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2009年8月18日 (火)

民主党「公開会社法」案に落胆する

本日の日経新聞朝刊のコラム「一目均衡」に編集委員の三宅伸吾さんが、民主党の政策「公開会社法の制定」を取り上げられています。

それによると、民主党は経団連が反対している社外取締役設置義務には加担せず、従業員代表制度の実現を全面に押し出したとあります。民主党の政策集は、公開会社法制の中身まで書いておらず、単に「株式を公開している会社等は、投資家、取引先や労働者、地域など様々なステークホルダー(利害関係者)への責任を果たすことが求められます。公開会社に適用される特別法として、情報開示や会計監査などを強化し、健全なガバナンス(企業統治)を担保する公開会社法の制定を検討します。」とあるだけなので、この記事ではじめてそこでいっている中身がわかったわけです。

この民主党の政策の評価ですが、直言しますと、財界と労働組合の両方に媚びるバラマキのような案で、バラマキ政策が多い民主党らしいと思いますが、ガバナンス強化にはまったくつながらない案だと思います。

上記コラムによると、背景は連合がまとめた「政策・制度 要求と提言」で、金融危機や格差問題の背景に株主主権主義のまん延があるとして、従業員代表制の実現を求めたと解説されています。

しかし、上記の連合の提言を読むと、産業政策のところの<考え方と背景>には、内需主導の必要性、雇用政策と一体となった産業構造の転換、企業の国際競争力強化と地域経済の発展の必要性、労働者ものづくりのための人材育成の必要性等の認識が示され、株主主権主義という言葉さえでてきません。

さらに、<考え方と背景>を読んでいきますと、(9)として企業の会計不祥事・コンプライアンス欠如にふれ、「企業は労使協議等を通じ、引き続き内部統制を強化する必要がある」という記述がでてきます(29頁)。しかし、金融危機や格差問題の背景に株主主権主義があるという認識は最後まで示されていないので、これは取材の過程で誰かが三宅さんにそういったと想像しています(民主党の人間でしょうね)。

そして<要求の項目>5の「労働者の意見反映システム等の確立を進め、健全な産業・企業体質を構築する。」の(2)として、「多様なステークホルダーの利益への配慮も含む企業統治や企業再編時の労働者保護を実現するための会社法制を整備する。また、企業の不祥事や法令違反を抑止するために、監査役・監査委員会の構成員に労働組合代表あるいは従業員代表を含める等、監査の機能および権限の強化をはかる。」という記述が、かなり唐突な感じででてきます。

唐突というのは、前段の要求はどの<考え方と背景>から出てくるのか不明であり、後段の要求は<考え方と背景>の(9)に関連するが、なぜ従業員代表が加わることにより内部統制が強化されるのかについては一切の論述がないからです。

実は連合の本当にほしかったものは、企業再編時の労働者保護なのでしょう。そのついでに、企業不祥事をネタとして労働者の意見反映システムとして従業員代表制に言及したと思えます。監査役制度やコーポレート・ガバナンスの現状を十分考慮したうえでの提言とは、どうも思えません。

連合が本当にほしい企業再編時の労働者の保護は(おそらく経団連が強く反対しているので)無視して、むしろ傍論であった監査役の労働組合代表制ないし従業員代表制を政策に取り入れたのではないかという印象をぬぐえません。そうであるとすると、民主党はあまりにも思慮不足であって、選挙目当てのバラマキ政策だ、といわれても反論できないのではないかと思います。

それはともかく、従業員代表制がガバナンス強化につながるか、という点について考えて見ましょう。結論を先に言えば、私にはそうは思えません。

まず、労働組合がない企業については、従業員代表といっても、結局は経営者の意向・指名により従業員代表が決まるのです。三六協定や就業規則改定について実態がそうですし、三六協定無視も横行している企業が多い中、従業員代表とはいっても経営者の意向に沿うものが監査役として送り込まれる可能性が大きく、それでは監査役の機能弱体化ないし現状の問題ある監査役会のレベルの維持でしょう。企業にとっては取締役になれなかった人に対する監査役のポストを一つ減らさなければならないし、従業員代表として送り込まれる人もおそらくは無報酬で重い責任をしょわされるということになりかねません。こういうのは改善といいません。

次に労働組合がある企業については、御用組合化しているところは上述の批判がそのままあてはまります。

ではそうでないところはどうでしょうか。私が疑問に思うのは、組合との利益相反がおこるような場面で、従業員代表(=労組代表)の監査役ははたして機能できるのかどうかという点です。

例えば派遣社員・パート従業員と正規社員の区別をむしろ肯定してきた労働組合代表たる監査役が、偽装請負を積極的に指摘できるのかというと、それが派遣・パートをきって正規従業員がその仕事をしなければならなくなるような事態につながる場合には、指摘することが難しくなのではないでしょうか。特に組合員の場合は、出身母体の利益に反するようなことをするとは私の経験から見て思えません。

取締役に対する牽制を強くしなければならないような事態がおこったとき、例えば経営陣への相当厳しい勧告や違法行為差止請求を行わなければならなくなった場合には、出身母体たる労働組合と経営陣との軋轢にまで発展することも予想されますが、組合出身の監査役がそんなことができるのかどうか、大いに疑問です。なお、経営陣への勧告・助言は、日本監査役協会の内部統制監査では想定されているところです。

また、労働組合の構成員が違法行為に加担しているような場合に、ひも付きの監査役がそれを指摘できるのかどうか。企業の不祥事には現場で働いている従業員(=組合員)はだいたい関与しているものです。時には、監査役はそういう者について厳しい対応をとるよう会社に勧告しなければならないのに、それができるのでしょうか。

以上、独立性・利益相反防止の観点から疑問だらけです。独立性のある常勤社外監査役をおいたほうが、従業員代表よりガバナンスには効果的です。また、それよりもずっと強力な権限を監査役に与えるような法改正を、例えば監査役に取締役選任についての投票権を与えるような制度構築をするほうが、ずっと効果があるように思います。

さらに、先の記事では従業員代表の考え方は労働分配率の引き上げや従業員の地位向上が目的だということです。まさに自分の属する集団の利益をはかるために監査役を送り込こもうということであって、もしそのとおりであるならば監査役制度の破壊です。監査役の独立性とは完全に相反するものであり、受け入れがたいと思います。

民主党の公開会社法制が報道どおりだとすると、コーポレート・ガバナンスの方向性とはまったく逆の利益誘導型改悪です。どうみても現状の議論を踏まえて出てきた政策ではありません。財界と組合の両方の顔をみながら政策を決めているとしたらなんとも情けない話であり、万一政権をとったとしても、ちゃんとした議論をしないと大きな間違いを犯すことになります。三宅さんが記事の最後に海外機関投資家が対日投資を手控える懸念に言及しておられますが、私はこのような安易な政策決定を行うとするならば、それ自体に不信感がもたれることになるであろうと思います。

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