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2009年8月14日 (金)

法科大学院に感じることなど

だいぶ日にちがあいてしまいました。一体、なんでこんなにアップできなかったのかなとスケジュールをチェックしてみると、7月から8月まですごく忙しい日が数日続くとパタッと暇な日が2日位続くということの繰り返しで、あっというまに日が過ぎて行ってしまいました。50歳を超えてから、私も粘り腰がちょっとなくなってきたみたい......

8月に入って最も忙しかったのは、一橋大学法科大学院で持っている企業法ゼミの採点作業です。割と問題数が多いレポート課題を提出し、学生たちにレポートを出してもらうのですが、その解説の正確性を確保するため、同じゼミを担当しているNHKの梅田康弘弁護士(日本組織内弁護士協会理事長、私も理事をしています)と分担して理論と判例の調査を行って解説を書いて授業で一回解説し、さらにその上で学生たちのレポートを綿密に検討します。今年は梅田弁護士にきてもらって、私の事務所で3日間(のべ15時間)かけて詳細に検討しました。打ち合わせ前に各自でレポートを読んで、追加的リサーチをかけたりします。結構な時間を使い文献にもあたるので、我々の勉強にもなります。

私は学生時代、民法が大好きで、法政大学の学長をされた下森定先生のゼミでみっちり財産法を勉強したので、いまでも基礎理論はかなり身についていると自信をもっています。それに対して会社法は、古い商法の条文しかあたまに浮ばず、会社法の条文がいまだにしっくりきていない感じがします。内部統制を専門にやっている私も日々、会社法の勉強をしているというのが現実で、特に監査役就任後は実務を通じて調査をしたり考えたりすることにより、会社法がだいぶわかってきたように思います。実務家はやはり実務が育てるのですが、これもあの厳しい司法試験の勉強があったからだと思います。

レポート評価を経た成績評価や印象等はこのブログで書くべきことでもないので、ふれませんが、私が学生の時と違って今の学生は法科大学院の成績を非常に気にするし、就職にも響くので、私も梅田さんも真剣です。

ここ数年、感じるのが、民法の基礎力が我々の司法修習時代よりちょっと落ちているのではないかということです。新司法試験が導入され、法学部の学生たちは司法試験の勉強は法科大学院からと思って我々の時みたいに学部生時代必死にやっていないのではないか、と疑っています。新人弁護士や法科大学院でこれは困ったと思う者には法学部出身の若い学生が多いし、民法の教科書にかいてあることを理解していないことが多いからです(他学部出身者は健闘していると思います)。実際、今年も司法修習同期のクラス会に行き、同期の弁護士・裁判官と話しましたが、毎年同じ懸念を聞くので、私一人のバイアスとも思われません。

法科大学院のカリキュラムや法学部カリキュラムは根本的に考え直す必要があるように思います。民法などの基本科目の基礎力がその後の実務を支えるのはまちがいありません。それは金融商品取引法、独占禁止法、知的所有権法等、どの法律をとっても同じはずです。民法的考えがベースにあるからです。学生たちや若い弁護士たちには、ぜひ民法の定評ある教科書をじっくり条文とともに読んでもらいたいです。

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コメント

とも先生のブログには共感する記事が多いのですが、今日は(大変出遅れましたが)この記事にコメント差し上げることにします。
おそらく、とも先生が書かれていること(今の学生は民法の基礎力に劣る)は正しいのですが、その原因は必ずしも学習時間や真剣さが十分でないことだけでなく、むしろ民法の基礎(コア)が拡散していること、実務と学界の乖離がどんどん広がっていることに(も)あるのではないかと疑っています。

どうも、「学問的関心」が教育を悪くしているように思われてならないのです。自分のブログには書けないことを、とも先生のブログに書いてしまって、申し訳ございません・・・

また、来月に別件でお世話になります(ペコリ)。

おおすぎ先生

どうもありがとうございます。大変舌足らずな書き方をしてしまったと今、反省しております。学生達の法科大学院で示している熱意はそれは大変なもので、一生懸命勉強していることはわかるのです。最近、司法研修所を出てきた若い弁護士諸君もそうであったにちがいありません。ただ、その割に身についていないのはなぜ~?と思うわけでして、その理由は学生達が基礎理論の習得に時間をかけていない⇒その原因は、1年生で基礎科目を全部すませるような法科大学院のカリキュラムにあるのではないか、というのが私のいいたいことでした。

民法のコアが拡散している、というご指摘が、現代的課題を非常に追いかける傾向が強い今日では、たとえば瑕疵担保責任が法定責任であるということの意味を要件、効果、具体的事例への適用という点で十分考えるようなトレーニングを積まないで、最近の学会の話題となっている論点を乱立する学説を記号的に頭につめこまざるを得ない環境となっているというご指摘であるとすれば、まったく同感です。川井健先生がその教科書「民法概論」のまえがきで学説の乱立について憂慮を示され、コアの部分にフォーカスしたということを書かれていたと記憶していますが、まさにその弊害が学生に及んでしまっている、という感じがしております。

また来月別件ではお世話になります。よろしくお願いします。

ご多用中、ご返事くださいまして、ありがとうございます。私こそ、元のエントリーをきちんと読めていなかったことをお詫びいたします。

その上で、もう少しだけ愚痴(?)を続けさせていただきますと(もちろん、この件へのご返事は結構です)、中教審は1年生の授業時間を増やすことを答申しているのですが、それに対する東京弁護士会の意見書は、無闇に授業時間を増やすよりも、むしろ教える事柄を精選すべきことを主張されています(遠回しに書いてありますが、要するに授業で初心者向けでない無駄なことが教えられていることが問題点と捉えられています)。私はこの東弁の考え方に分があると考えますし、とも先生も同意見であると察します。そうであると、カリキュラム改革というよりも、教える人のマインドを根本的に変えるというか、むしろ教える人を入れ替えてしまうというのがあるべき改革であるように思われます。

この際はっきり書いてしまうと、学者はシンプルなルールを簡単な事例に当てはめて、法的に結論を出すという推論過程の訓練(小学生の算数のような作業)には関心がなく、事例を離れた学説の優劣を論じることに血道を上げる傾向があるので、少なくとも初学者教育には学者をかかわらせるべきではないと考えているところです・・・(というか、未修者コースを廃止して、みんな予備校で基礎を学んだほうが良いかもしれません)

来週、お世話になります(ペコリ)。

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