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2010年3月に作成された記事

2010年3月18日 (木)

「監査」の意味、すぐに言えますか?

最近、日本取締役協会のホームページに「会計士と弁護士の共同作業の必要性」という文章を書かせていただきました

その中でも述べているのですが、会計士の使用する言葉の意義を、弁護士はよく理解しないで使っている場合があります。

例えば「監査」という言葉。ちょっと長い引用ですが、日本公認会計士協会の監査基準には真っ先にこう書いてあります。

「財務諸表の監査の目的は、経営者の作成した財務諸表が、一般に公正妥当と考えられる企業会計の基準に準拠して、企業の財政状態、経営成績及びキャッシュフローの状況をすべての重要な点において適正に表示しているかどうかについて、監査人自ら入手した監査証拠に基づいて判断した結果を意見として表明することにある。」

「財務諸表の表示が適正である旨の監査人の意見は、財務諸表には、全体として重要な虚偽表示がないということについて、合理的な保証を得たとの監査人の判断を含んでいる。」

すなわち、会計士にとっての「監査」とは、一般に公正妥当な企業会計の基準に準拠して、会計士が自ら入手した監査証拠に基づいて、全体として重要な虚偽表示がないということについて、合理的な保証を得るための、又は、合理的な保証を得ることができないことを確認するための、一連の作業です。

これと対比されるのが「レビュー」ですが、例えば四半期レビュー監査の基準には、四半期レビューが財務諸表には全体として重要な虚偽の表示がないことについて合理的な保証を得るために実施される年度の財務諸表監査と同様の保証を得ることを目的とするものでないとされており、合理的保証のレベルについて質的かつ実際的な違いがあります。

だから、会計士さんたちが会社法の会計監査を行うときは、計算書類について会社法計算規則及び公正妥当と考えられる企業会計の基準に準拠して、合理的保証を得られたという判断を行って初めて適正意見がでるということになるわけです。

会計監査については、会計士の監査の相当性を監査するのが監査役の仕事です。相当であると判断するための「合理的保証」を得るための作業はどのようなものなのか、「監査」とパラレルに考えるとかなりイメージが湧いてまいります。

ところが、法律家は「監査」という言葉をそこまで厳密に定義づけて使っていたとは思えません。ちなみに代表的な会社法の概説書をみても「監査」が何を意味するのかについて、監査基準のような方法で定義づけているものは見た限りではありません。例えば、江頭憲治郎教授の「株式会社法第3版」は、「監査役・監査役会の職務・権限は、取締役の職務執行を監査することである。」と叙述し、「監査」の意味については業務監査と会計監査があること、また業務監査の中での適法性監査と妥当性監査について言及するのみであり、「監査」が何を意味するのかは書いておりません。

弁護士の論述をみているのと、中には、「監査」と「監視」「監督」を同視して書いているものさえあります。

会計士さんの発想で法令等遵守についてみるとどうなるかというと、土田義憲先生が書かれた「法令等遵守の内部統制」(中央経済社、2009年)が例として適切だと思います。この本はCOSOのフレームワーク、さらにJ-SOXのフレームワークの評価方法を応用していますが、その目的は「法令等遵守を合理的なレベルで保証する内部統制の整備状況」の評価にあります。

他方、日本監査役協会の「内部統制監査役監査基準」及び「内部統制システムに係る監査の実施基準」は、COSOのフレームワークに依拠しているので、会計士さんの「監査」の概念にとても近づいております。

結局、「監査」という意味を、どれくらいきちっととらえるかで監査役が行うべき仕事の中身も変ってきます。例えば業務監査については、監査役自らが収集した帳票、監査調書その他の証拠をもとに、「取締役の職務の遂行に関し、不正の行為又は法令若しくは定款に該当する重大な事実」がないことの合理的な保証を得るための基礎を取得していくプロセスと考えると、もやっとしていた監査役の具体的職務内容も、監査計画から始まり、何をリスクとして認識して、どのようなレベルで法令等遵守を可能とする体制となっているかということを考えなければならなくなるわけです。

内部統制をめぐる会計士と弁護士の議論は、実は双方の使用している言葉の意義の違いを意識せずに起こっている場合が多いかもしれないのです。最近、証券取引等監視委員会でもこのことに気付いて、内部の勉強会で法律と会計の理解を深める努力をしていると幹部の方から聞きました。とても大切なことであると思います。

2010年3月16日 (火)

公開会社法の法制審諮問に思う

皆様、長らくのご無沙汰でございます。12月にみずほ証券の東証に対する訴訟の第一審判決が認定した事実関係を書いて、判決に対する疑問を書こうと思っていたのですが、本業が忙しくなってしまい、ブログアップが難しくなってしまいました。

近況を報告しますと、この間、①国広正先生と中村直人先生とご一緒に、投資ファンドのインサイダー取引疑惑調査の第三者委員会の調査の仕事をさせていただいたこと、②目黒区包括外部監査人として包括外部監査報告書を提出したこと、③監査役の機能についてある重要な意見書の作成を高名な先生から依頼されそうとう緻密な意見書を提出したこと、④日本監査役協会からの監査役スタッフ研修で3日間「財務報告に係る内部統制報告監査の留意点」という題で講演を行う機会を与えてもらったこと、⑤JALの会社更生手続に大手債権者を代理して関与していること、⑥日本取締役協会内部統制研究会の内部統制報告ワーキンググループで内部統制報告、監査役報告、監査報告といった一連の開示書類又は開示添付書類の検討をすすめることができたこと、というプロフェッショナル冥利に尽きる充実した仕事をすることができました。

これらの機会を与えていただいたクライアント及び関係各位に、深く感謝申し上げたいと思います。これらの活動により深めた考えは、おいおいこのブログでもふれていきたいと思っております。

さて、3ヶ月ぶりのブログ第1弾は、「公開会社法まわり」の議論の現状について若干さらってみたいと思います。

千葉佳子法務大臣は、法制審議会に2月25日に会社法の改正について以下のとおり諮問しました。

「会社法制について,会社が社会的,経済的に重要な役割を果たしていることに照らして会社を取り巻く幅広い利害関係者からの一層の信頼を確保する観点から,企業統治の在り方や親子会社に関する規律等を見直す必要があると思われるので,その要綱を示されたい。」

法務省のホームページを見る限り、まだ審議の日程も決まっていないようです。これからの論点整理自体がけっこう時間がかかるかもしれません。

これに先立つ2月17日に社外取締役ネットワーク主催の公開会社法の公開シンポが開催され、民主党の大久保勉参議院議員、落合修二教授らパネリストの議論がなされました。

残念なことに、独立取締役の議論と監査役に従業員代表をいれるというアイデアについての議論だけで終わってしまいましたが、当ブログで指摘したとおり、監査役については連合の「政策と提言」からそのまま引いてきたものでありまして、大久保議員が、「連合の意見も取り入れた。法制審で十分議論してもらえば、その結果がどうなろうと自分としてはフレキシブル。」と発言していた点からも、政治的な思惑から民主党案に従業員代表監査役のアイデアが入ったにすぎないことははっきりしています。当日のパネリストの発言も「極めて不適切」という意見が強く出されていました。

独立取締役の議論の際、面白いことに、パネリストの中には、監査役は違法性監査のみならず妥当性監査の領域についてもどんどん発言することに対して、議決権がないから「気楽なもんだ」という外人パネラーがいました。監査役がどのような考えで発言しているのか、まったく思いもよらないのでしょう。監査役に重要案件について取締役会での議決権を与えてもらうような会社法改正がされたら、積極的に投票する監査役は必ず出てくると思いますが、なによりもこの発言に象徴されている「監査役はたいしたことをやっていない。」という暗示には、まじめに監査に取り組んでおられる監査役諸子は苦々しく思ったのではないでしょうか。

それに比べて独立取締役については、なぜそれが経営監視機能や会社の企業価値を高めることに貢献するのか、傾聴に値する発言はまったくなかったです。これまた、当ブログで指摘したとおり、社外(独立)取締役の割合が企業価値に正の影響を与えるという研究成果は皆無の状況であり、また経済界も、企業の活動やビジネスについて詳細を知らない第三者である社外独立取締役がどれほどの貢献をできるのかについて懐疑的である現状からすれば、もう少しちゃんとした議論がききたかったところです。

ところで、社外ネットの「季刊社外取締役」2009年12月号には昨年7月に行ったシンポジウム「独立社外取締役の役割と実情」が掲載されています。その中で森正勝氏(アクセンチュア最高顧問、スカパーJSATホールディングス社外取締役)が、監査役では忠実義務、善管注意義務、コンプライアンスをやっているかどうかを見ることはできるけれども、オーバーサイトはきかない、社長に目標を与えたり、評価したりできるわけがない、という発言をしておられます。

森氏は監査役もされており、「監査役も非常に重要であって社外取締役の立場から監査役には内部統制の問題とかをいろいろ質問しているが、経営執行のオーバーサイト機能としては力が弱すぎる」と発言されているので、上記指摘は監査役という役割について、法律で与えられている権限・機能が弱すぎるということを指摘していると考えるべきでしょう。監査役の限界をついている議論であるとは思います。

だからといって、社外取締役はどのような「オーバーサイト」機能をはたすべきなのかの説明はあまり明確ではありません。ご自身が細かい電機、電子技術的な投資案件については知識があまりないので、大局的にみて会社の利益になるかどうかという点等からみると説明されていますが、ここが正に、「そんなに会社にとって意義深いことをいえる業界素人の社外取締役がどれくらいいるのか」という経済界の反発を打ち破れないところでしょう。

この点について、東京大学大学院経済学研究科の柳川範之准教授は、「社外取締役に本来期待される役割は、経営者トップのお目付役、もう少し言えば、退任を迫ることではないか。」と一歩踏み込んだ発言をされています(日本取締役協会機関紙Board Room Review2010年2月号)。とはいいながらも柳川准教授もこのような機能は海外でも十分には働いていないとされておりますが、改革の方向性はこの方向ではないかと指摘されています。

もしかしたら、社外(独立)取締役の設置の必要性に関する議論は、閉塞状態なのかもしれません。こう考えると、公開会社法の論点整理は容易ではなく、議論も簡単にまとまらないのではなかろうかと思う次第です。大久保議員のお話でも拙速な議論をしない、ということなので、企業統治に関する議論がしっかりとされるのか、今後注視していきたいと思います。

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