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2009年10月 2日 (金)

再び改正貸金業法の負の効果の測定について

デイブさんという方から、貸金業法についての記事について大変楽観的なご意見をいただきました。40兆円は過剰に貸し付けられたものが消えたのではないかというものです。詳細はそちらの記事のデイブさんのコメントをご覧下さい。デイブさん、ありがとうございました。

コメントをいただいたのをきっかけとして、40兆円も過剰に貸付が行われていたのではないか、気にかかりましたので、何か資料はないかと探してみました。

週刊ダイヤモンド「弁護士大激変」2009円8月29日号に、潜在的リーガルマーケットの予測値がありました。それによると過払い金返還請求の市場は、年間80万人がこれを行うとして、一人当たりの報酬20万円で1600億円。報酬が20%とすると、返還金総額は8000億円にすぎません。

過剰借り入れそのものの数値ではありませんが、この数値一つとっても、40兆円も過剰貸付でマーケットが膨れていたとは思えません。信用収縮はまちがいなくおこっているのです。そして、40兆円のうちいくらがヤミ金融にむかっているのか、ここが問題です。その数値が知りたい、いや推計でも知るべきであろう、こう思うのです。

ところで、前回の記事で紹介した立法担当官の大森泰人さんは、「逐条解説 貸金業法」(商事法務、2008年)でこういっています。

「合法業者への規制強化により満たされざる超過需要がヤミ金融に向かう可能性は、いまなお否定する自信はない。」

「この書物で解説しているような制度改革を実施すれば、副作用として信用収縮が生じてしまう、といわれることがあるが、誤解を恐れずにいえば、一定の信用収縮は、改革の副作用ではなく、そもそもの目的である。「返せないなら借りるな」と「返せないなら貸すな」という主張はともに正しいが、借り手のリテラシーが直ちに向上しない以上、貸し手への規制によって、返せない人たちに貸さないようにするしかないし、その規制によって返せる人にまで貸せなくなるという副作用が一定程度生じてもやむを得ないという判断になる。」

大森さんがいかに肝のすわった官僚であるかがわかるというものです。しかし、信用収縮は確実に起こり、超過需要がヤミ金融に向かっていっていないかが立法当初から懸念材料であるならば、それが実際起きていないかどうかを追跡調査するのが役所と政治家の仕事というものでしょう。

借り手のリテラシーが向上しないなら、この政策を打つしかないといっていますが、そういう借り手はヤミ金融の恐ろしさが理解できるのでしょうか?ここが問題です。そういう借り手は金が必要と思ったら借りられるところに行くわけで、そこがヤミ金融の目のつけどころでしょう。

地方の疲弊は金が回らないことも一因としてあるわけですが、もし貸金業法改正により、それが引きおこっているとすれば、政治はどうすべきなのでしょうか。亀井さんみたいに「銀行は反省すべきだ」といって銀行の責任にしておけばすむわけはありません。グレーゾーンを許容していたほうが、生きるすべはあったとしたらどうなのでしょう?消費者側からは拍手喝采であった法律が、実は地方の疲弊を加速していたとしたら、こんな皮肉なことはありません。

そういうことも含めてトータルに政策の検証をすることが、金融行政を司る者の責務であると思うのです。

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