2016年1月21日 (木)

取締役会の議論で取締役の経営感覚は磨かれる

顧問先の会社が監査等委員会設置会社に移行したので、年末に訪問した時に、取締役会の様子がどんなふうに変化したかを聞いてみた。

社長いわく、「先生、ちょっとびっくりするような変化ですよ。」
私は、「えっ、それはどんな変化なんですか。」と、ドキドキしながら尋ねた。

今までは、営業からリスク管理まで非常に詳しい取締役の方が取締役会での議論をとりまとめる傾向にあったが、その方が監査等委員会設置会社への意向を決めた株主総会で退任されたことがどうも大きな要因であるらしい。社外取締役の「どうして、そういうことになっているのか」という質問に対して執行側がうまく答えられないということがあり、執行側も、「あれ、どうしてなんだろうか」と思うようなことが増えたという。つまり、ベテランの取締役一人の知識・経験で多くのことが取締役会で動かされていたが、その人が抜けて取締役全員が「どうしてだろう」「よくわからないなら、もう一度考えよう」という姿勢になったという。また、監査等委員である社外取締役も、今までは監査役ということでいわゆる妥当性監査の部分に踏み込むことを躊躇していたのが、領域を問わず発言することになり、取締役会の時間も長くなり、議論も充実してきたというのだ。この社長はもともと旗振り役に徹して経営陣の皆の自発性を尊重するタイプであるが、明るい(かつ大きい)顔で「これからがますます楽しみになってきました。」と笑うのである。

コーポレート・ガバナンス・コード(CGコード)への対応と監査等委員会設置会社について、私は毎月1回この顧問会社に赴き、5か月にわたって経営陣へのレクチャーと彼らとの意見交換を行ってきた。だから、ジャスダック上場企業ではあるが、社長はCGコード基本原則対応への道筋をイメージとしてもつことができており、また、監査等委員会設置会社の仕組みも理解し、役員減らしや数合わせに使うのでは全く意味がないことも分かったうえで、自ら監査委員会等設置会社への移行を希望されたのである。私は会社の現状から見て、ちょっと早いのではないかと思っていたのだが、結果は大変うれしい誤算であった。

他方、オートバックスセブンの監査役として8年目の私は、オートバックスセブンが監査役会設置会社にもかかわらず、コーポレートガバナンスの仕組みをうまく回すことによって、監査役会が妥当性監査にまで入り込む議論をどんどんするようになった歴史を目撃している。

オートバックスセブンの監査役会は、実査、子会社監査に加えて、取締役・執行役員との個別ミーティング・意見交換、内部監査部門との月1回の定例会議、その後の監査役会・会計監査人・内部監査部門の合同の情報交換会を通じて、かなりレベルの高い活動を展開してきているほか、社長執行役員と社外取締役からなるガバナンス委員会へのオブザーバー参加を通じて実質的に委員として自由な意見交換を行い、さらに取締役会では、これらの活動を踏まえてビジネスの合理性、妥当性まで踏み込んだ発言をおこなってきている。ここまでくるには、時間も要したし、知見や経験値の蓄積も必要であったが、取締役会でのビジネスとしての収益性、合理性にまで踏み込んだ発言により、執行側との議論を行い、会社の現状について理解を一層深めてきた。さらにCGコードにおける監査役の役割について「自らの守備範囲を過度に狭く捉えることは適切でなく、能動的・積極的に権限を行使し、取締役会においてあるいは経営陣に対して適切に意見を述べるべきである。」と述べた基本原則4-4を実践しているのである。これに対して社外取締役もポジティブな評価をしてくれている。

監査役会設置会社でもこのようなことは可能であるのだから、実は、コーポレートガバナンスは、制度設計の問題もさることながら、それに関わる人間のやる気や知見が重要であることを痛感する。制度をいじっても最後はそれを動かす人間が重要なのだ。そのきっかけをつくるのは、経営者がガバナンスを生かす気があるかだ。継続的に成長していくためには、一人の知識経験ではなく、よいチームメンバーの知識経験を集約していくことが重要だという認識をもって、社外役員を採用し、内部統制を整備していくという社長でないと、事は始まらないのである。もちろん、企業の中には天才的な経営者の独裁体制で伸びている企業も多々あることは承知している。しかし、そのような経営者の経営で持つのはせいぜい30年である。逆に後継者リスクが非常に大きい。

役員も、ガバナンスの中での相互牽制の環境の中、活発な情報交換・意見交換の中で経営者としての経験値や知見が伸びていくのである。そのことは、社内も社外も同じである。取締役会は、社外役員に対して執行側が説明責任を尽くすという機会でもある。もし、この場で説明がうまくできないならば、それは執行側の力不足なのだ。そのような場面をとらえて、取締役会でたたかれると思ったりへこむくらいならば、社内取締役とか執行役員の資格が疑われるだろう。取締役会でいろいろなポイントを指摘され、答えられなかったら、自分が、あるいは自分のチームが伸びるチャンスと思わないと、本当にチャンスを失うことになる。

経営には、すべての状況がわかって意思決定をするということは、まれであろう。大きなプロジェクトこそ、不確定要素がたくさんある。その中で会社のリスクテイクを可能にするシステムが、取締役会なのだ。高名な商法学者である神田秀樹先生は、取締役の責任を免責して会社がリスクテイクを可能にするのが、取締役会というシステムであると明言している。ただし、免責の要件は経営判断の原則の遵守である。つまり、必要十分な情報が取締役会に提供され、経営者として通常の判断能力をもった人間が合理的であろうと考えられる決断をするならば、結果がどうあれ、決議に賛成した取締役は免責されるのである。だから説明責任をはたせなかった提案者である取締役は、同僚から守られている、という側面もあるのだ。

活発な取締役会の議論で社内も社外も磨かれていく。同時に必要十分な情報を吸い上げた合理的議論によって、取締役は、結果がどうあれ、法的には守られる。経営者の法的責任が他の先進諸国と比較すれば追及されることが少ないわが国の社内取締役には、こう説いても実感はないかもしれない。しかし、CGコートとスチュワードシップコードが出て世の中に定着すれば、その状況もおそらく変化するだろう。

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