうじゃなくて、「俺はこんな気持ちで悩んでるから俺の気持ちを分かれよ」っていうのがブログですから、ええ、これの違いだろうと多分思います。

この言葉に「う~ん」とうなってしまいます。

坂本さんの「また君に恋してる」のヒットをきっかけとして、阿久=坂本のコラボレーションを聞く方が増えるといいなと思います。もちろん「俺の気持ちを分かれよ」というつもりで書いてます(笑)。

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