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2010年5月24日 (月)

SECのゴールドマンサックスの訴追は事後的ルール変更?

黒沼先生がブログで、SECのゴールドマンサックス(GS)に対する開示ルール違反を理由とする訴追を取り上げられておられます。私も最近、あるところから本件に対するコメントを求められましたので、若干、私の考えを述べさせていただくことにします。

結論的にいえば、今回のSECの訴訟提起は大変ハードルが高い無理筋の争いで、実質的には事後的なルール変更ではないかという印象をもっております。

問題になったのは、GSさんがアレンジしたシンセティックCDOについて、その参照資産としてACAという専門会社が選択した住宅用モーゲージを証券化した商品RMBS百数十本について、参照資産のプロテクションバイヤーであるヘッジファンドのポールソンがその選択に関与していたことを投資家に開示しないままシンセティックCDOを適格機関投資家に販売したのが、開示ルール違反であるかどうか、という点です。【5月24日訂正:参照資産を構成するRMBSは90本でした。】

こう書いても金融専門家以外にはわからないところなので、金融についてあまり知識がない方のために、できるかぎりわかりやすくお話したいと思います。

まず証券化の概略を解説します。住宅用モーゲージは住宅を担保とする住宅ローン債権と考えていただければいいと思います。これを証券化してRMBSという資産担保証券を発行するには、まず何百本ものローン債権を特別目的会社ないし団体(SPV)の保有資産として集めます。

この保有資産を担保としてSPVが債券を発行して投資家に売却するのですが、発行される債券は保有資産であるローン債権の支払いが不履行となっても確実に利払いと満期償還ができるようなものでないと売れません。

そこで、保有資産のキャッシュフローが割り当てられる区分(トランシェ)をつくり、その区分のうち最優先にキャッシュが分配される部分を引当とする優先債券、次に割り当てられるメザニン部分を引当とする劣後債券、そしてもっとも劣後する区分を引当とする最劣後債券を発行します。「劣後」というのは、キャッシュフローがうまくいかなくなったときには最優先債券の償還に劣後するという意味です。「うまくいかなかったら最初にクーポンの支払いをうけられなくなりますし、損もかぶりますよ」という意味です。

優先債券の利払いはマーケットで受け入れられるレベルの利率を実現し、また格付け会社からAAAの最上格付けをとります。メザニンはBB以上、そして最劣後債券(当該区分をエクイティと呼びます)はBBB以下を取得します。【6月3日訂正;メザニンがBBB以上、最劣後はBBB以下の間違いです。正確にいえば優先債券の最上格付けをとり、高い利率を実現するためには、入ってくるキャッシュが当該債券の利払いや償還金にまわるように手厚くするので、メザニン、最劣後部分のリスクは高くなるという関係にあるので、メザニンの格付けは各証券化のスキームによってちがいます。】

エクイティ部分はリスクの塊であり、したがって利払いも最高率となります。メザニンはその次に高率となり、優先部分は一番利率がひくいという構成になります。メザニン部分やエクイティ部分を買う投資家は、担保資産の中身をみて、デフォルトしても債券は最後まで利払いが続き償還されるという可能性にかけて債券を購入するのです。これがRMBSのきわめて大まかな構造です。

以上のことからおわかりかと思いますが、RMBSという債券のパーフォーマンスはどのようなローン債権が集められているのかということ、すなわちその質次第で決まります。そこで担保となるローン債権の歴史的なデフォルト率、ローン債権の債務者の構成、地域、特定の地域に集中することによるリスクをさけるための分散などなど、きわめて複雑な分析をして、うまく債券がパーフォームするようにローン債権を選んでくることが重要です。

これには非常に専門的な知識と経験が必要とされます。そして投資家にとっては、誰がこの選択を行い、かつ、その資産の上記のようなパーフォーマンスはどのようなものだったのか、その質に関する開示が重要です。このために、業界でも開示の質を高めるべきであるという投資家の強い声におされ、米国証券取引規制上も開示ルールの改善がはかられてきました。

CDOは、このRMBSをSPVにいっぱい集めてキャッシュフローに加工を加えて、SPVが優先債券、劣後債券、最劣後債券を発行して売却するというもので、リパッケージ債とも呼ばれています。RMBSを集めるのですから、リパッケージ債がうまくパーフォームするためには、RMBS及びそれが担保とするローン資産を分析したうえで、質のいいと思われるRMBSを選択する作業がきわめて重要です。

これを専門としている会社をポートフォリオマネージャーとよんでおり、名声も実績もあるところにお願いしないと、CDOは売れません。基本的にCDOに投資するのは機関投資家というプロですから、CDOはルール144という適格機関投資家向け私募ルールのもとに、プロを前提とした開示ルールのもとで資産の質を中心とした開示が行われてきました。【5月24日訂正:「ルール144」は「ルール144A」の間違いでした。】

シンセティックCDOはさらに複雑です。通常のCDOに比較すると大きな違いがあります。まず、RMBSの束を参照資産としてつくり、この参照資産がうまくパーフォームしないときはSPVが一定の金額を払いますという取引をします。この取引の反対サイドにいるのがヘッジファンドで、今回の場合はポールソンがそれでした。

ポールソンは、いってみれば、参照資産がうまくパーフォームしないほうに賭けてSPVに大きな金額のプレミアムを払います(これをプロテクション・バイヤーといいます)。SPVが参照資産がうまくいかないときの保険金を支払うと思っていただければいいと思います(SPVをプロテクションセラーといいます)。これがクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の非常に大まかな構造です。【5月24日補足:正確にはSPVとCDOの取引に入ったのはGSさんで、GSさんがさらにポールソンにプロテクションを売っていました。しかし、GSさんを介してポールソンが投資家とは反対サイドに賭けていたという点は変りません。】

SPVは投資家からお金を集めて、AAA以上の優良な証券(米国債や優良会社の社債)を買ってきます。また、CDSのプロテクションバイヤーが払った高額のプレミアムを利払いのために使います。もし参照資産がデフォルトを起こせば、SPVは保険金をプロテクション・バイヤーに払わなければなりません。そのためにこれら優良な証券を市場で売って支払いをします。そうすると債券の利払いや償還ができなくなるので、やはり区分をおこない、優先的に償還される優先債券、それに劣後するメザニン債券、そして最劣後債券を作って、投資家に売ることになります。高額のプレミアムにより優先債券はさらに高い利率で支払うことが可能となりますが、リスクは高まります。

SPVは、この参照資産がどんなポートフォリオマネージャーによって選択されどのような質をもっているのかをルール144の適格機関投資家向け私募ルールにしたがって開示します。これだけ複雑な商品でハイリスクですから、プロにしか売れませんし、プロしか買わないものなのです。そしてプロたちは、ポートフォリオマネージャーが専門的な経験と知識を有しているのか、その者の判断で選択したのかをもっとも気にします。本件ではACAという非常に名前がとおっている機関がその選択をしたわけで、それでSPVが発行した優先債券を購入しているのです。【5月24日訂正:「ルール144」は「ルール144A」の間違いでした。】

つまり、この商品は適格機関投資家はポートフォリオがつつがなくパーフォームすることに賭け、CDSのプロテクション・バイヤーはその逆に賭けているという投機性の高い商品なのです。もしプロテクション・バイヤーがそのリスクをヘッジするため、さらにプロテクションを売ってポジションをニュートラルにすれば、そのリスクをとったものがこの賭けの参加者ということになります。機関投資家は、このように、この商品について反対の賭けをしている者がいることは十分わかっているし、わかっていなければ適格機関投資家とはいえません。

また、アレンジする投資銀行も自己勘定部門があるので、情報隔離した自己勘定部門が証券を買う適格機関投資家とは反対サイドにまわるかもしれません。この可能性も開示されることになります。GSさんはこれをちゃんと開示しています。

ところで、このようなシンセティックCDOはだれが言い出して組成されるものなのでしょうか。この商品がハイリスクであって適格機関投資家向けにしか売ることができないことを考えれば、これはプロ向けの商品であって、その組成は適格機関投資家の意見をきいてアレンジャーである投資銀行が発案することもあれば、適格機関投資家とは反対のほうにかけるヘッジファンドが発案してくることもあります。

今回のケースではポールソンが話を持ちかけてきていますが、彼らは彼らの相場観、つまり住宅ローン資産の市場はまもなく価格下落がはじまるという見方に賭けているわけです。もし彼らがその可能性を高めるために参照資産となるRMBSの選択を行ったら、誰も買いません。ですから、ACAのような専門的業者が選択する独占的な決定権をもっていなければなりません。

ただ、実務ではCDSのプロテクションバイヤーがいなければこの商品は成立しません。そこで参照資産の構成についてはプロテクション・バイヤーの意見も聞きつつ、参照資産を専門機関が選択し決定します。証券を買ってくれる可能性のある適格機関投資家の参照資産に関する意見も, アレンジャーである投資銀行が聞く場合もあり、その場合は常に専門機関から意見を求められるアレンジャーの意見に適格機関投資家の意見が反映することにます。。【5月24日補足:さらに、SPVが発行する証券に格付けを行う格付会社も参照ポートフォリオについて意見を述べます。格付取得のため格付会社の意見は軽視できません。今回の件では、優先的債券にはAAAの格付が付けられています。】

いずれにしても、参照資産の決定権は専門機関がもっているのです。もしその決定が恣意的であれば、もし証券が早期償還されるようになったら、その専門機関が適格機関投資家から訴えられてしまいます。

以上、ハイリスク・ハイリターンのこの商品に関与する適格機関投資家、投資銀行、ヘッジファンド、さらにはマーケットプレーヤーというプロにとっては、誰かが一方に賭け、誰が反対側に賭けていることは明らかであって、重要なのは、誰がどのような基準で参照資産を決定しているのかであり、具体的に誰が反対に賭けているかは重要ではなく、過去の開示で問題とされたこともないのです。

したがって、SECが、いままでの市場でも規制当局でも一度たりとも問題とされていなかったヘッジファンドが参照資産の選択について関与したことを開示していないことをもって「証券詐欺」として訴えたことに対して、GSさんが非常に強く反発し、徹底抗戦の姿勢をみせているのはまったく不思議ではないと思います。SECの訴訟はSECがルール変更を事後的に行っているという疑問があります。

では、なぜそれを行ったのか?これについては、長くなりましたので、また別の機会に書きたいと思います。

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