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2009年12月に作成された記事

2009年12月 7日 (月)

ジェイコム株誤発注取消処理に関する損害賠償請求事件の考察(1)

みずほ証券が東京証券取引所に対して、ジェイコム株誤発注にかかる取消がシステム上できなかったことにより損害を被ったとして提起していた407億円の損害賠償請求事件の判決が12月4日にありました。請求認容額は107億円でした。この判決の詳細は今後、分析されるでしょうが、事件の実相、争点、判決の判断について考察しておきたいと思います。しかし、詳細な事実を理解することからはじめることがとても必要だと思われる事案ですので事実をみていきたいと思います。

この判決を正確に理解するためには、東証における株式売買システムの理解が不可欠です。証券取引所は、ざっくりいえば、取引参加者からの売り注文と買い注文を付合せて、一定のルールのもとに対当させ、売り注文と買い注文との間で売買を成立させるのが業務です。東証の売買システムも業務規程や呼値に関する規則などのルールに基づいて設計されていました。

ジェイコム株は初上場株でした。東証の業務規程では初上場銘柄の初値の決定及び最初の売買価格の決定は、板寄せにより行われ、売買成立のためには、以下の3つを要求しています。

① 成行の売り注文と買い注文のすべてが約定すること

② 約定値段より高い買い注文と、約定値段より低い売り注文がすべて約定すること

③ 約定値段において売り注文又は買い注文のいすれか一方すべてについて約定し、他方は1売買単位以上が成立すること

ただし、買い注文が売り注文の数量を大幅に上回り買い注文が優勢のときは、立ち会い開始時に「買い特別気配」を表示することになります。

ジェイコム株の場合は、午前9時20分に買い特別気配672,000円が示されていました。初値がついていない状況だったのでその状態が続いていました。

午前9時28分に、みずほ証券が指値1円での61万株の売りを東証の売買システムを使って発注しました。

61万株という数の売り注文は、ジェイコムの上場株式数も買い注文の合計の株数よりはるかに大きい数ですので、それまでの買い優勢をひっくり返すものでした。このような逆転気配となった場合は、必ずその時点で表示されている買い特別気配値段で売買を成立させる運用となっており、東証の売買システムはこのとおり特別気配値段で売買を成立させました。

価格優先の原則によれば、成行の売り注文の次にみずほ証券の売り注文が他の指値注文に優先して約定の対象となるのですが、逆転気配の場合には例外があり、逆転気配を引き起こした注文は後回しにされる取り扱いとなっています。そこで、以下のような処理がおこなわれました。

①売り買いの成行注文の全部が特別気配値段で約定する。

②みずほ証券の売り注文以外の、買い特別気配値段以上の指値の買い注文と特別値段以下の指値の売り注文とが、特別気配値段で約定する。

③以上の制約により残った買い注文とみずほ証券の売り注文が特別気配値段で約定する(みすほ証券の売り注文数が多いので、売り注文の一部について売買成立、その後の残りの売り注文がまだ板として残る)。

初値がついたので、値幅制限がシステム上自動的に設定されました(高値772,000円、安値572,000円)。値幅制限設定後は、設定前の売り買いの注文でこの制限を超えているものは、安値又は高値に自動的に変更され、また設定後に入力された値幅制限を超える注文は、板として立たず排斥される処理が行われます。

こういう状態になったときに、一部売買が成立したみずほ証券の1円の売り注文に対して、買い注文がみずほ証券の売り注文板をみた各証券会社から次々と入ってきたのです。このときに、東証の売買システムは、みずほ証券の残っている売り注文に対等する買い注文を3秒ごとに自動執行し、初値より値段で低い買い注文(値幅制限の安値に近づいていく)で売買が次々と成立していくということが起りました。

こういうことが起こっている途中の午前9時29分、みずほ証券は売り注文の取消注文を入力しました。しかし、板として残っているみずほ証券の売り注文は、システム上、取消処理されませんでした。東証では、取引参加者は注文を取消注文により撤回できる制度をとっています。

上記のような処理がなされる過程で取消注文が発注されたとき、その取消注文はその時点で取消注文が発注される前に入っている売り注文と買い注文とを対当させるタスクの後に、処理をされることになっているので、取消待ち状態になります。対当が終わり売買が成立し付合わせタスクが終了すると、システムは取消対象となる注文の探索を注文データベースにむかって開始します。つまり、付合せのタスクに入った注文については取引を対当させて約定させるものはさせて、注文取消の対象である注文に残があるときは、取消を行うというのがルールとなっています。

このプロセスは、銘柄別注文情報(一部について付合わせができ約定ができると一部約定したという情報が付加される作りでした)がくっついている銘柄別注文のデータベースに注文取消対象を探しに行くわけですから、一部約定情報が残っている注文データベースの中から取消対象の売り注文が特定されていれば、注文取消は実行されたはずです。

ところが、付合わせプロセスを行うモジュールとは別のモジュールが、逆転気配の付合わせが終了したのちに、一部約定したという情報を注文データベースから消すという設計がなされていたのです。このために、注文データベースに取消対象となる注文を探しにいっても、それが取消対象であることが認識できず、取り消すべき注文がないと判断されるということが起こったのです。他方、売り注文の残は一部約定情報が抹消された形で銘柄別注文データベースに残っているので、買い注文が入ってくればシステムは残っている売り注文を約定対象注文と認識して、せっせとあらたな買い注文との対当・約定成立の処理を行っていくということになったのです。

こうして値幅制限いっぱいの最安値572,000円に至るまで次々に約定が成立していきました。最安値での付合わせが終了すれば、処理はいったん終了します。この時点では取消注文は対象取引なしと判断され、それで終わるはすなのです。

しかし、まだみずほ証券の売り注文は数が残っていました。この間も買い注文が次々に入ってきて、売買システムは取消注文を待たせて、途切れることなく付合わせのプロセスを先に実行していきました。売買システム上は、付合わせタスクが終了して次の付合わせタスクが開始するまでの間に取消注文が入らないと、取消の処理が始まらないという設定だったのです。

みずほ証券は9時29分に取消注文を入れた後も取消できないので、9時33分から35分にかけてさらに取消注文を発注しましたが、受け付けられないため、ついに9時35分になって自己勘定による買い注文を開始し、9時37分までにその時点で残っていた自己の売り注文467,688株を対当させ、売り注文を板から消したのでした。

ちなみに、前述した逆転気配の付合せのあと銘柄別注文データベースに残っている一部約定を消してしまうという処理は、事件後、東証によって手当てされました。また、大阪証券取引所の売買システムでは取消しが確実になされているものとなっていました。

さて、これまでの事実経過をみて、皆さんはどう思われますか?(続く)

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