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2008年9月16日 (火)

リーマン・ブラザーズの破綻

ロンドンから今さっき帰ってきました。ロンドンでは、リーマン・ブラザーズのチャプター11の申立がトップニュースで流れていましたが、そのコンテクストはバークレイズ銀行が交渉からドロップした結果、リーマンが連邦破産法申請をせざるをえないとした、というものであって、それがどのような結果を及ぼすのかの分析がBBCでさえ欠けていました。現代金融の中心地であるロンドンでこのレベルの反応なのか、とちょっと意外でした。リーマンの経営破綻はおそるべき影響を及ぼす可能性があるというのに。

帰国してテレビをつけてみると、TV各局が早速熱心に状況を分析しており、さすがにバブル崩壊を経験した国だけあります。リーマンの日本法人も民事再生手続を申し立てて、負債の総額は銀行借入れだけで2000億円、主要行で各行200億円以上という報道ですが、どうもノンリコースローンの総額ではないかと思われるのです。デリバティブ取引に長くかかわっている私としては、リーマンが日本においてアレンジしたノンリコースローンの負債総額だけではなく、リーマン全体でいったいデリバティブ取引でどの程度のエクスポージャーを抱えているのか、またリーマンをレファレンス・エンティテイとするクレジットデリバティブの想定元本がどの程度なのかが非常に知りたいところです。

私は1998年当時、チェース・マンハッタン銀行東京支店の法務部長として、日本長期信用銀行の特別公的管理にともなうデリバティブ取引の処理にあたりました。日本の先進的銀行としてデリバティブ取引を盛んに行っていた長銀の破綻は、全世界の銀行の連鎖倒産を引き起こす恐れがありました。そのときの長銀のエクスポージャーがいくらだったかよくおぼえていませんが、ISDAマスター・アグリーメントですべてのデリバティブ取引がカバーされていたので、特別公的管理がISDAマスター・アグリーメント上、オートマティック・アーリー・ターミネーション(AET)、すなわち取引の自動解約・一括清算をトリガーする倒産事由=デフォルト事由に該当するのかどうかが真剣に議論されました。もし一括清算となれば、デリバティブ取引は勝ち負けのはっきりしたゼロサムワールドですから、取引の相手方で巨額の損失を抱えるところがでてくるかもしれません。そうすると、相手方である銀行がこんどは破綻に追い込まれ、破綻の連鎖が全世界に広がることを、日米政府当局は真剣におそれておりました。日米政府は相当の協議を行いました。日本政府はわざわざ長銀の債務は完全に履行されると公表し、また、ISDAマスター・アグリーメント上のデフォルト事由に該当しないとする長銀側代理人弁護士の意見書がばらまかれたのでした。

当時、特別公的管理の申立てはデフォルト事由に該当するという見解のほうが有力であったのですが、一括清算のトリガーを引いたのは1,2行で、あとの銀行はチェースを含め、デフォルトとしなかったのです。日本政府の債務履行の保証ともとれる宣言は効を奏し、デリバティブ取引の一括清算を起爆剤とする負の連鎖は発生しなかったのです。(追記:当時の記憶によります。もしかしたら一括清算のトリガーをひいたところはゼロで与信枠を切っただけだったかもしれません。あやふやな記憶で申し訳ありません。)

長銀の資産査定については、最近の長銀元首脳に対する有価証券虚偽記載罪の控訴審判決で検察側が敗訴し、そのことから長銀を破綻させたのは必要がなかったという方もおられるようですが、国有化にあたって政府がとった手段、また、公的資金の注入は、負の連鎖の発生を防止した点で賢明な判断であったと思います。

それに比較すると、今回のリーマンについて米国政府が公的資金の注入をためらっているのは理解に苦しみます。チャプター11でトリガーが引かれれば、リーマンクラスのエクスポージャーは大変なものであることが想定されるでしょう。確かに、リーマンの抱えている証券化商品のメザニン部分、劣後部分の劣化の懸念はあるでしょう。しかし、それであるがゆえに、リーマン支援を打診されている各国主要銀行は二の足を踏んでいるのであって、公的資金なしに支援策がまとまるはずもないと思います。もともとこんな事態になったのは、米政府が住宅バブルをほったらかしにしておいたことにあるのであって、いまや公的資金導入以外に手はないはずです。

リーマンよりはるかに影響度がすくないベア・スターンズには導入しているのに、いったいこのちぐはぐな対応は何なのでしょうか!米国政府金融当局の姿勢は、厳しく指弾されなければなりません。そんなことをやっているから、AIGの株価は急落。しかしこのままではAIGだけではすまないでしょう。リーマンとデリバティブ取引を行っている相手方はすべてエクスポージャーが現実化するのです。なぜ、米国政府は日本のバブル崩壊時の対処方法についての教訓のうち、重要なひとつを忘れているのでしょうか。

日本政府も米国政府に強く迫るべきではなかったかと思いますが、どのような働きかけがなされたのか、まったく報道がありません。ドルと米国債が急落すれば、甚大な被害をこうむるのは日本と日本国民そのものなのです。

リーマンのエクスポージャーが低いことを祈りたい気持ちですが、すでに日銀が2兆5000億円も市場に流動性をあたえなければならない事態に陥っているのは、日本市場にすでに相手銀行に対する疑心暗鬼が蔓延しているということの証左です。今後のマーケットの動向が注目されます。

<追記>

金融庁は「米国は弱い銀行は早く淘汰されるほうが市場が安定すると考えているのだろう」と評価したという記事がでています。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080916-00000139-mai-bus_all

しかし、そんな見方はリーマンのエクスポージャーがどれくないなのかよくつかんでから言ってほしいですね。市場にそんな話がでてこないのは、当局もまだわかっていないということでしょう。あまりにも楽観的で、唖然とします。この記事によると、米当局の方針は「危険な賭け」と懸念を国際金融関係者が表明しているとありますが、同感です。

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コメント

こんばんは。toshi先生のブログにもたびたびお邪魔しているJFKです。興味をひかれてやってきました。
読みごたえのある骨太な文章を書かれる先生だなあ、というのが正直な感想です。
金融のプロではない私は門外漢かもですが、今後とも立ち寄らせていただきたいと思います。

さて、日米間における公的資金注入に対する考え方の相違に関して、唐突にも私見を述べます。私は、「思想」の有無が最も大きな相違点だと考えています。

日本では金融機関の危機の際、公的資金注入がさも原則かのような取り上げ方をされる。「大きな銀行だから影響が大きい」とか「短期経済への深刻な影響」などの一言で、簡単に公的資金注入が許容されてしまう(少なくとも世論においては)。
一方、米国ではリーマンは見捨てられAIGは救済された。
日本ではこれも単にAIGがCDSの帳尻を担っていたこと、つまり影響の大きさのみの比較において決断されたというようなニュアンスで報じるものが多い。たしかに「影響」による判断ではありましょう。しかし、米国における判断は「影響度 大」→「公的救済」という単純なロジックでなされたものでないと思います。
おそらく、ケインズ的な思考が過去のものとなり(日本ではいまだにケインズをさも当然かのように引き合いに出す者がいる)、市民社会の一側面たる市場への政府介入・税金投入を「例外」と位置づけるスタンスが見て取れます。ハイエクのような極端な(古典的)自由主義の発想ではないにしろ、ある程度「見えざる手」に期待しつつ、政府による過度の介入に警戒する思想が流れているように私には思えます。
換言すれば、「甘やかすと自生的な秩序形成を阻害する」「税金(しかも超多額)のを使って特定の民間企業を救済することは誰かの自由を侵害する。自由の総量を棄損する」「政府の手よりも見えざる手のほうが間違いが少ない」といったところでしょうか。
ただ、仮に見えざる手が優秀だとしても、それによる自然回復に何十年もかかるのでは、今生きている人間のための政府の責務にもとる。<だから>金融システム自体にクリティカルな事態を引き起こすことが明らかなケースについては「例外的に」救済する。
(学問的根拠のない素人のロジック)

日本はどうでしょう。
多くの人が自分は資本主義、自由主義だといいながら、まるで社会主義者の集団ような世論を形成している。「福祉国家」を軽々と口にする。「平等」主義が独り歩きし「自由」との深刻な矛盾に気付かれない。行政の介入を警戒しない。むしろ行政の不介入をせめ立てる(行政ゆえの非効率を国民が負担させられていることを知っているにもかかわらず)。このような思想背景のなかにあっては、公的資金=税金を使った金融機関救済に関して「ゆるゆる」の議論がなされても当然かなと思います。

長々と変な文章を書いてしましましたが、要は、
・日米には国家観や経済思想の違いがある
・日本と米国では原則と例外が逆だ(あるべき型は個々人の思想しだい。私は古典的自由主義。)
・米国は市場による淘汰をむやみに信仰しているわけではない

ということが言いたかったのです。

またお邪魔します。

JFKさん

コメントをどうもありがとうございます。

公的資金投入については92年だったと思いますが、宮沢さんがこれを口にして、世間の袋叩きにあいました。それで、公的資金の導入は97年11月に金融危機を引き起こした貸し渋りで世間がそれしかなさそうだと思えるまでできなかったという歴史があると認識しております。

ただ、ご指摘のとおり、日米の思想や国家間の違いは相当なものですし、米国国民には極端なまでの政府に対する不信がある一方、日本は社会主義的ですよね。

今後ともよろしくお願いします。

こんばんは。
からみづらいコメントにリアクションくださり、
ありがとうございます(笑)

現役の弁護士さんの場合、直情的な話題には乗りにくいかと思いますが、私なんぞにとっては、自由闊達、奔放な表現の場は抑圧された毎日のちょっとした“癒し”です。

ご迷惑にならない程度に参加させていただきたいと存じます。

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皆さんこんばんわ〜☆ 今日はブラックマンデーの如く大荒れ相場になりましたね 創業150年の老舗証券会社であるリーマン・ブラザーズの経営破綻。。。 この波紋は米国はもちろん、日本だけでなく世界的に影響をしばらくは与えそうですね。 マネーゲームと化したサブプライムローン問題が米国金融不安をもたらし、世界のマネーは原油に流れました。 原油が高くなるから、原油を買う、買うから騰がるという原油バブルが金融不安の顕... [続きを読む]

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