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2010年5月に作成された記事

2010年5月31日 (月)

ゴールドマンに対するSECの訴訟の不思議さ

本日、日本経済新聞朝刊に掲載された三宅伸吾編集委員が書いた「法務インサイド」の「投資家への開示どこまでーSEC・ゴールドマン訴訟」という記事に、私のコメントが紹介されました。

その記事の中で三宅さんも書いておられますが、この取引は、ACAという評価会社が一番強気になって最大の投資をしました。

三宅さんが記事に掲げられた図表にはのっていないのですが、細かくいうと、プロテクションをSPVから買ったゴールドマンが、リスク・ポジションすべてをポールソンに移転するためプロテクションを売ったのではありません。

ゴールドマンのポジションのかなりの部分は、ABNアムロを通じてACAがプロテクションを買っているのです。ACAが、実は本件取引でもっとも大きな損失を被った投資家なのです。

では、なぜ、SECはSPVからノートを買った投資家であるドイツの銀行IKBに対する開示のみを問題にして、ACAの行ったデリバティブ取引の開示を問題にしなかったのでしょうか。

また、ACAは本来ポートフォリオ・マネージャーであり、独立している立場なのに、なぜ投資行動をしているのでしょうか?この点は選定にあたるマネージャーの独立性を問題にすれば、反対サイドに立つポールソンに対しては利益相反行為にはならないのでしょうか。

SECは、このようなCDSの取引をめぐる当事者の行動が気にくわないのかもしれませんね。立件についてはさまざまな理屈が検討されたにちがいないですが、どのように立件が決定されたのかはとても興味深いものがありますね。

2010年5月30日 (日)

誰も喜んでいないトップ3-F1トルコGP

今年のF1は非常に面白いと評判です。話題となっているのは、2人のワールドチャンピョンを抱えるマクラーレン、今年はチャンピョンを狙えるところまで来ているレッドブル、そしてアロンソを迎えたフェラーリ、さらには復帰した帝王シューマッハを抱えるブラウン改めメルセデスの4チームだったわけですが、ヨーロッパラウンド第1戦トルコGPまできたときは、話題の中心はレッドブルの圧倒的な速さと、ベッテル、ウェーバーのチームメート同士の争いでした。

その二人がフロントローからスタートしたレースは、マクラーレンのルイス・ハミルトンとジェンソン・バトンの二人をからめて非常に面白い展開となっていました。しかし、43週目で、明らかにペースが速くなっていた2位のセバスチャン・ベッテルがトップのマーク・ウェーバーを追い抜こうとして、両者が接触し、ベッテルが右後輪をバースト、リタイヤを喫し、ウェーバーも3位におちたところで、レースはマクラーレンの二人のものとなって終わりました。

ところが、ハミルトンもバトンも1位、2位をとったにもかかわらず、たいして喜んでいるようにみえません。ウェーバーが沈んでいるのはわかるとしても、表彰台にならんだ3人がだれもうれしそうでないというところに、このスポーツの本質的部分が垣間見えました。

マクラーレンの2人はやはりレッドブルとのマシンとの差がまだあることを、レース中に感じていたのでしょう。二人ともワールドチャンピョンですから、棚から牡丹餅的な勝利には、喜ぶよりも、次のレースでさらに彼我の差を詰めないと勝利はないなと感じたのではないでしょうか。また、レッドブルが事故を起こしてから、前にいったルイスとジェンソン二人がレースをした場面もあり、それはそれでよかったのですが、燃料セーブのため、巡航スピード維持となってしまったことも、ドライバー個人としては残念に思っていたのでしょう、お互いに。

しかし、ルイスとジェンソンが表彰台に上がる前に、マークの前でベッテルとマークとの接触事故のことを話したのは、その会話ががっくりしているマークにさらなるプレッシャーをかけることを意図していたとしたら、たいしたチームプレーですが、多分そうではないのでしょう。このスポーツは、巨大なパワーをもつマシンと6Gを超える力をコントロールしながら、時に320km以上のスピードで走る中、常に冷静な状況判断を要求されます。そのような極限状況で鍛えられた彼らは、どういう精神的プレッシャーにも耐えるタフネスが身に付いているし、そうでなければF1というモンスター・マシンをくくれないのです。

さらにウェーバーに接触されたと一見見えたベッテルは、車を降りて、右手で頭を指差しクルクルまわし、ウェーバーが気が狂っていると非難しているジェスチャーをしましたが、チームスイートに変えるころには、興奮している記者やチームをなだめているのでした。20歳そこそこの若者のこのクールさには、うなりました。昨年、鈴鹿で決勝レース前にもみくちゃにされながら鏡開きのセレモニーをこなし、レースでは圧倒的な速さで優勝したこの若者には、いつもながら驚かされます。

彼らのように常にクールで判断できたら、と血の気の多い私は自分の日常を思い出し、反省します。さらに、チームに対する信頼がなければとてもできないこのスポーツの特質を思いながら、自分の事務所がそこにどれくらい近づいているのかにも、思いをはせます。我々の仕事は時に何十億、何百億という金銭を動かし、最先端の法律問題を扱います。チームワークなしでは、とても最高のサービスを提供できません。F1は自分にとっては、自分の仕事の振り返りでもあり、これが私がF1に魅せられているひとつの理由なのだな、とまた今夜納得しました。

2010年5月26日 (水)

市場をコントロールしようとする人間の学習能力の欠如について

ギリシャの危機はヨーロッパを超え、全世界に波及しました。今日は、スペインの一地方銀行の破綻が、スペインやポルトガルの金融機関の健全性についての大きな疑惑を呼び、市場の売りがあっというまにすべての市場に波及し、日本では日経平均1万円割れ、ニューヨークもあっというまに9,000ドル台に突入という展開となっています。

昔、銀行の法務部に勤めていたころ、今はとても著名なクレジットアナリストが審査部長を務めていました。彼の言葉で忘れられないのは「市場は理屈どおりに動かない、時にはまったく理屈とは逆の動きをする生き物だ」というものです。基本的には経済のファンダメンタルに不信があればそれが増幅して市場心理を支配し、動きが加速します。

皆がカウンターパーティリスクに対して不安を抱いている中で、人為的な細工をしたとたんに、市場は思いもよらぬ動きをします。それは過去15年位の間で、何度も我々はみてきたはずなのに、その教訓を生かそうとしません。カウンターパーティリスクが非常に大きくなって世界的な信用収縮を起こしたリーマン・ショックから、まだわずかしかたっていないのに、人為的な規制をドイツの監督当局BaFinが周辺諸国に相談もせず導入して、危機のトリガーを本格的にひいたのは、人間の学習能力がいかに衰えているかの典型例であると思います。

BaFinはクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)取引について、CDSでリスクヘッジをするポジションを持たない者がショートすることを禁止しました。これによって、CDSを鞘抜き目的で取引するアービトラージトレードが止まってしまったのではないかと思われます。実際にCDSでヘッジするリスクがある者も、仲介者がトレードできないことにより、ヘッジできなくなってしまっていると推測できます。

さらにBaFinは自国の銀行株の空売りを禁止しました。まさに短絡的な自国経済の防御のみを考えた、まことに愚かな政策としかいいようがありません。ヨーロッパのみならず全世界の市場参加者が、ドイツの銀行の信用リスクに敏感になり、ヨーロッパの金融機関全般の信用リスクにさらに敏感になり、大きな信用収縮が起き始めています。

このような人工的な政策は、ギリシャ国債を大量に保有する金融機関に対する信用懸念を払しょくさせようとしたギリシャへの緊急財政援助プログラムを完全にふきとばしてしまいました。今後は、ポルトガルやスペインまでもが、信用収縮をストップするため、金融機関への強制的資本注入やEU諸国から緊急財政援助を求めざるをえなくなるかもしれません。ヨーロッパは、リーマン・ショックからいえていないのに、再び大きな重荷をしょうことになりました。

市場とつきあっていると、なぜ人間は尊大な態度をとりつづけ、物事の本質を見誤り、市場がコントロールできると思い込むのかが不思議でたまりません。現代の資本市場をコントロールすることは至難のわざです。慎重に慎重に、市場と対話しながらやらないと、マネーは暴走します。学習能力のない規制当局をもつことは、単にその国の不幸だけではなくなります。金融庁がばかなことを考えて、信用収縮に拍車をかけるような小手先の技に走らないように切に祈ります。

2010年5月24日 (月)

SECのゴールドマンサックスの訴追は事後的ルール変更?

黒沼先生がブログで、SECのゴールドマンサックス(GS)に対する開示ルール違反を理由とする訴追を取り上げられておられます。私も最近、あるところから本件に対するコメントを求められましたので、若干、私の考えを述べさせていただくことにします。

結論的にいえば、今回のSECの訴訟提起は大変ハードルが高い無理筋の争いで、実質的には事後的なルール変更ではないかという印象をもっております。

問題になったのは、GSさんがアレンジしたシンセティックCDOについて、その参照資産としてACAという専門会社が選択した住宅用モーゲージを証券化した商品RMBS百数十本について、参照資産のプロテクションバイヤーであるヘッジファンドのポールソンがその選択に関与していたことを投資家に開示しないままシンセティックCDOを適格機関投資家に販売したのが、開示ルール違反であるかどうか、という点です。【5月24日訂正:参照資産を構成するRMBSは90本でした。】

こう書いても金融専門家以外にはわからないところなので、金融についてあまり知識がない方のために、できるかぎりわかりやすくお話したいと思います。

まず証券化の概略を解説します。住宅用モーゲージは住宅を担保とする住宅ローン債権と考えていただければいいと思います。これを証券化してRMBSという資産担保証券を発行するには、まず何百本ものローン債権を特別目的会社ないし団体(SPV)の保有資産として集めます。

この保有資産を担保としてSPVが債券を発行して投資家に売却するのですが、発行される債券は保有資産であるローン債権の支払いが不履行となっても確実に利払いと満期償還ができるようなものでないと売れません。

そこで、保有資産のキャッシュフローが割り当てられる区分(トランシェ)をつくり、その区分のうち最優先にキャッシュが分配される部分を引当とする優先債券、次に割り当てられるメザニン部分を引当とする劣後債券、そしてもっとも劣後する区分を引当とする最劣後債券を発行します。「劣後」というのは、キャッシュフローがうまくいかなくなったときには最優先債券の償還に劣後するという意味です。「うまくいかなかったら最初にクーポンの支払いをうけられなくなりますし、損もかぶりますよ」という意味です。

優先債券の利払いはマーケットで受け入れられるレベルの利率を実現し、また格付け会社からAAAの最上格付けをとります。メザニンはBB以上、そして最劣後債券(当該区分をエクイティと呼びます)はBBB以下を取得します。【6月3日訂正;メザニンがBBB以上、最劣後はBBB以下の間違いです。正確にいえば優先債券の最上格付けをとり、高い利率を実現するためには、入ってくるキャッシュが当該債券の利払いや償還金にまわるように手厚くするので、メザニン、最劣後部分のリスクは高くなるという関係にあるので、メザニンの格付けは各証券化のスキームによってちがいます。】

エクイティ部分はリスクの塊であり、したがって利払いも最高率となります。メザニンはその次に高率となり、優先部分は一番利率がひくいという構成になります。メザニン部分やエクイティ部分を買う投資家は、担保資産の中身をみて、デフォルトしても債券は最後まで利払いが続き償還されるという可能性にかけて債券を購入するのです。これがRMBSのきわめて大まかな構造です。

以上のことからおわかりかと思いますが、RMBSという債券のパーフォーマンスはどのようなローン債権が集められているのかということ、すなわちその質次第で決まります。そこで担保となるローン債権の歴史的なデフォルト率、ローン債権の債務者の構成、地域、特定の地域に集中することによるリスクをさけるための分散などなど、きわめて複雑な分析をして、うまく債券がパーフォームするようにローン債権を選んでくることが重要です。

これには非常に専門的な知識と経験が必要とされます。そして投資家にとっては、誰がこの選択を行い、かつ、その資産の上記のようなパーフォーマンスはどのようなものだったのか、その質に関する開示が重要です。このために、業界でも開示の質を高めるべきであるという投資家の強い声におされ、米国証券取引規制上も開示ルールの改善がはかられてきました。

CDOは、このRMBSをSPVにいっぱい集めてキャッシュフローに加工を加えて、SPVが優先債券、劣後債券、最劣後債券を発行して売却するというもので、リパッケージ債とも呼ばれています。RMBSを集めるのですから、リパッケージ債がうまくパーフォームするためには、RMBS及びそれが担保とするローン資産を分析したうえで、質のいいと思われるRMBSを選択する作業がきわめて重要です。

これを専門としている会社をポートフォリオマネージャーとよんでおり、名声も実績もあるところにお願いしないと、CDOは売れません。基本的にCDOに投資するのは機関投資家というプロですから、CDOはルール144という適格機関投資家向け私募ルールのもとに、プロを前提とした開示ルールのもとで資産の質を中心とした開示が行われてきました。【5月24日訂正:「ルール144」は「ルール144A」の間違いでした。】

シンセティックCDOはさらに複雑です。通常のCDOに比較すると大きな違いがあります。まず、RMBSの束を参照資産としてつくり、この参照資産がうまくパーフォームしないときはSPVが一定の金額を払いますという取引をします。この取引の反対サイドにいるのがヘッジファンドで、今回の場合はポールソンがそれでした。

ポールソンは、いってみれば、参照資産がうまくパーフォームしないほうに賭けてSPVに大きな金額のプレミアムを払います(これをプロテクション・バイヤーといいます)。SPVが参照資産がうまくいかないときの保険金を支払うと思っていただければいいと思います(SPVをプロテクションセラーといいます)。これがクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の非常に大まかな構造です。【5月24日補足:正確にはSPVとCDOの取引に入ったのはGSさんで、GSさんがさらにポールソンにプロテクションを売っていました。しかし、GSさんを介してポールソンが投資家とは反対サイドに賭けていたという点は変りません。】

SPVは投資家からお金を集めて、AAA以上の優良な証券(米国債や優良会社の社債)を買ってきます。また、CDSのプロテクションバイヤーが払った高額のプレミアムを利払いのために使います。もし参照資産がデフォルトを起こせば、SPVは保険金をプロテクション・バイヤーに払わなければなりません。そのためにこれら優良な証券を市場で売って支払いをします。そうすると債券の利払いや償還ができなくなるので、やはり区分をおこない、優先的に償還される優先債券、それに劣後するメザニン債券、そして最劣後債券を作って、投資家に売ることになります。高額のプレミアムにより優先債券はさらに高い利率で支払うことが可能となりますが、リスクは高まります。

SPVは、この参照資産がどんなポートフォリオマネージャーによって選択されどのような質をもっているのかをルール144の適格機関投資家向け私募ルールにしたがって開示します。これだけ複雑な商品でハイリスクですから、プロにしか売れませんし、プロしか買わないものなのです。そしてプロたちは、ポートフォリオマネージャーが専門的な経験と知識を有しているのか、その者の判断で選択したのかをもっとも気にします。本件ではACAという非常に名前がとおっている機関がその選択をしたわけで、それでSPVが発行した優先債券を購入しているのです。【5月24日訂正:「ルール144」は「ルール144A」の間違いでした。】

つまり、この商品は適格機関投資家はポートフォリオがつつがなくパーフォームすることに賭け、CDSのプロテクション・バイヤーはその逆に賭けているという投機性の高い商品なのです。もしプロテクション・バイヤーがそのリスクをヘッジするため、さらにプロテクションを売ってポジションをニュートラルにすれば、そのリスクをとったものがこの賭けの参加者ということになります。機関投資家は、このように、この商品について反対の賭けをしている者がいることは十分わかっているし、わかっていなければ適格機関投資家とはいえません。

また、アレンジする投資銀行も自己勘定部門があるので、情報隔離した自己勘定部門が証券を買う適格機関投資家とは反対サイドにまわるかもしれません。この可能性も開示されることになります。GSさんはこれをちゃんと開示しています。

ところで、このようなシンセティックCDOはだれが言い出して組成されるものなのでしょうか。この商品がハイリスクであって適格機関投資家向けにしか売ることができないことを考えれば、これはプロ向けの商品であって、その組成は適格機関投資家の意見をきいてアレンジャーである投資銀行が発案することもあれば、適格機関投資家とは反対のほうにかけるヘッジファンドが発案してくることもあります。

今回のケースではポールソンが話を持ちかけてきていますが、彼らは彼らの相場観、つまり住宅ローン資産の市場はまもなく価格下落がはじまるという見方に賭けているわけです。もし彼らがその可能性を高めるために参照資産となるRMBSの選択を行ったら、誰も買いません。ですから、ACAのような専門的業者が選択する独占的な決定権をもっていなければなりません。

ただ、実務ではCDSのプロテクションバイヤーがいなければこの商品は成立しません。そこで参照資産の構成についてはプロテクション・バイヤーの意見も聞きつつ、参照資産を専門機関が選択し決定します。証券を買ってくれる可能性のある適格機関投資家の参照資産に関する意見も, アレンジャーである投資銀行が聞く場合もあり、その場合は常に専門機関から意見を求められるアレンジャーの意見に適格機関投資家の意見が反映することにます。。【5月24日補足:さらに、SPVが発行する証券に格付けを行う格付会社も参照ポートフォリオについて意見を述べます。格付取得のため格付会社の意見は軽視できません。今回の件では、優先的債券にはAAAの格付が付けられています。】

いずれにしても、参照資産の決定権は専門機関がもっているのです。もしその決定が恣意的であれば、もし証券が早期償還されるようになったら、その専門機関が適格機関投資家から訴えられてしまいます。

以上、ハイリスク・ハイリターンのこの商品に関与する適格機関投資家、投資銀行、ヘッジファンド、さらにはマーケットプレーヤーというプロにとっては、誰かが一方に賭け、誰が反対側に賭けていることは明らかであって、重要なのは、誰がどのような基準で参照資産を決定しているのかであり、具体的に誰が反対に賭けているかは重要ではなく、過去の開示で問題とされたこともないのです。

したがって、SECが、いままでの市場でも規制当局でも一度たりとも問題とされていなかったヘッジファンドが参照資産の選択について関与したことを開示していないことをもって「証券詐欺」として訴えたことに対して、GSさんが非常に強く反発し、徹底抗戦の姿勢をみせているのはまったく不思議ではないと思います。SECの訴訟はSECがルール変更を事後的に行っているという疑問があります。

では、なぜそれを行ったのか?これについては、長くなりましたので、また別の機会に書きたいと思います。

2010年5月17日 (月)

社外取締役の情報収集-ファーストリテイリングを取り上げての「演習」

NHKがファーストリテイリングの柳井正さんの戦略と行動をカバーする番組を、先週土曜日に放映し、大変興味深く拝見しました。番組を見た印象のみで大変恐縮ですが、柳井さんの戦略・手法はこれまで日本企業が海外進出をしていったときに教訓として残された経験は考慮にいれていないように見えたので、大変驚いたというのが正直な感想です。

しかし、米国に11年住み、弁護士として法的アドバイスとともに文化の架け橋となるアドバイスをしてきた身としては、とても今の柳井さんのやり方が気になってしまうのです。その戦略・手法が私の経験値とはあまりに逆の方向であるからです。テレビで与えられた情報からだったら、私ならこの程度は質問はするだろうということを当ブログで書きたいという欲望をおさえきれません。

そこで、今回は、私が新任社外取締役であると仮定して、番組に含まれている情報だけを提供されたとしたら、柳井さんに最低質問するであろうことをまとめてみることにしました。社外取締役として善管注意義務を果たすならば、こういう情報収集は最低しますというものを、空想的に演習としてやってみようというものです。前からこのブログで取り上げてきている取締役会のあり方として、ファーストリテイリングを取り上げさせていただいていますので、一人の強力な大株主兼リーダーのいる会社では、とっかかりとしてはこんなことを情報収集しないといけないのではないかというサンプルとして取り上げさせていただきました。

もちろん、私はファーストリテイリングとは関係がありませんし、その取締役会や経営会議で、どのようなリスクが検討されたのかはまったく存じません。社外取締役や社外監査役が圧倒的多数を占めているファーストリテイリングでどのような議論がなされているのかもまったく存じません。取締役や監査役の方々からすれば、まったく余計なお世話なのですが、失礼と思いつつ、下記にざっと書いてみたいと思います。演習例として御容赦ねがいたいと思います。

1.海外拡張戦略について

現在の計画によれば5年以内に売上げを今の10倍の5兆円にするという目標であり、その前提として国内の成長はほとんどみこめないので、海外事業を大幅に伸ばし、その原動力とすると理解しています。海外ユニクロが3兆円、国内1兆円、その他の事業が1兆円という規模ですね。

個人的には、国内の成長がないという大前提をすでにだれもかれもがとっている状況は実は異常で、本当にそうなのか疑問に思っております。それはさておいても、ベーシックにフォーカスしている会社が国内市場がもはや伸びないという前提は、どこにあるのでしょうか。ユニクロがベーシック商品で高品質、安価が依然として消費者を捕らえているのならば、商品を受け入れてくれる消費者はまだたくさんいるのではないでしょうか。ユニクロはまだ国内で800店舗程度です。マーケットの規模では女性用が男性用の2~3倍なのにユニクロでは比率が同じなので、大型店で女性をひきつけるという戦略をとるということを説明されていますが、そうであるならば、競争に勝てるところもかなりありそうなのに、なぜ海外が優先なのでしょうか。そのことによって国内のシェアをとることが遅れることがあってはならないですが、その点の資源配分はどう考えているのでしょうか。

また、海外への資源集中は、国内におけるM&Aなどはやらずに、経営資源を海外に非常に重点配分するということですが、それは海外進出が国内市場をとるよりも多くの収益と市場の地位を与えれば経営判断として理解できますが、M&Aのような手法もほとんどとらないという位置づけはどこからくるのでしょうか。

2.海外の消費者に受け入れられるバリューの根拠について

日本企業の強み、すなわち高い品質、決め細やかなサービス、心遣いなどを強めることが、海外で受け入れられ競争に打ち勝つということにつながるという見解の根拠はどこにあるのでしょうか。

例えば、アメリカでの経験によれば、アパレルのリテールショップは組合化されていることが多いこともあり、売り子の個人の顧客という意識が強く、売り子同士は他の売り子の客には手を出さないという意識があります(スーパーは別です)。そこで、その売り子がいいサービスをすればいいというだけでサービスを組織化したくても組織化できない下地を強固にもっています。また、品質の高さは歓迎されるでしょうが、ベーシックといえども色合いや色調、スタイルに強い好みがあり、縫製などの品質は二次的にとどまっていると思います。

このような消費者の意識の違いは国ごとに顕著であり、それを商品戦略や販売方法に反映しなければ商品は受け入れられません。日本企業は過去40年間これを経験してきたわけで、消費財について商品開発も拠点ごとに行うようになっているのは理由のあることです。一律に日本のやり方で日本の商品を提供しても受け入れられない国は多数あると思いますが、この点についてはどのように考えておられますか。

3.海外事業展開上のリスクについて

放送の中で説明された計画では3000人の管理職を海外に赴任させるとありますが、現在、展開している海外事業でも日本派遣の管理職は現地語もあまり話せず、また、現地の文化・生活習慣その他のライフスタイルについても精通していないようにみえます。これには、現地の労働慣行、権利意識、紛争時の行動パターンなども含まれます。

この点、日本で1~2年程度の短期の研修をうけた若手現地人や現地で業界の経験のある人間をマネージャーとして投入しているようですが、責任者は言語がわからないので、ショップの従業員とのコミュニケーションは現地人マネージャーのみに依拠することになります。

日本人責任者はユニクロのやり方を伝達するという意識なので、そのやり方が文化的なコンフリクトを起しているとしても気付くことがなく、したがって消費者や従業員ではなく、自分のやり方や事の進め方に問題があることに気付かずに執着するおそれがあります。また、間に入った現地人マネージャーに大きなストレスがかかりますし、やがて現地人マネージャーもいやになってやめてしまうということが起こり得ます。

たとえば、レジの処理を一分一秒早めるということは、消費者にとっては便利で歓迎されることでしょうが、それがはたして販売向上に結びつくのかどうかは国によっては疑問です。アメリカ人が行列にならんでがまんするところを何度もみており驚嘆したことがあります。日本人はせっかちです。また、ロンドンでもそういう風景をみて、アメリカ人と同じなんだなと思いました。もちろん、そういう訓練は総体としてのサービスの質を上げることになるでしょうが、実行する従業員には負荷がかかります。それが他のサービスと結びついて必ず売上げ向上に結びつくということを現実に示さなければ、今度は職場環境への不満として噴出する可能性があります。

さらに、そのような環境は法的リスクを誘発するおそれがあります。特に現地の人間が育たなければ経営幹部は日本からの派遣社員のみとなり、キーポジションも日本からの派遣という現象がおきがちで、その場合には、国籍や人種による差別であるという訴訟を誘発するおそれや組合化のおそれがありえます。それが集団でおきたときは大きなレピュテーションリスクを生み出しますし、さらに現地の規制当局が取り締まりをしてくる可能性があります。そのようなリスクの可能性についてどのような認識をもち、どのような対応策をうっているのでしょうか。

4.過去撤退した海外拠点に再度出店する理由について

過去、失敗した海外事業拠点を再開するにあたっては、なぜ前回は失敗したのかの原因の分析とそれに対する対応策が練れていなければ、再度失敗を繰り返すという轍をふむことになります。それなくして進出を繰り返すことは、会社資産の浪費につながりますし、経営判断としての合理性を確保することも難しいと思います。そのようなことがないようにするために、どのような検討がされているのでしょうか。そのような経験値は社内でどのように共有化され、次に現地に赴く人々へ伝えられているのでしょうか。

5.子会社の内部統制について

海外事業の比率が高まれば、日本の内部統制報告制度上、海外販売子会社の財務報告の信頼性にかかる内部統制の重要性が飛躍的に高まります。中国は内部統制報告制度導入の初期にありますが、日本との内部統制制度のすり合わせが課題となっています。ヨーロッパや中国に展開している子会社の内部統制の構築、整備についてはどのような計画をもっているのでしょうか。そのための人材育成についてはどのように行っていくのでしょうか。

ざっとこんなもんでしょうか。もちろん回答されることを前提に書いておりませんので、取締役の質問リストとはこんな感じではないかという例として読んでいただければと思います。

2010年5月 7日 (金)

独立社外取締役の善菅注意義務を考える

「会社役員の法的責任とコーポレートガバナンス」(小林秀之・高橋均編著、同文館出版)という本の書評を頼まれて、今、一生懸命読んでいます。なかなか高度なことが書かれている本ですが、社外役員の義務と責任や違法行為に直接関与していない役員の責任について、判例・学説を振り返りつつ、とても興味深い考察を加えております。

独立社外取締役の役割について、企業価値の向上ということをお題目に掲げつつ、具体的な機能についてはどうも十分な議論や実践がされていないのではないかと感じているということを、このブログでも申し上げておりますが、私が一番機能していないのではないかと疑っているのは、法令等遵守体制にほころびがないかどうか、また会社や他の取締役の違法行為や過失による善菅注意義務違反行為があるかどうかという点についての独立社外取締役の監視が適切になされているかという点にあります。

過去の不祥事事例をみても、社外取締役がいる会社もかなり散見されます。ところが、社外取締役の監視義務違反が認定された例はありません。上記の本でも、社外取締役が食品衛生法違反の添加物が混入された肉まんを製造販売した事実を認識した以上は事件への速やかな公表等を行うべきであるという書面を社長に提出したことをもって注意義務を果たしたとされた「ダスキン株主代表訴訟事件」や、利益相反のある不動産取引の決議に関連して、取引の詳細を知ったのが取締役会の席上がはじめてで、取引が会社定款に違反しないことは弁護士に確認し、価格については不動産鑑定士の鑑定書によっているから問題ないと判断したことを注意義務違反なしとした「ネオ・ダイキョウ株主代表訴訟事件」が紹介されており、「知らなければ安全な独立社外取締役」の様相が若干垣間見えます。

また、社外取締役と社内取締役はその善菅注意義務に差異はないものの、内部統制構築がなされており、業務執行取締役からの報告について疑うべき特段の事情がないときは、その個々の業務執行を監視・監督しなくても責任をとわれないという理論的な傾向があります。重大なリスクを知らず、業務担当取締役を信頼して行動していれば、異常が感知されない限り独立社内取締役は企業不祥事においても責任は問われないのです。私には世間でいわれるほど独立社内取締役がリスクのあるポジションには見えません。金融機関の法務部長やコンプライアンス部長のポジションのほうがよっぽどおっかないポジションに思えます。

しかし、現状のように独立社外取締役の責任の法理論は、独立社外取締役に期待されるコンプライアンスに関する監視をきちっとさせることにつながるのでしょうか。これが私の今の疑問です。なぜならば、社外監査役についても同様の理屈が妥当するとはいえ、現実としては社外監査役のほうが常勤監査役から情報がもたらされる確率は高く、結果として独立社外取締役より重い責任を追うことになる結果となっていると思われるからです。おまけに監査役は独任制で、一人ひとりの監査の義務のレベル感は常勤・非常勤、社内・社外を問わずかわりません。そのわりに世間的には、監査役の役割は評価が低いように思えてなりません。

これは要するに、異常な事象を認識できているか、それを認識した場合適切な対応をとっているかどうかにかかってきます。判例上、内部統制構築義務違反を認定された事例は皆無です。現状の判例の行き着いている理屈では、独立社外取締役は社外監査役以上に会社の情報は入りにくいにもかかわらず、そのことに手をつけなくとも内部統制構築義務違反とは認定されないので、独立社外取締役に取締役会で情報がもたらされない場合、「私は知らなかった」「私は知らされていない」のひとことで責任を逃れられる可能性がでてきます。したがって、社外監査役との対比では、社外取締役の責任を問われることは、実際上は相当少なくなっているという印象をもっています。

独立社外取締役が会社の法令等遵守体制の継続的改善にあまりアクティブな力となっていないと感じているのですが、それは、情報提供に対する内部統制構築義務の認定がゆるく考えられていることも原因ではないのかと疑っております。また、弁護士の間で社外監査役の就任をさける傾向が強いように思えるのは、このような事情も作用しているのではないでしょうか。

この点について、私は、COSOモデルにより金商法の財務報告の信頼性に係る内部統制にも取り入れられている、①統制環境、②リスクの評価と対応、③統制活動、④情報と伝達、⑤モニタリング、⑥ITの対応を、ワンセットで内部統制の要素としてとらえ、構築義務の中身をなしているという理解が必要ではないかと思っております。すなわち、会社にとって重大なリスクとなる事象に関する正確な情報が社内・社外取締役に伝達される仕組みがちゃんと構築されていないときは、端的に内部統制構築に不備があると考えるべきであると思います。そしてその不備の程度により善管注意義務に違反する過失がある場合とそうでない場合を仕分けるべきなのではないかと考えています。これは、日本監査役協会の内部統制監査の整理と同様の整理となると思われます。

例えば、会社にとって重大なリスクを発生させうる事案が取締役会に報告されていない場合は、独立社外取締役も内部統制構築義務違反から逃れられないこと、またそのような仕組みがある場合に、当該情報を検討して適切な質問をしたり、さらなる情報収集を要求することは一切しないままそのリスクが顕在化してしまった場合は、独立社外取締役はそのような行為さえ行わなかったことに対して、善管注意義務違反を問われうる、とすべきではないかと思います。

2010年5月 1日 (土)

企業内弁護士の心構えは外部の弁護士も同じ

ロイヤーズ・マガジン最新号に私のインタビュー記事がのりました。にやけた写真が出ていて非常に気恥ずかしい限りですが、そこで、最後の部分に若い弁護士たちへのメッセージが載っています。字数の関係で十分趣旨が伝えられないので、若干いいたいことを補足しておきたいと思います。

インハウスロイヤーには、組織内のクライアントに対する問題解決能力が問われます。よくいわれることですが、単純に法律的にだめというだけでは評価されませんし、どうしたらクライアントが目的としていることができるかを一緒に考えて知恵を絞ることが必要です。これをさして、チームワークだとか、ソリューション・オリエンテッドだとか称されていますが、これは確かに大事なことです。

しかし記事からは落ちましたが、法的なリスクが大きい場合やコンプライアンス上のリスクが大きい場合はやはりそれを止めるということも大切です。チームワークだからと強調されて、過大なリスクをとってしまうような方向に組織を導くことは、組織内弁護士がリスク管理がその重要な機能であることから考えれば機能不全という評価となります。ビジネスを実現する方向で考えるが、法的リスクやレピュテーション・リスクを十分考慮し、バランスを絶妙にとることこそが理想的なあり方であると思います。

その為に必要な仕組みは「企業内弁護士」という本の中で私が書いている論文を参照していただければ幸いです。

しかし、企業内弁護士の心構えは企業内弁護士のものだけなのでしょうか。過去、弁護士がビジネス人から批判されていたことは、「法的にNoというだけ」「ビジネスを知らない」「本当に知りたいのはどうしたらビジネスができるかなのに、その解決方法は提示できない」ということではなかったでしょうか。だとすれば、これは外部の弁護士にも当然妥当することです。

結局、クライアントの活動と目的を十分理解すること、クライアントの課題に向けて解決方法を探ること、しかし大きなリスクがある場合にはそのリスクを指摘し、意見をのべることは内も外もかわらないのではないと思います。

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